世界的スパイウェア企業「NSO」、米制裁で企業存亡の危機
イスラエルのNSOはこれまで、悪名高いスパイウェア「ペガサス」を幾多の独裁国家に販売してきたことを非難されつつもビジネスを続けてきた。しかし、米国政府が制裁を科すことを発表した現在、存亡の危機に瀕している。 by Patrick Howell O'Neill2021.11.25
7月、イスラエルのハッキング企業「NSOグループ」のスパイウェアがフランスのエマニュエル・マクロン大統領を標的にしたという疑惑が持ち上がり、大きな論争を呼んだ。NSOはこの疑惑を否定したが、これは世界で最も悪名高い同社製ハッキングツール「ペガサス(Pegasus)」の使用についての一連の告発の一端にすぎない。一方、イスラエルの軍高官は、フランスの軍当局者と会談し、疑惑について調査することを約束し、大急ぎで外交危機を収束させた。
ちょうど同じころ、MITテクノロジーレビューは、フランス政府当局者がペガサスの購入の契約交渉の最終段階に入っていることを知った。ペガサスは、世界中の反体制派やジャーナリスト、人権活動家を監視し苦しめるために、常に使用されていると何年も非難されてきた。それにもかかわらずフランスは、一般的に何百万ドル相当はかかる取引で、ペガサスを購入する寸前だった。
しかし、フランスの政治家も標的になっている可能性があるという疑惑が浮上した後、取引は御破算になった。販売契約が成立する予定の2、3日前に交渉は打ち切りになった、と今回の取引に詳しい情報筋は述べる(フランスの外務省は、弊社のコメント要請に応じなかった)。
11月に入って、もう一つの重要な関係もご破算となった。米国がNSOグループをエンティティ・リスト(禁輸対象者リスト)に加えて制裁を科し、同社を相手に売買をする米国人に厳しい規則や規制を課すことになったのだ。
米国がこのような動きをしたのは、NSOがスパイウェアを開発し、悪意ある目的に使用する外国の政府にそれを販売しているからだという。今回の措置は、抑圧のために使用されるデジタル・ツールの蔓延を食い止める活動をはじめとする、人権を外交政策の中心に置くバイデン・ハリス政権の奮闘の一環であると商務省は声明書で言明した。
イスラエルはフランスとの状況をなんとか鎮めたが、米国との関係回復ははるかに難しい。
NSOは米国政府との間で、意思疎通を根気よく何度も試みた。だが、この取り組みに詳しい人々によると、米国当局者との意義ある接触はできていないという。NSOは、制裁が取り消されるように商務省に申請書を提出するなどの手続きを試みている。
NSOの幹部らは、米国政府の決定を変更させるようイスラエル政府高官に応援を求めて書簡を送ったが、米国はイスラエル当局者ともこれについては話をしようとしないと告げられた。エルサレムとテルアビブのイスラエル当局者は、なぜNSOに制裁を科す決定について最後まで知らされなかったのかと考えながら行き詰まっている。イスラエルの外務省はコメント要請に応じなかったが、米国商務省は申請手続きとタイムラインを説明した。ただし、NSOの事案について具体的なことはコメントを控えた。
匿名で話をしてくれたNSOの従業員は、制裁とスキャンダルにより、NSOを存続の危機に直面していると述べる。 少なくとも、この記事が発表される直前まで、NSOはコメントの要請に応じていない。
低下する士気、猛烈な不信
NSOグループの主力製品であるペガサスは、10年間にわたり、世界的な批判と需要の両方の対象になってきたスパイウェアだ。ペガサスを使えば、標的のスマートフォンに侵入して盗聴したり、メッセージや連絡先、写真など、デバイス上のすべてにアクセスしたりできるようになる。ドイツ、スペイン、メキシコなど、多くの民主主義国家がペガサスを購入している。これらの国々の当局者は、司法当局や情報機関は、組織化された犯罪グループやテロリストのネットワークのメンバーなど、合法的な標的を監視するために、ペガサスのようなツールが必要なのだと述べる。しかし、批評家は、このツールは十分な監督や説明責任なしに、スパイ活動に対し完全な自由裁量を与え、日常的な悪用に繋がると指摘する。
