現実味を帯びてきたバイオテロの脅威に、米国はどう対応するのか?
大統領への書簡で、クリスパーのようなテクノロジーが検討不十分な脅威だ、と顧問はいう。 by Emily Mullin2016.11.18
オバマ大統領の科学顧問は、米国は新しいバイオテロ防衛戦略を緊急に必要としており、クリスパー(CRISPR)、遺伝子療法、合成DNAのような新たなテクノロジーが、テロリストに悪用された場合の危険について、ドナルド・トランプ次期大統領に定期的に状況説明すべきだと計画した。
大統領への書簡で、大統領科学技術諮問委員会(PCAST)は、国家バイオテロ防衛戦略の策定を任務とする新しい組織を6カ月以内に創設するよう促している。同種の戦略は2009年に策定されたが、複数の政府機関がバラバラに実施している、とワシントンD.C.にあるウイルソン・センターのバイオテロ専門家ピアース・ミレットはいう。
PCASTはまた、新たなバイオテクノロジーが引き起こしかねない公衆衛生の非常事態に対応するため、大統領が20億ドルの基金の創設を議会に求めるよう促している。
過去20年間、政府がバイオテロ防衛活動で注目していたのは、炭疽菌、天然痘、エボラ出血熱のような既知の病原体で「市民の健康や安全に深刻な脅威を与える可能性」があると保健社会福祉省と農務省が指定したものだ。政府が資金提供する病原体の研究は特別な検査を受け、米国立衛生研究所はインフルエンザのような病原菌をより危険にするような実験を研究者がすることを制限している。

だがPCASTのメンバーは、近年のバイオテクノロジーの「指数関数的な」成長で、従来の取り組みは時代遅れになったという。新戦略は「既知の生物因子だけでなく、はるかに広範囲の新規で変化し続ける完全には予測不可能な生物学的脅威にも備えなければならない」(PCAST)というのだ。
特に、合成DNAや、遺伝子療法、クリスパーのような遺伝子編集テクノロジーが、たとえばウイルスや細菌を医薬品に耐性を持つように改変するなど、意図的な悪用の新たな可能性を開くとPCASTは主張する。合成DNAとは実験室で作る人工的DNAのことで、遺伝子療法と遺伝子編集は生きた細胞内のDNAを改変する手法だ。遺伝子配列解読技術の進歩で科学者はある生命体DNAの全情報を速く安く読み出せるようになり、この情報でテロリストが生物兵器を作る可能性がある。
「遺伝子配列データにアクセスを許されるなら、それだけで事足りる」と、ノースカロライナ州立大学、遺伝子工学・社会センターのトッド・カイケン上級研究員はいう。
このような実験をすべて監視するのはほとんど不可能だろうとカイケン上級研究員はいう。だが書簡で提案されているように、細菌のDNAに関する詳細な情報を取り込み、改善された国家監視システムがあれば、政府関係者は病気の発生に関わった病原体が遺伝子操作や改変を経ているかどうかを判断できるだろう。
PCASTのメンバーは、天然・人工的双方の脅威に対抗する新たな抗生物質と抗ウイルス医薬品の開発に投資し、ワクチン備蓄のため年間2億5000万ドルを確保することも提案している。
だがカイケン上級研究員はこの書簡を正しい方向に向けた一歩と見るが、これではウイルスその他の病原体のような従来の生物学的脅威にしか対処できないという。アメリカの食糧作物を全滅させるように遺伝子操作された昆虫のような、さらに異質な生物学的攻撃のことを十分考慮していないとカイケン上級研究員はいうのだ。
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クレジット | Photograph by Joern Pollex | Getty |

- エミリー マリン [Emily Mullin]米国版
- ピッツバーグを拠点にバイオテクノロジー関連を取材するフリーランス・ジャーナリスト。2018年までMITテクノロジーレビューの医学生物学担当編集者を務めた。