KADOKAWA Technology Review
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期待外れだったIT革命、
生成AIは今度こそ
経済成長をもたらすか?
Dana Smith
ビジネス Insider Online限定
How to fine-tune AI for prosperity

期待外れだったIT革命、
生成AIは今度こそ
経済成長をもたらすか?

生成AIはまだ、「世界を変える」存在にはなっていない。生成AIを活用して低迷する経済成長から抜け出すためには、いくつかの重大な「ファインチューニング」が必要だ。 by David Rotman2024.10.17

この記事の3つのポイント
  1. 生成AIは製造業や科学研究の生産性を高める可能性を秘めている
  2. AIによる経済成長の加速には政府や各業界の協力が不可欠
  3. 真の経済変革は巨大テック企業が広範な適用に取り組むかにかかっている
summarized by Claude 3

チャド・サイヴァーソンは最近、米国労働統計局のWebサイトで生産性に関する最新データを探していると、久しぶりに楽観的な気持ちになる。

ここ1年ほどの生産性に関する数字は、金融やビジネス上のさまざまな理由から全般的に好調に推移しており、パンデミック初期の状況から立ち直りつつある。四半期ごとの数字はノイズが多く一貫性がないことでよく知られているが、シカゴ大学のエコノミストであるサイヴァーソン卓越教授はデータを丹念に調べ、人工知能(AI)主導の経済成長が始まったことを示す初期の手がかりを見つけようとしている。

現在の統計値にどのような影響が出ているにせよ、それはまだ非常に小さい可能性が高く、「世界を変える」ようなものではないだろうとサイヴァーソンは言う。それ故に、AIの影響の兆候がまだ見つからないことを意外には思っていない。しかし、今後数年の間にAIが助けとなり、経済の大きな部分を弱体化させている20年来の生産性の伸び悩みを覆せるのではないかと、期待を持って注意深く見守っている。もしそうなれば、「そのとき、AIは世界を変えるものになっています」と、サイヴァーソン教授は言う。

最新版の生成AI(ジェネレーティブAI)は、まるで現実のような映像や、専門家が書いたように見える文章、その他のあまりに人間のようなすべての振る舞いで、強烈な印象を与えている。何十億ドルもの資金がスタートアップ企業に流れ込む中で、ビジネス界のリーダーたちは自分の会社をどのように改革するべきか頭を悩ませている。一方で大手AI企業各社は、これまで以上に強力なモデルを創り出している。チャットGPT(ChatGPT)や増え続ける多くの大規模言語モデルが私たちの働き方や生活にもたらす変革については、多くのことが予想されており、金融投資から次の休暇で過ごす場所やそこへの行き方まで、あらゆることについて即座にアドバイスが得られるようになるだろう。

しかし、サイヴァーソン教授などの経済学者たちにとって、私たちがAIに固執することにまつわる最も重要な疑問は、この生まれたばかりのテクノロジーがどのように全体的な生産性を押し上げるのか(または押し上げないのか)ということ、そして、もし押し上げるとしたらどれくらいの時間がかかるのかということである。それは、誇大宣伝されているAIの最終業績と考えてもらいたい。長年の経済成長の低迷を経て、AIは私たちを新たな繁栄へと導くことができるのだろうか?

生産性の成長は、国がより豊かになることである。技術的に言えば、労働生産性は労働者1人あたりの平均生産量を示す指標であり、その成長の大部分は、イノベーションとテクノロジーの進歩によってもたらされる。労働者と企業がより多くのものを作り、より多くのサービスを提供できるようになればなるほど、そして、その恩恵が公平に共有されるのであれば、少なくとも理論上、賃金と利益が上がる。経済は拡大し、政府はより多くの投資ができるようになって、国家予算は均衡へとより近づく。私たちの多くにとって、それは進歩であるように感じられる。だからこそ、数十年前までほとんどの米国人は、自分たちの生活水準や経済的機会が両親や祖父母の時代よりも向上すると信じていたのである。

