KADOKAWA Technology Review
×
【4/24開催】生成AIで自動運転はどう変わるか?イベント参加受付中
米国テック業界が新型コロナに「完敗」した根深い理由
Selman Design
倫理/政策 Insider Online限定
Why tech didn’t save us from covid-19

米国テック業界が新型コロナに「完敗」した根深い理由

新型コロナの感染拡大に対し、世界に冠たる米国のテック業界は、人命と健康を維持するという最も重要な役割を果たせなかった。その事実は、イノベーションに関する米国の考え方に深刻かつ根本的な欠陥があることを露呈している。 by David Rotman2021.02.15

米国を含めた世界中の多くの地域でテクノロジーは、人命と健康を維持するという最も重要な役割を果たせなかった。筆者がこの記事を書いている現在(日本版注:この記事は2020年6月に公開された)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは拡大し続けており、すでに38万人以上が亡くなり、世界経済は荒廃している。人工知能(AI)、遺伝子医療、自動運転の時代において、新型コロナのアウトブレイクに対する最も効果的な対応法は、中世時代から借用した公衆衛生手法である大規模な隔離だった。

テクノロジーの機能不全が最も明白になったのは検査だった。新型コロナウイルス感染症などの病気に対する一般的な検査では、世界中の研究室で日々使われている30年以上前の化学的手法であるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を利用する。しかし、感染症の発生から数週間以内となる2019年12月下旬に、科学者たちが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を特定してゲノム配列を確定した(これらは診断をするうえで重要なステップである)にもかかわらず、米国や他の国々は一般向けのPCRテストの開発につまずいてしまった。米国疾病予防管理センター(CDC)の機能不全と硬直した官僚主義は、機能しない検査法を作り出し、使用できる唯一の検査だと数週間主張し続けた。

一方で、PCR検査のためのサンプルを鼻の奥から採るために必要な約15センチの鼻咽頭用綿棒は、サンプルの処理に必要な化学試薬と同様に不足していた。新型コロナウイルスを封じ込めることができた可能性のある最初の重要な数週間、多くの米国人は、重病の人でさえ、この命にかかわるウイルスの検査を受けられなかった。パンデミックが起こってから4カ月経った現在も、米国は全面的なロックダウンを安全に終わらせるために必要な、大規模かつ頻度の高い検査を実施する準備ができていない。

検査の欠如と相まって、公衆衛生データを収集するシステムが分裂し、無視されていたことで、疫学者や病院が感染の拡大についてほぼ無知だったことが明らかになった。グーグルやアマゾンのような企業が広告やショッピングの運営にあらゆる種類の個人情報を使用しているビッグデータの時代に、保健当局は盲目的な意思決定をしていた。

多くの人々の運命を左右したのは、もちろん検査とデータの欠如だけではなかった。人工呼吸器も、保護マスクも、それらを作るための工場も不足していた。カーネギーメロン大学で製造業について研究しているエリカ・フックス教授は、「パンデミックにより、米国の製造機能がどれだけ海外に流出したかが白日の下にさらされました」と言う。

世界でも群を抜く米国のテック業界と大規模な生物医学セクターが、必要とされるものを提供できなかったのはなぜだろうか。単にトランプ政権の怠慢のせいにすることは簡単だ。ハーバード大学の経済学者で経営の専門家であるレベッカ・ヘンダーソン教授は、危機下における米国政府が監督する産業とイノベーションの長い歴史について指摘している。政府が勢力を結集させて、優先事項について指揮することを多くの企業が待ち望んでいたとヘンダーソン教授は言う。「米国の知性を結集させれば、検査できるようになると私は考えていました。そして、そうなるのを待ち続けました」と語るが、実現することはなかった。「虚しさ以外、何もありません」。

しかし、イノベーションを研究するヘンダーソン教授をはじめとする専門家たちは、政府による介入の欠如よりも深刻な問題を指摘している。かつては、健全だった米国のイノベーション・エコシステムが、国の福祉に不可欠なテクノロジーを見い出し、生み出してきたのだが、それがこの数十年間にわたって蝕まれているというのだ。

必要なテクノロジーを発明して展開するための国家の能力は、公的資金と政策によって形成される。これまでの米国では、製造業や新素材、ワクチン、診断法への公共投資が優先事項ではなかった。また、多くの重要な新技術に対する政府による指導や、財政的支援、技術的支援のための仕組みは皆無といってよい。そのため、米国は不意打ちを食らってしまったのだ。

その代わりに米国は、過去の半世紀にわたり、イノベーションを生み出すうえで自由市場に対する信頼をますます強めてきた、とヘンダーソン教授は著書『資本主義の再構築 公正で持続可能な世界をどう実現するか(原題:Reimagining Capitalism)』で述べている。そのアプローチにより、世界中の起業家による羨望の的である富裕なシリコンバレーや、巨大なハイテク企業が築かれた。しかしそのことは、国の最も基本的なニーズに関連したテクノロジー(製造業やインフラ)など、重大な分野への投資や支援がほぼ無かったことも意味していた。

ヘンダーソン教授の本は、新型コロナウイルス感染症の発生前に書かれたものの、米国の多くの地域で感染が拡大していた2020年4月中旬に出版された(邦訳は2020年10月)。そのなかでヘンダーソン教授は、気候変動や不平等といった大きな問題に取り組むうえで企業が果たせる役割について説明しているが、その実施にあたり政府が民間セクターの支援に失敗してきた歴史も数十年にわたって記録している。「本の内容を体験している」ように感じているとヘンダーソン教授は語る。

新型コロナウイルス感染症に直面した米国が麻痺状態になったという事実は、看過してはいけない。それは、すでに数万人が早過ぎる死に追いやられ、世界最大といえる米国の経済が打撃を受けているからというだけではない。イノベーションに関する米国の考え方に、深刻かつ根本的な欠陥があることを明らかにしているからだ 。

自分たちが必要とする物を作る

経済学者たちは、生産性の向上、特に「全要素生産性」(労働力や資本などのインプットが同等のとき、より多くのアウトプットを得る能力)の観点でイノベーションの影響を測ることを好む。生産性の向上は、先進国を長期的に豊かにし、繁栄させる。だが、全要素生産性をイノベーションの尺度とした場合、この20年弱は米国だけでなく、ほぼすべての富裕国にとって冴えないものだった。

イノベーションが勢いを失った理由については、さまざまな考えがある。コンピューターやインターネット、またはそれ以前の内燃機関のような、経済を変革する類の発明が登場しな …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
【春割】実施中! ひと月あたり1,000円で読み放題
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る