20年までに都市間通信
欧州で動き出した
量子インターネットへの道
量子力学の原理を利用することで、ハッカーによる盗聴から完全に安全な「量子ネットワーク」を2020年末までに構築しようとするプロジェクトがオランダで進んでいる。困難な技術的課題は多いが、成功すれば、後のインターネット誕生につながった米国防総省(DoD)のアーパネットのように、将来の量子インターネットへの道を切り拓くかもしれない。 by Martin Giles2018.12.18
パリ発ロッテルダム行きの高速列車は、1時間遅れでパリ北駅を出た。ロッテルダムに着くと、オランダ西部の都市・デルフト行きの電車は、線路のメンテナンス作業のため、運休していた。私は、迂回路を経由するバス2台と、タクシーを乗り継いでかろうじてデルフトに着いた。
通信の未来を学ぶために来ていることを考えれば、ふさわしい状況かもしれない。今回の旅で強く認識したことがある。人間が移動する場合、予期しない問題がいまだに多々起こる。これに比べると、膨大な量のデータは毎日、なんと円滑かつ迅速に光ファイバーケーブルを通って、都市や国、大陸間を流れていることか。
だが、こういったデータネットワークにも弱点がある。ハッキングされる可能性があるのだ。数年前、米国家安全保障局(NSA)の元局員エドワード・スノーデンによって流出した機密文書の中に、西側の諜報機関が通信ケーブルに侵入し、大量のトラフィックを盗み見していたことを示すものがあった。
デルフトで私が訪れたキューテック(QuTech)という研究機関は、こういった監視が不可能なネットワークシステムを開発している。量子力学を利用して、2020年末までにデルフトとオランダの他の3つの都市との間に、完璧に安全な通信ネットワークを構築する考えだ(下記地図参照)。
ステファニー・ヴェーナー教授とロナルド・ハンソン教授が率いるキューテックの研究者チームは、依然として多くの困難な技術的課題に直面している。だが、成功すれば、1960年代後半に米国防総省(DoD)が作成し、後のインターネット誕生につながったアーパネットのように、キューテックのプロジェクトが未来の量子インターネットへとつながる可能性がある。
他に類のないキュービットの特性
インターネットはスノーデンが暴露したようなハッキングに弱い。データが依然として、1と0を現す電気や光の信号の流れという古典的な情報単位で、ケーブル内を流れているためだ。ケーブルへの侵入に成功したハッカーは、こういった移動中の情報単位を読みとったり複製したりできる。
一方、原子や電子、あるいは光子(光ファイバーで情報伝達する場合)などの粒子は、量子物理学の法則によって、同時に1や0の組合せを現す量子状態を占めることが証明されている。こういった粒子は、量子ビット(キュービット)と呼ばれる。キュービットを観測しようとすると、キュービットの状態が1または0のいずれかに「崩壊」する。つまり、ハッカーがキュービットの流れに侵入すると、侵入者によって量子情報が破壊され、それが改ざんの証拠として残されるとヴェーナー教授は説明する。
こうした性質を利用して、キュービットはこれまでずっと量子鍵配送(QKD)と呼ばれるプロセスで暗号鍵を生成するのに使われてきた。QKDでは、データは従来の形式で送信され、暗号化されたデータを復号化するのに必要な鍵が量子状態で別に送信される。
中国はQKDの優れた応用例をいくつか示している。科学実験衛星「墨子号」を用いて2017年に、北京とウィーンの2つの地上局に量子鍵を送信した。次に、この鍵を用いて、2つの都市間のビデオ通話の従来型暗号データを復号化した。量子鍵を送る通信を傍受しようとすると、鍵は破壊され、スパイ(または他の誰でも)は、ビデオ通話を復号化できなくなる。また中国は、北京から上海に地上ベースのQKD通信ネットワークも構築しており、銀行などの企 …
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