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How Hydrodynamic Cavitation Is Set to Revolutionize Beer-Making

ビール醸造に革命
流体力学的キャビテーション

小さな気泡の形成と崩壊が、化学と製造技法、ビール作りのコストを劇的に変える。 by Emerging Technology from the arXiv2016.09.27

ビールのことになれば、多くの読者は、この琥珀色の美酒がどれだけ素晴らしいか、なぜ科学の進歩に取り組むことで品質が間断なく向上するか理解していることだろう。

長年の間に、人類の発酵生化学に関する理解には数々の進歩があった。しかし基本的なビール醸造法は、数千年とまでいかなくても、数百年間は変わっていない。ビール醸造の科学において、地球を揺るがすような革新的なことは明らかに少ないのだ。

したがって、フィレンツェ(イタリア)にある生物気象学研究所のロレンツォ・アルバネーセ研究員のチームによる研究は重大だ。研究チームは、神々しい麦汁を作り出す醸造過程の化学と製造技法、環境負荷を劇的に変える、全く新しいビール醸造法を発明した。

いったい研究チームは何をしたのか? 新手法の秘密の源は「キャビテーション(空洞現象)」だ。キャビテーションとは、液体中で気化する小さな泡の生成と崩壊のことで、一般的には圧力が下がって液体が沸騰し、続いて圧力が上がって気体が凝結することで起きる。

キャビテーションは羽根車を回転させ、高速回転する羽根の先端部分が低圧になることで発生する。実際、キャビテーションは船や潜水艦のプロペラの回転によって発生し、従来は不要の副産物扱いだった。発生した気泡はプロペラの推進力を低下させ、同時に出る雑音のせいで潜水艦の位置が知られてしまう。

だが、キャビテーションは日常ではみかけない現象だ。急速な気泡の崩壊により1000ケルビン以上の熱が発生し、空気圧のなんと5000倍もの圧力を生み出す。こうした特徴は水中の物理的あるいは化学的環境を劇的に変えうる。研究チームは、この現象がビールの醸造過程にどのように影響するかを探求するために、広範囲に及ぶ実験を実施した。

ビール醸造は、麦芽、ホップ、酵母に水という基本的な原材料を使う、比較的簡単た工程だ。工程には4つのステップがある。まず、糖分を多く含む、麦汁と呼ばれる液体を製造する。麦汁に含まれる大麦麦芽由来のでんぷん質は、より単純な構造で発酵可能な糖質に変換された状態になっている。

2つめの「麦汁濾過」のステップでは、麦汁の水を切り、大麦麦芽を洗うことで発酵可能な糖質をできる限り取り出す。

次に、水分を取り除き、糖分を濃縮させるために麦汁を1時間ほど沸騰させる。沸騰により、でんぷん質を糖質に変える酵母を死滅させ、また麦汁を台なしにする恐れがある不安定な化学物質(特に硫化ジメチル)を蒸散させる。この段階でホップを加えることで、麦汁に独特な風味がつく。

最後に麦汁を冷まし、酵母菌を加え、発酵過程に進む。発酵過程は一般的に数日かかり、糖質がアルコールに変わって麦汁がビールになり、ボトル詰めの準備が整う。

もちろん、悪魔は細部に宿る。大麦麦芽は表面積を増やすために製粉機で挽かなくてはならない。また、酵母がでんぷん質を分解するのを促進するために、麦汁の温度は50〜78℃に保つ必要がある。

沸騰工程とあわせると、ビールの醸造工程は激しくエネルギーを消費する。100リットルのビールを作るのに約32キロワット時かかる(比較:100ワット級のテレビを10時間つけっぱなしにすると1キロワット時のエネルギーが消費される)のだ。

では、キャビテーションは、どう従来の工程を変えるのか? 研究チームは、麦汁内にキャビテーションを生み出す、全く新しいタイプの醸造設備を構築した。さらにキャビテーションによって発生しうる長所と短所を探るために、異なる条件下で広範囲に渡ってビール作りを実験した。

beer_glass

その結果、興味深い見解がもたらされた。第一の長所は、キャビテーションが大麦麦芽をパルプ状(粒状態)にするため、前もって製粉機で挽く必要がなくなることだ。「新しい設備を使えば、麦芽の乾性製粉工程が不要になります。キャビテーションによって数分のうちに100マイクロメーターの小ささにまで麦芽が粉状化されるからです」と研究チームはいう。この方法は同時に、使用済み麦芽(ビール作りの工程から出る廃棄物)の生分解性を高める効果もある。

キャビテーションはまた、麦汁の粉状大麦麦芽がでんぷん質が変化する速度を速める。この過程は非常に効率的で、最後にでんぷん質は麦汁にほとんど残らない。

でんぷん質がほとんど残らないので、従来製法にあった麦汁濾過工程(閉じ込められている糖質とでんぷん質を取り除くために麦芽を洗うこと)が丸ごとなくなる。

でんぷん質がより効率的に放出されるため、でんぷん質から単純な構造の糖質への変換が従来よりも低い温度で起きる。「でんぷん質を単糖類とアミノ酸に変換することを目的とした酵母が活性化される温度が約35℃下がり、これにより糖化に必要な時間が短縮されます」と研究チームはいう。

キャビテーションは従来の麦汁とホップの混合液の沸騰過程の間に起きる化学反応の効率も高める。キャビテーションは不安定な気体を素早く蒸散させ、麦汁の中の酵母を変性させ、またホップの風味が混合液に馴染みやすくする。これにより沸騰過程が完全に不要になる。「全工程が約78℃で起きます」と研究チームはいう。

これにより、エネルギー消費量を大幅に節約できる。研究チームによると、新しい醸造法は100リットルあたりにわずか24キロワット時しか消費しない。対照実験に比べて、約30%少ない。しかも、不必要な熱の発散を防ぐように工程を最適化する前の段階だ。

ただし、研究チームはキャビテーションを生み出すのに必要な設備の費用とその維持費のことは考慮していない。キャビテーションはダメージが大きい過程として知られる。キャビテーションによる圧力と温度は硬度が最も高いスチールをも摩耗させてしまう。これが費用にどれほど影響するのかは明確ではないが、なんらかの方法で計算に入れなければならないだろう。

もちろん、究極のテストは何ができたか、だ。一連のテストで、この勇敢な研究チームは、結果としてできたビールは従来の生産方法で作られたビールと変わらないくらい美味しいという。これは科学の名の下に自己の利益を忘れる意思がある、私心なき人びとによって、独立した方法で検証される必要があるだろう。

もし客観的な評論家がこの製法のビールを美味しいと判断すれば、キャビテーションは醸造産業に重大な影響を与えうる。実際、今世紀中でとまではいかなくても、ここ数十年のうちで醸造テクノロジーに起きた最も大きな変化のひとつになるかもしれない。

参照:arxiv.org/abs/1609.06629:被制御流体力学キャビテーションを用いた斬新な醸造法

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