KADOKAWA Technology Review
×
脳容積の半分がヒト細胞に、スタンフォード大が作った「異種皮質マウス」
Photo Illustration by Sarah Rogers/MITTR | Photos Courtesy Nature and Stanford/Sergiu Pasca, Getty
Meet a mouse whose brain cortex is made up of human cells

脳容積の半分がヒト細胞に、スタンフォード大が作った「異種皮質マウス」

脳容積のほぼ半分をヒトの細胞が占めるマウスを、スタンフォード大学の研究チームが作り出した。大脳皮質と海馬が発達しないよう遺伝子改変したマウスにヒトの脳オルガノイドを移植すると、ヒトの細胞が空いた空間を埋め、移植していない改変マウスより迷路試験の成績が良かったという。 by Antonio Regalado2026.09.18

この記事の3つのポイント
  1. スタンフォード大学がヒト細胞で脳容積の半分を占める「異種皮質マウス」を作製し認知改善を確認
  2. 遺伝子改変で大脳皮質・海馬を欠損させた空間にヒト神経組織を定着させ、迷路試験で機能回復を実証
  3. 脳損傷治療への応用が期待される一方、霊長類への適用は人間的意識の付与リスクから明確に禁忌とされる
summarized by Claude 3

複数のカメラが、小さな実験用の囲いを歩き回る1匹のマウスを追跡していた。コンピューターはその位置と速度を記録し、モニター上にはPong(ポン)のような軌跡が描き出された。

なぜ、このげっ歯類をこれほど注意深く観察するのか。それは、脳容積のほぼ半分が、ヒトの細胞に置き換えられているからだ。

系統的に遠く離れた種どうしの脳組織を組み合わせるこの試みは、スタンフォード大学の神経科学者で精神医学・行動科学教授のセルジュ・パスカ率いる研究チームによって、9月16日、学術誌『ネイチャー(Nature)』に発表された。

パスカ教授のグループはこれまでに、ヒトの脳「オルガノイド」(神経組織からなる小さな塊)を生まれたばかりのげっ歯類の脳内に注入しても、生存し、さらには機能することを示していた。

今回、パスカ教授はさらに一歩進め、そもそも脳が十分に発達しないようマウスを遺伝子改変した。この改変マウスでは、重要な脳領域である大脳皮質と海馬の細胞の大半が欠けている。

そのため、ヒトの細胞が定着できる余地がはるかに大きくなる、とパスカ教授は言う。「こうした動物に移植されたヒトの細胞は分裂し、成長して、数週間から数カ月のうちにその空間の大部分を占めるようになります」。パスカ教授によれば、驚くべき発見の1つは、こうした脳組織を欠くマウスが、一見するとかなり普通に見えたことだ。歩き回り、鳴き声も上げていた。しかし、記憶には問題があった。迷路試験では、どの場所をすでに探索したのかを覚えていられなかった。

一方、ヒトの細胞を加えたマウスは、この迷路試験でより良い成績を示した。これは、ヒトの組織がマウスの認知機能に何らかの役割を果たしていることを示している。

パスカ教授は、自身が「異種皮質マウス(xenocortical mice)」と呼ぶこのモデルが、脳損傷の研究に役立つ可能性があると考えている。この研究には関与していない、スタンフォード大学の別の研究室に所属する博士研究員のカーステン・チャールズワースは、この研究が「遺伝子工学と幹細胞技術を組み合わせて生物を作り変える力」を劇的に示すものでもあると述べている。

すでに研究室では、脳オルガノイドをコンピューターに接続し、ビデオゲームをプレイさせられるかどうかを検証する実験が行なわれている。また、脳卒中患者の損傷した脳組織を補う「交換部品」のように利用することを提案している科学者もいる。

「私が最も驚いたのは、出生後に移植されたヒトの神経組織が、種の壁を越えて、これほどまでに成長し、マウスの神経系と結合したことです」とチャールズワースは言う。「こうした技術が進歩するにつれ、従来の前提をますます問い直さざるを得なくなるでしょう」。

昨年、パスカ教授は倫理の専門家からなるグループを招集し、神経オルガノイド技術がもたらす影響について検討した。そこでは、動物が人間の意識を獲得する可能性がどの程度あるのかや、「オルガノイド治療クリニック」が切羽詰まった患者に詐欺的な治療を提供するリスクなども議論された。

現時点では、げっ歯類が何らかの人間的な認知能力を備えているのではないか、という懸念は持っていないとパスカ教授は言う。その理由は、マウスの脳が相対的に非常に小さく、人間とマウスの間には進化上の大きな隔たりがあるからだ。

しかし、それは同時に、こうした実験をより高等な動物種で実施すべきではない理由でもある、とパスカ教授は言う。そうした動物では、機能するヒトの脳組織が大量に形成され、人間と動物の認知面での境界が曖昧になる可能性があるからだ。

パスカ教授は特に、大脳皮質を欠くよう遺伝子改変したサルにヒト脳オルガノイドを移植することに警鐘を鳴らした。

「私が明確に越えてはならない一線だと考えていることの1つは、この実験を霊長類で実施することです。現時点では、どのような意味でも正当化できないと思います」(パスカ教授)。

人気の記事ランキング
  1. Can the US battery market untangle from China? 送電網の蓄電池から中国製を締め出し、米国が払う「自立」の代償は
  2. Promotion How AI could reshape Japan’s white-collar workforce 【10/6開催】AIで浮いた人材、次の一手は地方に——冨山和彦氏ら登壇
  3. This geneticist’s age-reversal tech could help restore sight 失明マウスの視力回復に成功、若返りブームの震源となった研究者
アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
MITテクノロジーレビューが選んだ、AIの10大潮流 [2026年版]

AIをめぐる喧騒の中で、本当に目を向けるべきものは何か。この問いに対する答えとして、MITテクノロジーレビューはAIの重要なアイデア、潮流、新たな進展を整理したリストを発表する。

特集ページへ
MITテクノロジーレビューが選んだ、 世界を変える10大技術

MITテクノロジーレビューの記者と編集者は、未来を形作るエマージング・テクノロジーについて常に議論している。年に一度、私たちは現状を確認し、その見通しを読者に共有する。以下に挙げるのは、良くも悪くも今後数年間で進歩を促し、あるいは大きな変化を引き起こすと本誌が考えるテクノロジーである。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る