KADOKAWA Technology Review
×
新型コロナウイルス感染症、治療薬開発はどこまで進んでいるか?
Getty
What are the best coronavirus treatments?

新型コロナウイルス感染症、治療薬開発はどこまで進んでいるか?

中国の武漢で発生した新型コロナウイルスの感染は広がり続けており、パンデミック(世界的流行)になる可能性が出てきた。確実に効果が確認された治療法はまだ存在しないが、新型コロナウイルス感染症の患者に試されている有望な薬をいくつか紹介しよう。 by Antonio Regalado2020.02.27

中国中部での新型コロナウイルスの感染者数は7万人を超えている。感染は広まり続け、韓国やイラン、イタリアでアウトブレイクが起こり、パンデミック(世界的流行)になる可能性が出てきた。米国疾病予防管理センター(CDC)は2月25日、米国でも新型コロナウイルスの感染拡大は避けられないと発表した。しかし、感染者がどの程度出るかはまだわからないという。

CDC傘下の米国立予防接種・呼吸器疾患センター(NCIRD)のナンシー・メッソニエ所長は同日、「米国民は、事態が悪化するかもしれないという想定で準備を」と呼びかけた

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がパンデミックになった場合、確実に言えるのは、数十億人が治療薬やワクチンを望むということだ。

世界保健機関(WHO)によると、新型コロナウイルスとそれが引き起こす肺炎に対して有効性が実証された治療法はまだ存在しない。しかし、試してみる価値のある医薬品または薬剤の組み合わせは70種類以上ある。

その中でも最も有望で、開発の進んでいる研究プロジェクトをいくつか紹介しよう。

ウイルス阻害薬

まだ実験段階だが、米ギリアド・サイエンシズ(Gilead Sciences)が開発した広域スペクトル抗ウイルス薬「レムデシビル(remdesivir)」について、米国立衛生研究所(NIH)のフランシス・コリンズ所長は「楽観的な見通し」を持っていると語る。

レムデシビルは、新型コロナウイルスが自分のコピーを作るために必要とするヌクレオチドの類似体を形成することで、新型コロナウイルスの増殖を防ぐ。同タイプの戦略で、ギリアドは大ヒット商品となるC型肝炎治療薬を開発した。

レムデシビルは、新型コロナウイルスのようなRNAを遺伝物質とするウイルスに対して広く抗ウイルス活性を示すため、有望だと考えられている。コロナウイルスの一種の中東呼吸器症候群(MERS)の病原体に感染したマウスおよびサルに効果があった。しかし、2018年にコンゴで流行し始めたエボラ出血熱の患者に投与されたときは特に効果はなかった

今年1月に中国への旅行中に新型コロナウイルスに感染したワシントン州の35歳の男性にレムデシビルが投与されその後、男性は回復した。レムデシビルの効果を確認するため、米国国立衛生研究所は2月25日、ネブラスカ州オマハのネブラスカ大学医療センターでレムデシビルの試験を実施すると発表した。同医療センターには、米国人の新型コロナウイルス感染患者の一部と、検疫を受けている米国人が収容されている。

米国国立衛生研究所によると、試験は盲検化される。すなわち、一部の被験者にレムデシビルを投与し、残りの被験者にはダミー注射またはプラセボを投与する。この試験に最初に参加したのは、アウトブレイクの一大拠点となった大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗船していた米国人だ。

ワクチン

長期的に最も優れた防御策は従来型のワクチンだろう。しかし、従来型のワクチンは市場に出回るまでに最短でも3〜4年かかるという欠点がある。ワクチンが人を感染から守ることを証明するのに時間がかかる上、大量生産にも時間がかかるからだ。また、ワクチン開発が失敗に終わり、振り出しに戻ることも珍しくない。

