ビットコイン「億り人」の
DIYデザイナーベビー計画
中国の科学者による遺伝子編集ベビーの誕生は、世界中で非難を浴び、規制強化への動きを促したが、自費でデザイナーベビーを作ろうとするDIYバイオハッカーを抑えつけることは難しい。実際、ある若者は、ビットコインで得た資金を使って、テクノロジーで能力を強化したトランスヒューマンを作り出そうとしている。 by Antonio Regalado2019.05.10
ブライアン・ビショップはテキサス州オースチンで、キーボードをすばやく叩いていた。全国ランクに入るほどの高速タイピストであるビショップは、英国の著名なフューチャリストに向けた丁寧な問い合わせメールの下書きを書き上げた。自ら考案した「デザイナーベビー・スタートアップ」案について、専門家の助言が欲しかったのだ。
ビショップは29歳のプログラマーであり、ビットコイン投資家だが、ここ数年、インターネット上で人間の「強化」について多くのコメントを残している。ビショップは、テクノロジーによって人間を深い意味で改善できると考えている「トランスヒューマニスト」なのだ。ビショップは長い間、他の人たちに人間の状況をどうにかしなければならないと熱心に訴えていた。
ビショップは今、自分で人間の強化を実行することを決めていた。
2018年5月に送られた電子メールによると、ビショップと、共同経営者のマックス・ベリー(バイオテクノロジー会社の元研究員でもある)は、「デザイナーベビーの出産と人間の生殖細胞系の遺伝子工学に焦点を当てた会社を始めるところ」だった。ビショップは「研究作業は始まっており、最初の顧客(両親となるカップル)もいます」と記している。
ビショップは、ハーバード大学の著名な遺伝学者、ジョージ・チャーチ教授の支持を得るために、倫理面からの助言が欲しかったのだと語った。遺伝子強化の可能性についてのチャーチ教授の計算結果、すなわち、チャーチ教授の会話に頻繁に出てくるPCSK9とかCCR5といった名前の遺伝子の並ぶ一覧表は、ポストヒューマン(テクノロジーで能力を強化した未来の人類)時代の「ウィッシュリスト」と呼ばれている。
ビショップは、そうした可能性を実現したいと考えている。彼のビジネス提案書には、両親となるカップルが「ウェイトリフティングをしなくても筋肉を大きく」できたり、「110歳以上」も長生きする遺伝子を持ったり、血液型を(任意の血液型を輸血できる)AB+にしたりするなど、遺伝子を改変した子供を持つのを可能にするベンチャー・ビジネスの計画が記されている。
2018年11月に中国・深センの南方科技大学の生物物理学者である賀建奎(フー・ジェンクイ)准教授(現在は解雇)が、遺伝子編集ベビーを世界で初めて出産させたと発表して世界的な非難を浴びた。科学者としての責任を問われて、中国で過酷な処罰を受けた可能性がある。MITテクノロジーレビューはフー元准教授の研究を初めて報じたが、それ以来、科学界のリーダーたちは次の「無法者の」研究者が出ないように対策を急いでいる。遺伝子編集ベビーを厳格に禁止すべきだという人たちもいる。他の人たちは、詳細な技術基準と医学的ガイドラインを設けて、体外受精したヒト胚の遺伝子が、安全かつ、医学界の賛同を得られる目的に沿って編集されるようにする必要があるという。中国、米国、英国の遺伝子編集の専門家らは、すべてを管理下に置くために、さらに新たなブルーリボン委員会(学識経験者などで構成する調査委員会)の設置を計画している。
新たなガイドラインと大衆の叱責があれば、政府援助を得ているプロの研究者たちを監督することはできるかもしれない。しかし、ビショップのように「そこそこの知名度がある『DIYバイオハッカー』」(ビショップの履歴書による)が数千ドルを使って、遺伝子の強大な力を赤ん坊に用いるという考えを推し進めるのを防ぐことはできない。