しかし、生産性の成長が横ばいか、ほぼ横ばいである場合、パイはもはや拡大していない。年率1%程度のスローダウンやスピードアップであっても、低迷する経済と繁栄する経済の分かれ目となり得る。1990年代後半から2000年代前半にかけて、米国の労働生産性はインターネット時代の到来に伴い、年率3%近く健全に成長した。(第二次世界大戦後の好景気時代の成長はさらに速く、3%を大きく超えていた。)しかし2005年頃以降、ほとんどの先進国で生産性の成長は悲惨な状態が続いている。

その原因としては、さまざまなことが考えられる。しかし、1つ共通するテーマがある。アイフォーン(iPhone)からユビキタスな検索エンジン、そしてソーシャルメディアに至るまで、過去20年間に発明された一見素晴らしいテクノロジーは、注目を集めながらも、大規模な経済的繁栄をもたらすことはできなかったことだ。

2016年に私は、『Dear Silicon Valley: Forget Flying Cars, Give Us Economic Growth(親愛なるシリコンバレーへ:空飛ぶクルマは忘れ、私たちに経済成長を与えてください)』というタイトルの記事を書いた。その記事で私は、巨大テック企業が次々とブレークスルーを遂げている一方で、製造や材料などの最も重要な産業分野で切実に必要とされているイノベーションがほとんど無視されていると主張した。いくつかの点で、それは経済的にまったく合理的な動きだった。ソーシャルメディアのスタートアップ企業が成功すれば何十億ドルもの利益が得られるときに、なぜそのような成熟したリスクの高いビジネスに投資するというのか?

しかし、そうした選択は、生産性成長の低迷という代償を伴った。シリコンバレーやその他の場所の一握りの人々が大金持ちになった一方で、過去数十年間に多くの先進国が政治的混乱と社会不安を経験した。その少なくとも一部は、テクノロジーが多くの労働者や企業の経済的機会を増やせず、さまざまな地域で重要な経済部門を拡大できなかったことが原因であると言える。

中には、ブレークスルーが経済全体に浸透するのには時間がかかるが、浸透したら目を離すな! と忍耐を説く者もいる。 それはおそらく真実だろう。しかし今のところ、テクノロジーのブレークスルーがもたらしたものは、シリコンバレーから湧き出るテクノロジー楽観主義と、巨万の富が一部の人たちにしか関係ないもののように見える、深く分断された国である。

今回は物事がどのように展開することになるのか、判断するには時期尚早だ。生成AIが本当に好景気の再来を促進する100年に一度のブレークスルーなのか、それとも広い範囲にわたる本物の繁栄を生み出すことはほとんどないのかは、まだわからない。別の言い方をすれば、生成AIは産業の好況につながった電気の利用や電気モーターの発明のようになるのか、それとも、大きな経済成長をもたらすことなく私たちの集合意識を消費してきたスマートフォンやソーシャルメディアのようなものに近いのだろうか?

AI、特に生成AIモデルによって、過去数十年の他のデジタル技術の進歩よりも大きな経済効果をもたらすためには、このテクノロジーを使って経済全体の生産性を変革する、さらには新しいアイデアを生み出す方法を変革する必要がある。それは大事業であり、一朝一夕に実現できることではない。しかし私たちは今、重要な変曲点に立っている。私たちは幅広く繁栄を拡大する道を歩み始めるのか? それとも今日の画期的なAIの創造主たちは、このテクノロジーが私たちの生活を真に向上させる大きな可能性を無視し続けるのか?

