KADOKAWA Technology Review
×
脳波計に着想、「ミニ脳」を包み込むマイクロキャップ
Ms Tech | Envato
Tiny caps can measure activity in lab-grown minibrains

脳波計に着想、「ミニ脳」を包み込むマイクロキャップ

実験室で育てられたミニ脳の活動を測定するマイクロキャップが開発された。脳波を測定するEEGキャップに着想を得たこのデバイスによって、化学物質や薬剤が脳にどのような影響を与えるか、新たな知見が得られるかもしれない。 by Rhiannon Williams2022.08.24

この人工的に作られた人間の脳の極小モデルには、活動を測定するキャップが取り付けられている。人間の脳から発生した電気信号を、脳波(EEG)キャップで記録するのと同じ理屈だ。

このミニ脳は、オルガノイドの一種である。オルガノイドとは、人工的に作られる立体的な生細胞の塊で、研究者がその発達を観察できるように、人間の臓器の構造や機能をシミュレートしたものだ。研究者は、ウイルスや化学物質の曝露によってオルガノイドの遺伝子を改変し、未改変のオルガノイドと比較してどう変化するかを研究することが多い。

これまでは、脳オルガノイドのほんのわずかな細胞しか研究できなかった。脳オルガノイドは球状だが、研究で従来使われていた微小電極アレイ・プレート(電気活動を測定する電極を含む)は平らな形状をしているためだ。

ジョンズ・ホプキンス大学のチームが作成した新しいマイクロキャップは、脳オルガノイドを包み込めるため、研究者はその表面全体から立体的に電気活動を記録できる。平面よりも詳細な情報を得ることで 、脳がどのように働くのかを理解するのに役立つ。例えば、 薬剤を試験する際に、神経細胞がどのように情報伝達をしているのかを観察するといった利用方法が考えられる。

研究成果は、米国科学振興協会(AAAS)が発行するサイエンス・アドバンシス(Science Advances)誌に8月17日に掲載された。マイクロキャップは、柔らかく柔軟性を持つ透明なポリマーの殻(シェル)に金線とコンタクトパッドが組み込まれている。細胞培地に設置するとマイクロキャップは膨張を始め、0.5ミリメートルのオルガノイドを包み込んだ。

今回の研究論文筆者の1人で、ジョンズ・ホプキンス大学の化学物質および生体分子工学者のデヴィッド・グラシアス教授は、このマイクロキャップは研究者によるオルガノイドの観察に役立つだけではないと話す。化学物質が人間の脳にとって安全であり、脳の発達に異常をきたさないことを確かめるため、動物実験より安価で倫理的な代替案を提示できる可能性があるという。

「多くの化学物質が脳疾患と関連していますが、それらを簡単にスクリーニング する方法がありません。1つの化学物質のスクリーニングに、実験動物の費用も含めて100万ドル以上のコストがかかることがあります。倫理的な懸念もあります」。

マイクロチップから着想を得たこの手法は、オルガノイドにうまくフィットするように、緩めたりきつくしたりといった特別な仕様を持つキャップを作成できるかもしれない。つまり、オルガノイドが発達するさまざまな過程で、その電気活動を的確に測定できる可能性がある。

今回のマイクロキャップが1つのオルガノイドで機能することを証明した研究チームは、実験の規模を拡大し、100個のオルガノイドのラインを立ち上げ、並行実験をする計画を立てている。将来的に、これらのオルガノイドはマイクロチップや別のオルガノイドと接続できる可能性がある。脳科学分野の研究者たちは、この接続されたオルガノイドを利用して、自閉症、アルツハイマー病、パーキンソン病、その他の脳疾患に関する、薬剤や治療方法の候補のスクリーニングもできるかもしれない。

「多くの人々が、脳は私たちが理解できていない究極の未開拓分野だと考えています」とグラシアス教授は言う。「私たちは、脳をコンピューターや相互に接続することを考えてきました。ミニ脳を1つ作れるなら、それを別のミニ脳に接続できる可能性もあるはずです。とても興奮しています」。

人気の記事ランキング
  1. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  2. Hydrogen could be used for nearly everything. It probably shouldn’t be.  水素は万能か? 脱炭素のための現実的な利用法
  3. Job titles of the future: AI prompt engineer 未来の職種:LLMを操る「プロンプト・エンジニア」は生き残るか
リアノン・ウィリアムズ [Rhiannon Williams]米国版 ニュース担当記者
米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」の執筆を担当。MITテクノロジーレビュー入社以前は、英国「i (アイ)」紙のテクノロジー特派員、テレグラフ紙のテクノロジー担当記者を務めた。2021年には英国ジャーナリズム賞の最終選考に残ったほか、専門家としてBBCにも定期的に出演している。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  2. Hydrogen could be used for nearly everything. It probably shouldn’t be.  水素は万能か? 脱炭素のための現実的な利用法
  3. Job titles of the future: AI prompt engineer 未来の職種:LLMを操る「プロンプト・エンジニア」は生き残るか
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る