KADOKAWA Technology Review
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いまそこにある危機
年間20万人が死亡する
インドの深刻な「水」事情
Saumya Khandelwal
気候変動/エネルギー Insider Online限定
India’s water crisis is already here. Climate change will compound it.

いまそこにある危機
年間20万人が死亡する
インドの深刻な「水」事情

上水道の70%が汚染され、年間20万人が死亡——。インドの水不足が深刻だ。干ばつで水源が枯渇し、貯水池の整備の遅れや水道管の水漏れ、未配管などの問題も山積する。都市部では「水マフィア」が水不足の解消を担う中、ボトムアップで問題の解決に取り組む市民もいる。 by James Temple2019.07.18

ここ数年、深刻な干ばつによって、インドでは河川や貯水池、帯水層の大部分が枯渇し、漏水や汚染の問題を抱えるインドの水道システムは危機的状況にさらされている。

SDGs Issue
この記事はマガジン「SDGs Issue」に収録されています。 マガジンの紹介

政府系シンクタンク「インド政策委員会(NITI Aayog)」が2018年夏に発表した報告書によれば、インドでは6億人以上が「深刻な水不足」に直面している。インドの上水道の70%が汚染されており、毎年推定約20万人が死亡している。早ければ2020年にも、バンガロールやニューデリーも含めた21もの都市で地下水が枯渇するかもしれない。2030年までには「飲料水が入手不能」となるインド国民は人口の約40%、つまり5億人以上にのぼると予測されている。

インドは、1年間に必要となる水量以上の雨が降る。だが、雨の大部分は、夏の雨季(モンスーン、通常4カ月間)に降ってしまう。別のインドの主な水源は、インド北部の川を潤すヒマラヤ高原から溶け出す雪や氷河だ。

水を確保し、途中で膨大な量を無駄にしたり汚染したりすることなく、何千キロメートルもの距離を適切なタイミングで適切な場所に水を運ぶことには、極めて大きな技術的課題がある。インドは降水量のほんの一部しか確保および使用していないため、大部分が海に流出している。

一方、効率的な灌漑(かんがい)システムを持たない農家は、多額の助成金で得た電力を使って、可能な限り地下水を汲み上げる。農業は、単独でインドの水資源最大の利用先であり、インドのGDPの約15%しか占めていないにもかかわらず、水資源の80%以上を使用している。

「これは、想像し得るありとあらゆる危機の中で最も憂慮すべき問題です」。デリーを拠点とする建築家であり、バージニア大学の教授であるパンカジュ・ビー・グプタは話す。グプタ教授はデリーの飲料水の主な供給源である、ひどく汚染されたヤムナ川の浄化方法を評価する研究を2013年に開始した。

水不足を加速するもの

確かに、気候変動によって問題は悪化するだろう。気候モデルは、深刻化するインドの雨季を主に予測してきたため、温暖化による干ばつへの影響についてははっきりしない。だが、長期的な予測では、異常気象はさらに悪化し、洪水の頻発化と、より長期的な干ばつをもたらす。

ほとんどの気候研究は、今後数十年間のインドの平均降水量が増加すると予想しているが、地域的および季節的パターンは大きく変化するとしている。2018年にジオフィジカル・リサーチ・レターズ(Geophysical Research Letters)誌に発表された論文によれば、地球の気温が産業革命以前の水準から2℃高くなった場合、調査対象となった89都市のうち78都市で、鉄砲水が大幅に増加する。結果として発生する大災害は、概して主要都市の低地の氾濫原に居住するインドの貧困層に深刻な損害を与えるだろう。

アラビア海からベンガル湾までの7500キロメートルにおよぶインド亜大陸の海岸線沿いでは、海面上昇により周辺の村や大都市での浸水や地下水汚染の恐れがある。

最終的に、気温の上昇と降雪量の減少により、ガンジス川やインダス川、揚子江、黄河など主要なアジアの河川の水源であるヒマラヤ氷河の融解速度が加速する。温室効果ガス排出量の多いシナリオでは、一部の地域で氷河は2050年までに50%、2100年までに95%縮小する可能性がある。

初めのうちは、地下に吸収されない雨水の増加により河川が増水し下流域における洪水リスクが高まるが、インドに流入する水量は増えるとみられている。しかし2050年以降、この傾向は反転し流域人口約19億人がいるこれらの川に流れ込む水が減少する可能性が高い。ガンジス川流域だけで6億人の水源となっており、インドの地表水の12%を供給し、GDPの33%を占めている。

ニューデリーにある政策研究センター(Centre for Policy Research)のナブロズ・ドゥバッシュ教授は「インドには、すでにさまざまなストレス要因があります」と話す。「しかし、気候変動により、さらに強められるでしょう」(ドゥバッシュ教授)。

結局のところ、被害者にとって、インドの水源の枯渇や汚染の要因となっているのが、粗末なインフラなのか、気候変動なのかについては、それほど重要ではない。いずれにせよインドは、富裕国より少ないリソースで、経済成長を阻害することなく、現在の災害に取り組み、より深刻な危機に備えるためのインフラを強化しなければならない。

川の女神

ヤムナ川はヤムノートリー氷河の氷に源を発している。溶け出した水は、ロウワー・ヒマラヤのカール(氷河の侵食作用によってできた広い椀状の谷)やガリ(降水による集約した水の流れによって地表面が削られてできた地形)に自重によって落ちてくる。

しずくが集まり支流となり、支流同士は下流になるにつれ大きく深い川となる。川は丘陵地帯を抜け、北インドの広大で肥沃な平原に向かって蛇行しながら流れていく。

ヤムナ川は、ハリヤナ州のヤムナー・ナガル地区で、コンクリートの壁にぶち当たる。ハタニクンド・ダム(Hathnikund Barrage)によって、川は右に大きく曲げられ、ヤムナ川の流れの97%が西の運河に流される。トゥレーン建築学校建築学部のイニャーキ・アルデイ学部長は、グプタ教授との共著書『Yamuna River Project: New Delhi Urban Ecology(ヤムナ川プロジェクト:ニューデリー、都市部の生態系)』(2018年刊、未邦訳)の中で、ハタニクンド・ダムは、いわゆる穀倉地帯であるハリヤナ州の沖積地を灌漑する1200キロメートルの水路に水を通すと述べている。

約250キロメートルの下流にあるデリー北部のワジラーバード・ダム(Wasirabad Barrage)は、残った水のほとんどすべてをせき止める。水は水処理システムを通してろ過され、2500万人以上が住む大都市の家庭や企業に供給される。

この水が確実に届けば、都市の需要を十分に満たせる …

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