さらに、NSOは特に、中東や北アフリカの多数の独裁国家にもペガサスを販売しており、これらの国家が実施した十分な証拠書類のある不正行為が多数告発されている。
NSOはほとんどの事案で、単にツールを構築しているだけで、外国政府がペガサスで何をしようと管理はしていないと弁明し、通常通り事業を運営し続けてきた。
しかし、2021年の一連の暴露は、NSOにそれまでとは違う打撃を与えた。
今年、次々に起こった醜聞はイスラエルで「NSOスキャンダル」と呼ばれ、NSOに何百万ドルもの売り上げ損失をもたらした。今年に入ってから、悪用の広がりが世界中で大きく報道されたが、NSOによると、標準的な電話番号のデータベースがNSOグループのスパイ行為の標的であるという誤った判断が疑惑の根拠になっているという。
米国による制裁は、それ以前のスキャンダルよりも直接的で、はるかに大きな影響をNSOに与えている。ウォール街はNSOを遠ざけ、不良資産として扱っていると、ブルームバーグは報道した。一方、新たに任命されたNSOの最高経営責任者(CEO)は任命からわずか1週間後に辞任した。
制裁によって、NSOの運営の仕方に実質的な制限が生まれる。たとえば、ウィンドウズのオペレーティング・システム(OS)が搭載されたノートPCやアイフォーンなど、NSOがエクスプロイト(脆弱性を悪用して攻撃するプログラム)を開発するのに用いる多くのツールは、米国政府の明確な承認なしには合法的に購入できなくなる。米国は、これらをNSOグループへ販売することに関する決定は、標準的には否定的なものになるだろうと述べている。
米国の決定はもっと深い影響も、NSOに与えている。匿名でMITテクノロジーレビューに話をしてくれた数人によれば、勤労意欲は低下し、従業員らは打ちひしがれ、困惑している。NSOが米国のエンティティ・リストから外れることができなかった場合の将来について、同社の上層部は現実的な厳しい疑念を抱いている。
戦略的な問題
NSOのイスラエル指導部との結びつきも、事態を複雑にしている。多くの武器メーカーと同様に、NSOグループも自国政府と密接な関係を持ち、過去10年間、イスラエルの重要な政治的、外交的道具となってきた。たとえば、NSOグループがアラブ首長国連邦政府にハッキング・ツールを販売し始めた時、ツール販売について知る人々によれば、当時のイスラエル首相であるベンジャミン・ネタンヤフはこの取引にとりわけ熱心であったという。
事実、近隣諸国とより緊密な関係を築こうとするイスラエルの計画(近隣諸国は歴史的に法律上はイスラエルの存在を認めなかった)は、近辺諸国が喉から手が出るほど欲しがったNSOのハッキング・テクノロジーによって勢いづいた。ペガサスは、イスラエルがアラブ首長国連邦やモロッコ、バーレーンなどの国々との繋がりを強めるための賄賂として使われてきたのだ。
これらの国々もすべて、ペガサスを悪用して反体制派の人々をスパイしたり投獄したりしたと、確かな筋から繰り返し非難されてきた。だが、表立った措置をほとんど受けていない。6年間にわたってツールを悪用したとされるアラブ首長国連邦は、ドバイ首長がペガサスを使って元妻の携帯をハッキングしたことが発覚したのを受けて、2021年にやっと、NSOによりペガサスの利用を遮断された。
NSOグループは、自社は強力に規制されており、信頼性のある告発はすべて外部調査をしていると主張する。同社の上席幹部は、不正利用が原因で、これまでに3億ドル以上の契約を解除したと述べている。
NSOの従業員らは、NSOがイスラエル政府と密接で複雑な関係にあるため、米国の制裁決定は一部のイスラエル当局者への予期せぬ警告のように感じると言う。独裁主義者による悪用を何年も許してきたとしてNSOグループを非難してきた専門家や活動家にとって、米国の決定は待ちに待った勝利だ。
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