過熱した憶測に冷水を浴びせる

昨年発表された一連の研究は、生成AIがさまざまな仕事をする人々の生産性を高められることを示している。スタンフォード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学者たちは、コールセンターで働く人々が会話支援AIを利用することで生産性を14%上げられることを明らかにした。とりわけ、経験が浅くスキル不足の労働者の場合は、パフォーマンスが35%向上した。別の研究では、ソフトウェアエンジニアがこのテクノロジーの助けを借りることで、コーディング速度を2倍にできることが示された。

ゴールドマン・サックスが昨年した計算によれば、生成AIは先進国全体の生産性成長を毎年1.5%押し上げ、世界のGDPを10年間で7兆ドル増加させる可能性が高いという。そして、その効果は間もなく現れると予測する者もいる。

ヴァージニア大学の経済学者アントン・コリネック教授は、生成AIが経済全体に普及するには時間がかかるため、新たな成長は生産性の数字にまだ表れていないと言う。しかしコリネック教授は、来年までに米国の生産性は1%から1.5%向上すると予測している。また、GPT-5のような生成AIモデルのブレークスルーが続けば、最終的な影響は「かなり大きくなる」と話す。

誰もがそこまで強気なわけではない。MITの経済学者であるダロン・アセモグル教授は、自分の予測を、「5年以内に米国経済全体が変貌を遂げると言っている人々の見立てを修正」するものであると説明する。アセモグル教授の見立てによれば、「生成AIは重大なゲームチェンジャーになる可能性があります。しかし、本当にそうかは、まだわかりません。もしそうだとしても、10年以内に変革をもたらすような効果が現れることはないでしょう。10年では早すぎます。もっと時間がかかるでしょう」という。

アセモグル教授は4月に、生成AIが全要素生産性(TFP:イノベーションと新技術からの貢献を具体的に反映する部分)に与える影響は10年間で合計0.6%程度であり、ゴールドマン・サックスなどの予想をはるかに下回ると予測する論文を発表した。TFPは何十年もの間伸び悩んでおり、生成AIがこの傾向を大きく覆すことは、少なくとも短期的にはほとんどないと、同教授は考えている。

アセモグル教授は、生成AIがもたらす生産性の向上は比較的小幅なものになると予想していると言う。巨大テック企業のAI開発者たちは概ね、AIの利用の焦点を、自動化によって労働力を置き換えることや、検索やソーシャルメディアの「オンライン・マネタイゼーション」を可能にすることなど、狭い範囲に絞ってきたためだ。AIが生産性により大きな影響を与えるためには、労働力のはるかに幅広い部分にとって有用で、経済のより多くの部分に関連するものになる必要があると、アセモグル教授は主張する。重要なのは、AIを利用して労働力を置き換えるだけでなく、新しい種類の仕事を生み出す必要があるということだ。

アセモグル教授の主張によれば、生成AIを利用して、たとえば多くの種類の仕事に対しリアルタイムのデータや信頼できる情報を提供することにより、労働者の能力を拡大できる可能性があるという。その一例として、工場の複雑な生産現場を熟知したインテリジェントAIエージェントが考えられる。しかし、「おそらく最も一般的な生成AIモデルの大きなアーキテクチャ変更など、(テック)業界の根本的な方向転換がない限り、そのような生産性の向上はなかなか得られないままだろう」と、アセモグル教授は論文で述べている。

今日の大規模な基盤モデルをさまざまな業界にとって幅広く有用なものにすることは、おそらく適切なデータでモデルを微調整するだけのシンプルな問題だろうと考えたくなる。しかし実際には、モデル自体を見直し、どうすればはるかに幅広い用途でより効果的に展開することができるのか、再考する必要がある。

進歩を生み出す

製造業について考えてみよう。製造業は長年にわたり、米国経済における生産性向上の重要な源泉の1つだった。現在でも、米国の研究開発の大部分を占めている。最近の自動化や産業用ロボット利用の増加は、製造業の生産性がさらに向上していることを示唆しているように思えるかもしれないが、実際はそうではない。いささか不思議な理由で、米国の製造業の生産性は2005年頃から悲惨な状態が続いており、全体的な生産性成長の鈍化を招く非常に大きな要因となっている。

生産性を回復する上で生成AIに期待できる点は、最初の材料や設計の選択から、生産設備 …

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