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新材料探索のプロセスを
AIとロボットで再構築する
化学者のあくなき探求
Derek Shapton
コンピューティング Insider Online限定
This chemist is reimagining the discovery of materials using AI and automation

新材料探索のプロセスを
AIとロボットで再構築する
化学者のあくなき探求

トロント大学の化学者であるアスプル・グージック教授は、これまでは20年かかったような新材料探索のプロセスを、AIやロボットを組み合わせて自動化することで、数年あるいは数カ月にまで短縮しようとしている。 by Simon Lewsen2021.11.12

メキシコシティ生まれでトロント在住の化学者であるアラン・アスプル・グージック教授(トロント大学)は、気候変動モデルを見ると、予測の不確実性の範囲を示すエラーバーに目が行く。「科学者として、私たちは最悪のシナリオを想定する義務があります」とアスプル・グージック教授は語る。気候変動が予測通りに進めば、人類にはあと20年か30年ほどの時間が残されており、その間に、今はまだ存在しない材料を手に入れられるかもしれない。たとえば、炭素を素早く安価に回収できる分子や、コストが高く採掘が難しい金属であるリチウムに代わる材料で作られた電池などだ。その電池は、再生可能エネルギーにより世界規模で供給される電力を貯蔵することになるだろう。

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しかし、予測した以上に速く状況が悪化したらどうなるだろうか?現在緊急に求められている新たな材料は、さらに緊急かつ切実に求められるようになる。私たちは必要な材料をすぐに作り出せるのだろうか?

2010年版のMITテクノロジーレビューが選ぶ「35歳未満のイノベーター35人」の1人であるアスプル・グージック教授は、これまでの人生の大半をこの問題の解決に費やしてきた。有用な新物質を創造・開発する科学分野である材料探索の進歩のペースは、往々にして苛立たしいほどに遅い。一般的な試行錯誤によるアプローチでは、科学者は新しい分子を作っては、所望の特性があるかどうかを一つひとつテストしていく。しかし、こうしたプロセスは平均で20年もの年月を必要とするため、多くの企業にとっては費用もリスクも大きすぎる。

アスプル・グージック教授の目標は、必要な特性を備えた材料探索の期間を数年、あるいは数カ月にまで短縮し、電池や炭素回収フィルターといった気候変動対策のための資源を迅速に蓄えられるようにすることだ。同教授と志を同じくするコンピューター通の化学者の数は増加している。目指すのは、デジタル・シミュレーション、ロボット工学、データ科学、人工知能(AI)、さらには量子コンピューティングを材料探索のプロセスに組み込むことで、停滞している材料産業を復活させることだ。

分子の電子構造を正確に把握して新しい設計を生み出すコンピューター・プログラムや、その分子を実際に作って特性をテストするロボットを想像してみてほしい。ソフトウェアとロボットが一緒になって、分子をテストし、構造を微調整し、再びテストするという作業を繰り返し実施することで、求められている特性を備えた材料を作り出せるのだ。

少なくとも、アイデアはそうだ。だが、「言うは易く行うは難し」である。分子の構造は気が遠くなるほど複雑だ。化学合成は科学というより芸術の域に達しており、材料探索のプロセスを自動化する取り組みの障壁となっている。しかし、AIやロボット工学、コンピューティングの進歩により、現在こうした見通しに新たな息吹が吹き込まれている。

アスプル・グージック教授は、2017年にメキシコシティで開催されたワークショップの共同議長を務めた。このワークショップには、ノーベル賞を受賞した科学者や17カ国の政府代表者を含む133人の参加者が会し、世界中の研究コミュニティが、材料探索プロセスの自動化という目標に注目することになった。この会議は1つの転機となり、参加者の多くが、加速する材料探索の分野をニッチな研究分野から世界的な優先事項へと発展させるきっかけとなったのだ。実際、このワークショップの後、カナダ、インド、欧州連合(EU)などが、材料研究を促進するための取り組みに投資し始めだ。

