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愛犬をもう一度——セレブを魅了するクローン技術、その本当の可能性
Photo illustration by Stephanie Arnett & Sarah Rogers/MITTR | Photos Adobe Stock, Getty
Cloning isn’t just for celebrity pets like Tom Brady’s dog

愛犬をもう一度——セレブを魅了するクローン技術、その本当の可能性

クローン技術で愛犬を「復活」させる──そんな試みが米国の富裕層の間で注目されている。だが、真に注目すべきは、それ以上に重要な使い道だ。 by Jessica Hamzelou2025.11.09

この記事の3つのポイント
  1. 元NFL選手トム・ブレイディが愛犬のクローン化を発表し話題となった
  2. クローン技術は家畜繁殖で数十年活用され絶滅危惧種保護にも応用されている
  3. ペットクローン化は倫理的議論を呼び根本的課題解決には限界があるとの指摘もある
summarized by Claude 3

アメリカンフットボールのプロリーグNFLで活躍した元クォーターバックのトム・ブレイディが先週、愛犬をクローン化していたというニュースが報じられた。ブレイディは、現在の愛犬ジュニーが、2023年に死んだピットブル系の雑種犬ルアのクローンであることを明かした。

ブレイディの発表は、かつて愛犬をクローン化したことで知られるパリス・ヒルトンやバーブラ・ストライサンドといったセレブたちの事例に続くものだ。しかし、クローン技術には、より意義のある活用方法があると考える専門家もいる。

ニュースで注目されているのは、富裕層や有名人に可愛がられた愛犬たちだが、クローン技術は、近親交配が進んだ種の遺伝的多様性を高めたり、絶滅寸前の動物を救う目的でも活用されている。

クローン技術自体は目新しいものではない。成体細胞から初めてクローン化された哺乳類である羊のドリーは1990年代に誕生している。それ以来、同様の技術は家畜の繁殖に数十年にわたって利用されてきた。

たとえば、特に体の大きな雄牛や、非常に高い乳量をもつ雌牛がいるとしよう。そうした動物には高い価値がある。そうした特徴を選択的に繁殖させることもできるし、元の動物をクローン化して、遺伝的に同一の「双子」をつくることも可能だ。

科学者たちは動物の細胞を採取して冷凍保存し、バイオバンクに保管することができる。これにより、将来クローン化するという選択肢が開かれる。その細胞を解凍して核(DNAを含む部分)を取り出し、ドナーの卵細胞に挿入することが可能である。

同種の別の動物から提供されるドナー卵子は、自身の核を除去される。つまり、DNAを「入れ替える」わけだ。得られた細胞は刺激によって活性化され、胚のような構造になるまで実験室で培養される。その後、代理母の子宮に移植され、最終的にクローン個体が誕生する。

ペットのクローン化を提供する企業が少数存在する。「地球上で誰よりも多くの動物をクローン化した」と主張するビアゲン(Viagen)は、犬や猫のクローン化を5万ドルで請け負っている。ストライサンドの愛犬サマンサを2回クローン化したのも同社だ。

先週、「脱絶滅」を掲げるバイオ企業コロッサル・バイオサイエンシズ(Colossal Biosciences)が、ビアゲンを買収したと発表した。同社は、絶滅種ダイアウルフを復活させ、ケナガマンモス復活の前段階として「毛深いマウス」を作製したとの主張でも注目を集めている。ただし、ビアゲンは「現在の経営陣の下で運営を継続する」とのことだ。

ペットのクローン化はいくつかの理由で議論を呼んでいる。企業自身も指摘しているように、クローン動物は元の動物の遺伝的双子にはなるが、同一ではない。一つの問題はミトコンドリア DNAだ。これは核の外側に存在し母親から受け継がれる DNA のごく一部である。クローン動物は代理母からこの一部を受け継ぐ可能性がある。

ミトコンドリア DNA が動物自体に大きな影響を与える可能性は低い。より重要なのは、個体の性格や気質を形成すると考えられている非常に多くの要因である。「これは典型的な『生まれか育ちか』の問題です」と、フロリダ大学の保全遺伝学者サマンサ・ワイズリー准教授は言う。結局のところ、人間の一卵性双生児でさえ互いの完全なコピーになることはない。ペットのクローン化に「生まれ変わり」を期待する人は、失望する可能性が高い。

一部の動物愛護団体はペットのクローン化の実践に反対している。「動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)」はペットのクローン化を「ホラーショー」と表現し、英国の王立動物虐待防止協会(RSPCA)は「このような些細な目的で動物をクローン化することに正当性はない」と述べている。

とはいえ、クローン技術には、間違いなくペットよりも重要な用途もある。例えば、ワイズリー准教授は長年、絶滅危惧種であるクロアシイタチの遺伝子プールの多様化に関心を持ってきた。

現在、クロアシイタチは約1万頭が飼育下で繁殖されているが、その遺伝的起源はわずか7個体にさかのぼるとワイズリー准教授は言う。このレベルの近親交配はどんな種にとっても好ましくなく、健康リスクを高め、繁殖力を低下させ、環境変化への適応能力も損なわれがちである。

ワイズリー准教授の研究チームは、現在の飼育下にいる約1万頭のクロアシイタチの祖先である7頭とは異なる、別系統の2頭から採取された冷凍組織サンプルにアクセスすることができた(この2頭は現在の個体群には含まれていない貴重な遺伝情報を持っており、遺伝的多様性を広げるための重要な存在である)。研究チームは、非営利団体リバイブ・アンド・リストア(Revive and Restore)の協力のもと、この2個体のクローンの作製に成功した。最初のクローン個体であるエリザベス・アンは2020年に誕生し、その後も複数のクローンが生まれている。現在、チームはこれらのクローンと他の7頭のイタチの子孫とを交配させ始めているという。

同様の手法は、サンディエゴ動物園に保管されていた数十年前の組織サンプルを使って、絶滅危惧種モウコノウマのクローンを作製する取り組みにも活用されている。こうした取り組みの影響を見極めるにはまだ時期尚早だ。研究者たちは現在も、クローンのイタチとその子孫が通常の動物と同じように行動し、野生で生存できるかどうかを評価している段階だ。

ただ、こうした実験でさえ、批判を免れているわけではない。クローン技術だけでは種を救えないとする声もある。というのも、野生動物の絶滅の主な原因である、生息地の喪失や人間との衝突といった根本的な問題を解決するものではないからだ。そして、動物のクローン化を「神の真似事」として批判する人々も常に一定数存在する。

自身が絶滅危惧種のクローン作成に携わっているにもかかわらず、ワイズリー准教授は、自分のペットをクローン化することは考えないと語った。彼女は現在、3頭の保護犬と1匹の保護猫、そして「高齢のニワトリたち」と暮らしている。「みんな心から愛しています」と彼女は話す。「でも、今まさに家を必要としている保護動物たちがたくさんいるのです」。

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生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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