KADOKAWA Technology Review
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汚職と捏造の10年——韓国・原発産業の凋落史
MIKE MCQUADE
気候変動/エネルギー Insider Online限定
How greed and corruption blew up South Korea’s nuclear industry

汚職と捏造の10年——韓国・原発産業の凋落史

およそ10年前、当時の韓国大統領の李明博は、韓国が世界の原発業界において優位に立つという夢を抱いて、原子力発電所の建設を国内外で積極的に進めていた。しかし文在寅現大統領は、脱原発の公約を死守し、原子力発電所の段階的廃止を進めている。この10年間に、韓国の原子力産業に一体何があったのだろうか。 by Max S. Kim2020.01.16

津波による福島第一原子力発電所の事故の3日後、当時の韓国大統領であった李明博は祝典に出席していた。2011年3月14日のことだ。李大統領はアラブ首長国連邦(UAE)にいたが、現地は一番近い村まででも砂漠のホコリっぽく単調な道を50キロ弱行かなければならないところだった。李大統領は、韓国とUAEが言うところの「百年の友好関係」の始まりを記念する建設プロジェクトの起工式に参加していたのだ。ダークスーツを着た韓国の随行員たち、ゆったり垂れた白いトーブ地の民族衣装をまとったUAE政府高官たちは建設現場を見学した。それから、李大統領とUAEのムハンマド・ビン・ザーイド皇太子は赤い絨毯の上で微笑み、写真を撮るためにポーズを取った。

韓国の合弁企業が、李大統領の今立っている場所に4基の原子炉を建設する186億ドルの契約を獲得したのはその2年前のことだった。当時、単独では史上最大の原子炉契約である。「神の祝福」を意味するアラブ語「バラカ(Barakah)」から名付けられたバラカ原子力発電所は、ビン・ザーイド皇太子を電話で11時間もかけて必死に説得したと言われる李大統領の個人的な勝利の賜物であり、入札においては、より経験豊富なフランス陣に対する韓国電力公社(KEPCO)の勝利でもある。勝ち目は薄いと言われた入札を制した偉大な物語が生まれた。

小さく、資源が少なく、エネルギー輸入に大きく依存していた韓国が1970年代に核エネルギープログラムを急速にスタートできたのは、カナダ、フランス、米国からターンキー契約で原子炉を購入したからだ。しかし、韓国電力公社とその原子力関連子会社である韓国水力原子力(KHNP)は、米国の設計を基に自社独自モデルを素早く開発した。1995年までには最初の韓国製原子炉が運転を始め、すぐに後続の原子炉も運転された。やがて、(インディアナ州と同程度の面積にすぎない)韓国は、23基の原子炉が国内の約3割の発電需要をまかなう、世界で最も原子炉が密集する国となった。UAEはこれに感銘を受けた。

ただしUAEのプロジェクトには、韓国の国家的矜持以上のものがかかっていた。韓国の計画は、気候変動の危機を解決できた可能性があった。再生可能エネルギーの生産は劇的に増えたものの、多くの科学者や技術者、環境活動家たちは、化石燃料に取って代われる真に大規模なエネルギー源は原子力だけだと考えている。それでも、高額の初期費用、不確実な利益、安全面の懸念が、長い間、投資家に出資を思いとどまらせ、政府に石炭やガスといった、安価だが環境汚染度の高い燃料を再び選択させることにつながってきた。

たとえば、フランス国有会社であるアレヴァ(Areva)のフィンランドでの原子力発電所プロジェクトは、数十億ドルの予算超過となり、計画から何年も進捗が遅れた。米国テネシー州のワッツバー(Watts Bar)原子力発電所の1号機の原子炉は完成に23年を要し、工事費は当初の3億7千万ドルの18倍以上にも膨れ上がった。アレヴァはバラカ原子力発電所プロジェクトの入札に参加したが、同社が提出した360億ドルという工事費は、伝えられるところによると韓国電力公社のほぼ2倍だったそうだ。韓国の入札によって、原子力がクリーンで、安全で、安価に化石燃料に取って代わることができるという希望が再び燃え上がった。

韓国電力公社はなぜこんなことが可能だったのだろう? この入札の責任者だった前韓国電力公社役員イ・ヒヨンは、鍵は「繰り返し」にあると私に教えてくれた。かつて一般的だったように毎回特別な設計で建設するのではなく、同じテンプレートを何回も何回も使うのだ。これによって専門知識と効率が高まり、結果として安く建設できる。彼はソウルの従業員二人だけの小さなエネルギーコンサルティング事務所で、「UAEとの契約の30年も40年も前から、ずっと原子炉を建設してきました」と言った。「強力なサプライチェーンと専門労働者のネットワークを維持してきたことが、コストを低く抑えられた大きな理由です」。

UAE との契約は幸先が良いタイミングだった。カナダ原子力産業での経験が豊富で、バラカ原子力発電プロジェクトの顧問であるハワード・ニールソン=スーエルは、フランスとカナダの民間原子炉メーカーが停滞しているときだったと言う。「韓国は世界市場を支配しようとしていました」。

しかし状況は変わった。バラカ・プロジェクトが始まってから10年も経たないうちに、韓国は古い原子炉を停止させ、新規原子炉の建設予定を破棄して、自国の原子力産業を廃止し始めている。国営エネルギー企業は再生可能エネルギーにシフトさせられている。李大統領の遺産は崩壊し、韓国の原子力計画で気候変動に立ち向かうという望みも消滅してしまった。

では、何がまずかったのだろうか? 評論家たちは政治やイデオロギー、環境理想主義を批判する。しかし現実は、利権漁りと汚職、スキャンダルこそが理由だ。気候変動に対処するための最も重要な計画が、単純な汚職の犠牲になってしまったことを忘れてはならない。

大惨事の襲来

「福島の原発事故を見たときにはとても大きなショックを受けました。私自身が原子力発電所の隣に住んでいるからです」。ソウルで最も有名な市民権グループの1つの本部近くにあるコーヒーショップで、キム・イクジュンは私にそう語った。そこには色々な意見の活動家たちが集まり、私たちの回りに座って活発に会話をし、その内の何人かはキムの所に挨拶に来た。59歳のキムは韓国で最もよく知られた反原発活動家の1人である。カリスマ性があり、話がうまいキムは、元々はソウルの東国大学校の教授(微生物学)だったが、反原発運動の顔として頻繁に講演したり、夕方のニュース番組に出演したりするようになっていた。

福島原発の事故が起こるまで、反原発運動は地域グループごとのバラバラな活動に限定されていた。日本での重大事故のせいで原発の危険性を身近に感じるようになった。「とても人ごととは考えられなくなりました」とキムは言う。

キム自身も韓国に原子炉が高い密度で建設されることに非常に不安を感じるようになった。韓国では人口の密集する南東部沿岸の狭い帯状部分に、原子炉のほとんどが集中している。集中度が高いのは、管理と用地買収のコストを削減するためだった。だが、原子炉同士を互いに近付けて配置し、しかも大都市が近いことは危険だ。

「これらの原子力発電所のどこかで事故が起これば、福島での事故よりはるかに壊滅的な結果を招くでしょう」。キムは言う。「原子炉は危険なほど主要工業地域に近く、古里(コリ)原子力発電所だけ見ても半径30キロの範囲に400万人が住んでいます」。人口120万人の蔚山(ウルサン)市にある現代(ヒュンダイ)自動車の工場は、最も近い原子力発電所から20キロしか離れていない。比較のために福島第一原子力発電所を見ると、同じ20キロ圏内に約7万8千人しか住んでいない。

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