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人類を救う「炭素回収」技術
挑み続けた開拓者の20年
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One man’s two-decade quest to suck greenhouse gas out of the sky

人類を救う「炭素回収」技術
挑み続けた開拓者の20年

20年前に素粒子物理学から二酸化炭素を大気から回収するテクノロジーの研究に転じたクラウス・ラックナー教授の考えは、ようやく世間から認められつつある。ラックナー教授は、二酸化炭素回収技術を確立しなければ、地球温暖化により人類は深刻な危機に瀕すると主張している。 by James Temple2019.05.15

クラウス・ラックナー教授の研究室に置かれた大きな金属製の容器は、地球を救う装置にはとても見えない。まるでゴミ箱のようだ。というより、ゴミ箱そのものだ。

SDGs Issue
この記事はマガジン「SDGs Issue」に収録されています。 マガジンの紹介

ラックナー教授が、きっちりと折り目のついたカーキ色のズボンのポケットに手を突っ込んで眺めていると、その機械が変形し始める。マットレスのような形をした3つの金属製フレームが、容器の内部から出てきて、アコーディオンが広がるように天井に向かって伸びていく。

それぞれのフレームには、二酸化炭素分子と結合する樹脂で満たされた数百もの白いポリマーの細長い布が入っている。この布は、船の帆のような形をしており、この奇妙な装置を大気が吹き抜けるときに、温室効果ガスを取り出すように設計されている。

重要なのは、この材料が湿ると、二酸化炭素を放出するということだ。このことを実証するため、ラックナー教授は、装置のフレームを容器内に格納し、水で満たした。放出された二酸化炭素を集めれば、他の用途に活用することが可能で、再び初めから同じプロセスを繰り返せる。

アリゾナ州立大学にあるネガティブ・カーボン・エミッション・センター(Center for Negative Carbon Emissions)のラックナー教授の研究室は、気候変動の影響を緩和するために二酸化炭素を回収してリサイクルするという壮大な目的を掲げ、シンプルな機械を作った。ラックナー教授は、この装置が森のように無数に設置され、田園地帯を越えて広がり、数十億トンもの二酸化炭素を大気から回収する風景を思い描く。

薄くなった白髪頭のラックナー教授(66歳)は、20年間この問題に取り組んできた。1999年にロスアラモス国立研究所の素粒子物理学者として、大気から二酸化炭素を回収することで気候変動に対抗することの実現可能性を探る最初の科学論文を書いた。何年もの間、ラックナー教授の声は届かなかった。だが、壊滅的な温暖化を防ぐための温室効果ガス排出量の迅速な削減に世界が苦労する中、多くの人がラックナー教授の考えに同意するようになってきている。ラックナー教授の論文は、複数の大気回収スタートアップ企業にヒントを与え(そのうちの1社はラックナー教授自身の企業だ)、研究者を刺激して科学論文の発表も増加している。同じようなスタートアップ企業であるカーボン・エンジニアリング(Carbon Engineering)を共同創業したハーバード大学のデビッド・キース教授は、「たった1人の人間の考えや主張から生み出された製品によって作られた分野というのは、他に類を見ません。ラックナー教授は、二酸化炭素による気候問題を解決できる規模で、大気から直接回収する技術を開発できると主張する研究者の中心的存在でした」と話す。

この枠組みがうまくいくかどうかは、ラックナー教授を含め、誰にもわからない。化学式は極めて単純だ。だが、気候変動に待ったをかけられるような二酸化炭素除去装置を本当に作れるのだろうか? 資金は誰が提供するのだろうか? さらに、回収した二酸化炭素をどう処理したらいいのだろうか?

ラックナー教授は、答えがまだわからない部分があることをすぐに認めたが、プロセスが安価になるほど実現に近づくとも考えている。「『炭素問題の解決には1トン当たり1000ドルかかる』といえば、『気候変動は、でたらめだ』と言われるでしょうし、1トン当たりの処理額が5ドルや、1ドルだと言えば、『なぜ早く解決しないのだ』と言われるでしょう」。

選択肢を絞り込む

大気中の二酸化炭素濃度は410ppmに近づいている。そのため、すでに地球の気温は産業革命前と比べ約1℃強も上昇し、干ばつや山火事などの自然災害が頻発するようになっている。排出量が増え続ければ、こういった危機的状況が悪化するだけだろう。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による最新の評価では、地球温暖化を1.5℃に抑えるためには、今世紀末までに1000億から1兆トンの二酸化炭素を除去しなければならないという。1兆トンの二酸化炭素は、現在のペースの排出量のほぼ30年分に匹敵する。

二酸化炭素を大気から抽出する方法はいくつかある。多くの木を植える、草原など自然に土壌中に炭素を保持している地域を復元する、二酸化炭素を吸収する植物などのバイオマスを燃料とし、使用するときに排出量を回収する(このプロセスは二酸化炭素を回収・貯蔵するバイオ燃料として知られる)、といった方法だ。

だが、2018年10月の全米アカデミーズの報告によれば、こういった方法だけでは、少なくとも食料が必要ならば、温暖化による気温上昇を2℃に抑えるには十分ではないという。それだけの量の二酸化炭素を回収するのに必要な土地の広さは、大量の農業食料生産を犠牲にして実現するものだからだ。

ラックナー教授たちが開発する大気回収装置の魅力は、はるかに小さな土地面積で同じ量の二酸化炭素を吸収できる点だ。大きな問題点は、現時点では植樹の方がはるかに低コストということだ。二酸化炭素1トン当たり約600ドルという現在のコストで1兆トンを回収にするには、世界の年間GDPの7倍を超える約600兆ドルが必要となる。

ハーバード大学のキース教授が2018年夏に発表した論文では、同教授が設計を手伝った大気回収システムが本格稼働した場合、コストは最終的に1トン当たり100ドル以下になると試算している。ブリティッシュコロンビア州に本拠を置くカーボン・エンジニアリングは、試験プラントを拡張して、回収した二酸化炭素と水素を組み合わせた合成燃料の生産量を増やしているところだ。こういった合成燃料は、ディーゼル燃料やジェット燃料に転換され、化石燃料を新たに掘り出す必要がないためカーボンニュートラルとみなされる。

キース教授の方法を用いて1トン当たり100ドルで二酸化炭素を回収できるのなら、こういった合成燃料を市場で販売しても、公共政策による支援があれば利益を出せるだろう。例えば、カリフォルニア州の再生可能燃料基準や、欧州連合の新たに策定された再生可能エネルギー利用促進指令(Renewable Energy Directive)などだ。こういった類の早い機会を与えることにより、テクノロジーのスケールアップや、コスト削減、市場の開拓が促進されると期待されている。

スイスに本拠を置くクライムワークス(Climeworks)やニューヨークのグローバル・サーモスタット(Global Thermostat)など他のスタートアップも、同レベルか、より低いコストを達成できると考えている。こうしたスタートアップは、植物の発達を促すために二酸化炭素を多く含んだ空気を使うナトリウム化合物産業や温室市場を調査してい …

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