KADOKAWA Technology Review
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米国のサラダボウルで考えた
農業とアグテックの未来
Lucas Foglia
ビジネス・インパクト Insider Online限定
How technology might finally start telling farmers things they didn't already know

米国のサラダボウルで考えた
農業とアグテックの未来

大穀倉地帯からはずれた「米国のサラダボウル」と呼ばれるサリナスは、レタスやカリフラワーといった野菜の栽培が盛んな地域だ。天候や病気などの不確定要素が多く、激しく変動する価格の影響を受ける農家に対して、テック企業は機械学習やリモートセンシングなどの「アグテック」を売り込んでいる。テック企業の売り込みは役に立たないと一蹴する農家もいるが、アグテックは最終的に農家に役に立つ情報をもたらせるのか。 by Rowan Moore Gerety2021.07.05

ロボット工学のスタートアップ企業「ファームワイズ(FarmWise)」の機械操作員、ディエゴ・アルカンタは、整氷車に似た巨大な無人ロボットの後ろを歩きながら、30人分の除草作業方法を学ばせている。

9月のある火曜日の朝、カリフォルニア州サンタマリア郊外の丘陵地帯にある巨大なカリフラワー畑で、私はアルカンタに会った。カリフォルニア州のセントラル・コースト(Central Coast:モントレー湾とコンセプション岬間の海岸部)に沿って、オックスナードから北はサリナスやワトソンビルまでの間に、市松模様を描いて広がる野菜畑の南端に位置する場所だ。太平洋からの霧が涼しいサリナス・バレーは、米国の「サラダボウル(サラダを盛る器)」とも呼ばれる。南に隣接する2つの郡とサリナスを合わせたこの一帯では、夏季に米国で栽培されるレタスの大部分が生産されている。ほかにもカリフラワー、セロリ、ブロッコリー、さらにベリー類もかなりの割合がここで生産されている。

その日はセントラル・コーストが誇る「ほどよい」天候だった。暖かいけど暑くはなく、乾燥しているものの乾ききってはおらず、海岸からはそよ風が吹いてくる。近くには麦わら帽子と長袖を着た収穫作業員がおり、想像を絶する量の中身がぎっしりつまった玉レタスを手早く収穫している。未舗装の道路に並ぶトレーラー・トラックの荷台には、10個の箱がうず高く積まれていた。

アルカンタが立っているカリフラワー畑には二葉や三葉の苗が数万本も並んでいる。あと3カ月もすれば、ここでも同じ収穫風景が見られるだろう。ただ、その前に草取りをしなければならない。

畝(うね)の間にあるロボットの車輪は、3列分の畝をまたいで走る。アルカンタは、ジョイスティックのようなタッチ画面で操作できるアイパッドを手に、ロボットの数歩後ろを歩いている。ロボットの前方内部では、カメラが常に点滅している。ゲームセンターのモグラたたきゲームのもぐらのように、吹き出す空気でL字型のブレード(草刈り刃)を正確に動かし、カリフラワーの苗の間に誘導する。ブレードが畝の土を掻いて小さな雑草を根から取り除き、30センチメートル進むと、ブレードは畝から離れてカリフラワーだけを無傷で残す。

アルカンタは定期的にロボットを止め、畝の間の溝に膝をついて「キル」のチェックをする。キルとは、ロボットのカメラとブレードの列の同調がわずかにずれて、苗を根こそぎ倒してしまった場所のことだ。アルカンタは1時間で平均1エーカー(0.4ヘクタール)を作業しており、キルの割合は苗1000本につき1本だった。キルは2カ所か3カ所まとめて起こることが多い。そうした場合、車輪がわずかに畝に乗り上げた跡や、ブレードがカリフラーを傷つけないように間隔を開けるタイミングがわずかに遅れた痕跡が残る。

ポケットからアイフォーンを取り出したアルカンタは、「#field-de-bugging」というスラック・チャンネルを開き、240キロメートル離れた同僚に、5回連続して起きたキルについてのメモを送った。メモにはその原因についての仮説(カメラとブレード間の情報伝達の遅延)と、問題点を確認できるようにタイムスタンプを付けた映像を添付した。

この畑では、機械を使って整地、植えつけ、農薬と肥料の散布をしている。他にも同様に機械を使っている畑は多い。灌漑(かんがい)作業員は昔と変わらず手作業でスプリンクラーのパイプを敷設し、時期が来れば収穫作業員がカリフラワーを収穫する。だが、いつか苗の周りの地面に手を触れる人がまったくいなくなると考えても、決して不思議ではない。

地球上でもっとも古く、もっとも大勢が従事する職業の1つを破壊するテクノロジーをめぐる競争の焦点は、人体の2つの部分が持つ並外れた能力を模倣し、最終的にはそれを凌駕することだ。1つは手だ。ピンセットを使ったり、赤ちゃんを抱っこしたり、サッカーボールをキャッチしたり投げたりでき、レタスを切ることもできれば、熟れたイチゴのがくを傷つけないよう摘み取ることもできる。もう1つは目だ。クラウド・コンピューティング、デジタル画像技術、そして機械学習が強力なタッグを組むことで、テクノロジーはその機能に肉薄している。