数週間前、ある人が心配して、ビショップのビジネス提案書の概要を示した資金調達用スライドのコピーを私に送ってくれた。そこには遺伝子強化ベビーを何十万人も作って数十億ドルの収入を得る計画が述べられていた。この匿名希望者は、ビショップの計画が「たわ言」なのか「ぞっとするが妥当なもの」なのか分からないと言った。匿名希望者はトランスヒューマニストたちが人類を改善するという自分たちの考えを現実化させようとしていることに懸念を表明し、ビショップの行為を止めさせなければならないと感じていた。
ビショップのスライドによれば、デザイナーベビーは、受精の瞬間に遺伝子編集分子を卵子に注入した中国の遺伝子編集ベビーと同じようには作れないだろうとしている。その代わり、男性ボランティアの睾丸に遺伝子療法を施すという、驚くようなハックを用いる。これなら、DNAを強化した精子で女性を妊娠させられる。ビジネス提案書の計画によれば、200万ドルの資金があれば、動物実験からボランティアによる最初の人体実験へと速やかに移行できるとビショップとベリーは考えている。資金調達用のスライドには、「結果: 遺伝子編集した精液による最初の人類。先行予約を受け付けます」と書かれている。
「このやり方で人間の遺伝子を組換えるのには大きな欠陥があり、非常に心配です」と話すのは、ロンドンのフランシス・クリック研究所(Francis Crick Institute)のギュネス・テイラー博士研究員だ。テイラーもまた同じように上記の提案書を受け取っていた。「ビショップたちが最初の実験の参加者をすでに得ていることも、極めて厄介です」。
この提案書は常軌を逸しているかどうかの境界線上にあるという人もいる。なにしろ2人の起業家(ビショップとベリー)は、たとえば対象市場は「人類の未来全体」であり、膨大な量の遺伝子指令を含む遺伝子療法ウイルスの青写真を提供する、と言っているのだから。「一体全体、この提案を真面目に受け取っていいものかどうか悩んだ、というのが主な感想です」というのはコロンビア大学のサムエル・スターンバーグ助教授だ。スターンバーグ助教授は、ビショップの本当の目的は「最大限に挑発的な行動を取り、注目を浴びる」ことではないかと疑っている。
ビショップの計画をよく知る他の人々も、現時点ではほとんど空論だとしても、おそらくまったくの空論ではないと考えている。「ビショップの理論は、豊富な資金と重要なノウハウを持っていたフー元准教授よりもずっと初歩的です」というのは、ハーバード大学の遺伝子工学者である前出のチャーチ教授だ。ビショップと話したことがあるという同教授は、精子によるアプローチが「技術的には可能です」と認めるものの、「多くの欠陥を修正する必要があります」という。
「実現の可能性は間違いなくあります。だからこそ、検討する必要があるのです」とチャーチ教授は語る。チャーチ教授は多数の企業や遺伝子ベンチャーの顧問的立場にあるが、ビショップの新会社については顧問を引き受けていないという。それどころかビショップに対し、倫理的な助言と米食品医薬品局(FDA)の認可を得た上で、もし先に進むのなら適切な治験を実施すべきだと述べたとしている。「私は誰に対しても忠告はします。特に、忠告が必要だと私が思う人に対しては」(チャーチ教授)。
ビットコイン界の有名人
電話インタビューでビショップとベリーは、最初に遺伝子療法を受ける可能性のある顧客の名前や、それが自発的な志願者なのかどうか明かさなかった。樽のような体形で、身長は優に180センチを超えるビショップは、自分が欲しい強化遺伝子は、体重を管理できる遺伝子だと言った。ビショップとベリーはまだ予備的な動物実験を始めたばかりで、遺伝子強化ベビーを作ろうとするには程遠いと言った。まだ数年かかるだろう、という。「人体での実験はまだ始めていませんが、私たちのテクノロジーは倫理的に問題がないと信じています。現在、人々は、倫理違反を見つけようと魔女狩りをしていますが、何も見つからないと思います」。
ビショップは暗号通貨の分野ではすでに有名人だ。最近までレッジャーX(LedgerX)というビットコイン取引所で働いており、ビットコインを管理する基礎となるソフトウェアに数行のプログラム …
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