幸いにも、2003年のアウトブレイクで800人以上の死者を出した重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルスによる重症急性呼吸器症候群に対して、多数のプロトタイプワクチンが開発された。SARSの感染拡大が終息し、ワクチンが必要になることはなかった。このプロトタイプワクチンで開発されたアプローチの一部が、新型コロナウイルスで見直されている。

コロナウイルス・ワクチンを開発している企業の1社にフランスの製薬大手サノフィ(Sanofi)がある。同社は、コロナウイルスから抗原と呼ばれるタンパク質を製造するアプローチをとっている。抗原を体内の血流に注入して、その病原体に対して免疫反応を起こさせるように免疫系をトレーニングする。通常、この種のワクチンは鶏卵で培養されるが、それが大きな障壁となる。何百万個もの鶏卵を手に入れるのは簡単ではないからだ。そこでサノフィは、昆虫細胞内で抗原を培養する別の方法を開発した。

開発期間の短いワクチン

一部の企業は、新型コロナウイルスから取り出した遺伝物質の短鎖を人体に直接注入する新しいタイプのワクチンを実験している。この方法では、患者自身の細胞がウイルス抗原を作る。この種のワクチンは医学分野でまだ大きな成功を収めていないが、ワクチンのプロトタイプを早く開発できる方法の1つだ。

そのスピードが明らかになったのは、スタートアップ企業のモデルナ・セラピューティクス(Moderna Therapeutics)が今週、米国国立衛生研究所に数回分の用量のRNAワクチンをすでに出荷したと発表したときだ。同社のワクチンは、4月から始まる安全性試験でボランティアに提供される可能性がある。同社のスティーヴン・ホーグ社長は、「これほど短い開発期間でパンデミックに介入したのは今回が初めてです」と語る。

感染症回復者の血漿

ウイルスに感染した後に回復した人の血液は、その病原体に対する抗体で溢れている。回復した患者から血漿(けっしょう、プラズマ)を採取し、それを他人に注入することで、命を救えることがあることはこれまで証明されてきた。血漿が機能するかは確実ではないが、中国ではすでに2万7000人以上の新型コロナウイルス感染症患者の回復者がリストアップされているので、ドナー数は十分だろう。上海の医師たちも血漿注入を試みている

抗HIV薬

新型コロナウイルスが原因の重度呼吸困難に苦しむ患者を助けるため、中国の医師は入手可能な医薬品に優先順位を付けている。その中にはすでに抗HIV薬として認可されている薬剤も含まれている。たとえば、上海のある病院では、52人の患者に「ロピナビル(lopinavir)」と「リトナビル(ritonavir)」の併用薬の投与を試してみた。アブビー(AbbVie)はこの合剤を「カレトラ(Kaletra)」という商品名で米国で販売している。効果は見られなかったが、性行為でHIVに感染するリスクのあるHIV非感染者が1日1回服用する「ツルバダ(Truvada)」など、他の薬を使用したさらなる研究が計画されている。

クロロキン

ソーシャルメディアでは、コロナウイルスの治療法はすでに明らかで、昔からある抗マラリア薬の「クロロキン(chloroquine)」だ、という投稿がある。実際のところ、それは証明されていないが、安価でよく研究され、容易に入手可能な化合物であることから、中国で臨床研究が進行中だ。同研究では、患者は1日400ミリグラムのクロロキンを5日間摂取する。研究室における最初の試験では、非常に高い効果がある可能性が示された

人気の記事ランキング
  1. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  2. Hydrogen could be used for nearly everything. It probably shouldn’t be.  水素は万能か? 脱炭素のための現実的な利用法
  3. Job titles of the future: AI prompt engineer 未来の職種:LLMを操る「プロンプト・エンジニア」は生き残るか
アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  2. Hydrogen could be used for nearly everything. It probably shouldn’t be.  水素は万能か? 脱炭素のための現実的な利用法
  3. Job titles of the future: AI prompt engineer 未来の職種:LLMを操る「プロンプト・エンジニア」は生き残るか
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る