農業(agricultural)とテクノロジー(technology)という意味を併せた造語「アグテック(ag tech)」は、約15年前にサリナスで開かれた会議で生み出された。アグテックの推進者たちは遅くともその頃から、農作業が生まれ変わるようなガジェットやソフトウェアを次々と登場させるという約束を掲げてきた。これまでのアグテック関連スタートアップ企業にとっては、顧客よりも投資家を見つける方が困難だったが、推進者たちはようやく何かをものにしたのかもしれない。

シリコンバレーは丘を挟んでサリナスのすぐ向こう側にある。しかし、グレイン・ベルト(Grain Belt:米国中西部北側を横切る世界でも有数の穀物産地帯)の基準から見て、サラダボウルと呼ばれる地域はどちらかといえば僻地だ。中西部で毎年生産される作物がおよそ1000億ドルであるのに対し、サラダボウル地帯の作物はおよそ100億ドル。レタスは大豆と違って先物取引の対象にはならず、カーギル(Cargill)やコナグラ(Conagra)のような巨大企業はめったに取り扱わない。しかし、だからこそ「特殊作物」業界は、精密農業の進化の道筋を描くのに最適な場所だと考えられる。成長サイクルの短い作物を育てる小区画でうまく機能するテクノロジーなら、大規模に展開する準備ができていると考えられるのではないだろうか。

28歳のアルカンタはメキシコで生まれ、1997年に5歳で米国に渡り、叔父と妹と一緒にソノラ砂漠を歩いてアリゾナに入った。メキシコ中部ミチョアカン州出身の両親は、親戚の家のウォークイン・クローゼットで寝泊まりし、その後ガレージを改造して作った下宿を借りて暮らしながら、サリナスで始める農家としての新生活の準備に奔走した。移住して最初の1年間、アルカンタは両親が働いている間、家でテレビを見たり、妹の面倒を見たりして過ごした。母屋には女性が住んでいて、日中は彼女が2人の様子を見て食事を作ってくれたが、小学校に車で送ってくれる人はいなかった。

高校時代のアルカンタは、父親が監督する農場で畑仕事をすることが多かった。農場ではレタスの収穫や草取り、収穫したイチゴの箱の積み上げ、フォークリフトを使った倉庫作業もした。しかし22歳になり、幼なじみたちが大学を卒業して初めての仕事に就くのを見た彼は、肉体労働から脱却する計画を立てなければと考えた。それから商用運転免許を取得し、ロボット工学関連のスタートアップ企業に就職した。

最初に就いた仕事で畑仕事の機械化を進めていた時、親戚から小言を言われたことがあるとアルカンタは振り返る。親戚家族は身体をかがめ、汗だくで働いて暮らし向きを良くしてきた。その家族から「仕事を奪っている」と言われたのだ。

それから5年経って、状況は完全に変わったとアルカンタは言う。ファームワイズでさえ、「機械の後ろで働く」ことを希望する人を探すのに苦労していた。「働き口としてはファーストフード店の方が人気ですね。イナウトバーガー(ハンバーガーチェーン店)で働けば時給17ドル50セントもらえます」。

II

ファームワイズが使うような自動化システムを動かすコンピューターの「目」は、たとえ対象を近くに捉えても、さまざまな要因で誤作動を起こす。緑色のレタスの葉に斑点が並んでいるのを見て、それが健康な1本の芽なのか、それとも2つの種が隣り合って発芽したために互いの成長を妨げる「ダブル」なのかをコンピューターが見分けるのは難しい。農地は日差しが強く、暑く、ほこりっぽいので、コンピューターを正常に動かすのに理想的な環境とは言えない。車輪が泥にはまってアルゴリズムの距離感が一時的に狂うと、左のタイヤの回転数が右のタイヤよりも4分の1回転多くなることもある。

デジタルの目はそれぞれ課題を抱えている。人工衛星は雲の影響を受けるし、ドローンや飛行機は飛行に必要なエンジンの起こす風や振動の影響を受ける。さらにどのような方法でも、太陽の位置関係で同じ場所でも時間帯によって見え方が変わるため、画像認識ソフトはその点を計算に入れる必要がある。画像の解像度と価格は常にトレードオフの関係にある。そして、ドローンや飛行機、農地で使う機械の代金を支払うのは農家だ。歴史的に、公共宇宙機関によって開発・資金提供され、無償で共有されてきた画像は、撮影頻度が低く、解像度も粗いという制約があった。

米国航空宇宙局(NASA)は1972年に初の農業画像用衛星「ランドサット(Landsat)」を打ち上げた。米国の農地の大部分をカバーできたにもかかわらず、雲や遅い通信速度が原因で、1カ所につき画像が年に数枚手に入るだけだった。画像分解能(解像度)も1ピクセルあたり30〜120メートルというものだった。

1980年代から90年代にかけてランドサットはさらに6基が打ち上げられたが、農家が農地の大部分を毎日観測できるようになるのは1999年の、中分解能撮像分光放射計(MODIS)の導入を待たなければならなかった(画像分解能は1ピクセルあたり250メートルだった)。アンディ・フレンチ博士は、過去20年でカメラとコンピューターの性能が向上し、衛星や航空機の画像から得られる識見を提供すれば利益になると確信するテック企業が増えたという。フレンチ博士は、アリゾナ州にある農務省乾燥地農業研究センター(USDA-ARS)で水資源保全を研究している専門家だ。博士は「これまでに成功例はありません」と語る一方、衛星画像の撮影頻度と分解能の両方が向上していくにつれて、急速に状況が変化する可能性があると考えている。「以 …

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