材料研究は非常に多くの分野にまたがるため、研究自体が大掛かりなものであり、技術的にも難しい。しかし、アスプル・グージック教授は化学者であると同時に、ソフトウェアエンジニア、AIのパイオニア、量子コンピューターのプログラマー、ロボット工学の愛好家であり、何度も起業している。化学を新たな方法で実践する、有力なエバンジェリストの1人である同教授なら、計算に関する専門知識と想像力をうまく組み合わせ、目標の実現に不可欠な複数のツールを結びつけられるかもしれない。

「アスプル・グージック教授には、一般的に可能だと考えられている以上のことを見通す力があります」と、フォーダム大学の化学者であり、同教授と頻繁に共同研究をしているジョシュア・シュライアー教授は語る。シュライアー教授によると、アスプル・グージック教授は、周りの人々全員の科学への取り組み方を変えてしまうイノベーターだという。

グーグルの量子アルゴリズムチームの責任者であるライアン・バブッシュ博士は、アスプル・グージック教授の最も顕著な特徴を「創造的な落ち着きのなさ」だと述べている。「アランは、最新の未知の領域の研究に自分の時間とエネルギーを費やしています。1つのことだけにこだわったり、段階的な進歩に甘んじたりはしません」。

新しい材料を市場に投入するには時間と労力が求められることを考えると、アスプル・グージック教授の気質は問題となり得るかもしれない。新たな材料を発見するのは、範囲を絞った粘り強い研究と、ビジネス上の絶え間ない忍耐が必要となる仕事だ。しかし、バブッシュ博士によると、最終的にアスプル・グージック教授の関心があるのは、材料探索のプロセスを再構築し、コミュニティの科学者が作業を効率化するために必要な計算ツールや自動化ツールを提供することだという。

アスプル・グージック教授は現在、AIアルゴリズムが新たな分子を設計し、ロボットがそれを素早く作ってテストする研究室をトロントに作っている。この研究室は、将来の材料探索のあり方を示すためのプロトタイプのようなものだ。「私は、どの研究室でも新しい化合物を簡単に作れるような全く新しい時代、つまり必要に応じて材料が作られる時代を実現したいと思っています」と、アスプル・グージック教授は語る。将来的には、次なる世界的な危機に対応できるような体制を整えたいと考えているのだ。「世界的な課題を解決するには分子が必要です。現状ではまだ、その分子を作るのに苦労しているのです」。

戦いの傷跡

アスプル・グージック教授の話し方は、熱狂的であり、しばしば脱線し、とても早口だ。トロント大学の同教授のオフィスを初めて訪れたときには、私にルチャリブレ(メキシコのプロレス)のマスクコレクションを見せてくれた。鮮やかな青、緑、ピンクのバラクラバにアステカ模様が施されているものだ。「これらのマスクは人間性を表すツールなのです」とアスプル・グージック教授は語る。「ノーベル賞受賞者や日立製作所の重役をオフィスに招き、しばらく話した後、一度話を止めてこう言うといいでしょう。『マスクを1つ選んで、一緒に写真を撮ってください』と」。これらのマスクは、同教授の多面的な人生のメタファーであると考えずにはいられない。

アスプル・グージック教授は、作家と音楽家、建築家のいる、カトリックとユダヤのハーフの家庭で育った。メキシコ国立自治大学で化学を専攻していた19歳のころ、クエルナバカで一晩レイヴ(ダンスミュージックのイベント)を楽しんだ帰り、乗っていた車が道路から逸脱して衝突した。外科医は開腹手術をして腸を修復し、破裂した血管を焼灼しなければならなかった。その結果、アスプル・グージック教授の腹部の中央には、正中線のような傷跡が残っている。

若くして死の淵から生還した彼は、その後、知的冒険心に満ちた生活を送るようになった。興味を持った研究分野であれば、たとえ難解であったり、自分の専門外であったりしても追求するのだ。

当時、時間と手間のかかる実験をせずに、コンピューターを使ったモデリングで所望の特性を持つ分子を設計することに対し、大きな期待が寄せられていた。科学者はバーチ …

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