KADOKAWA Technology Review
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Clinics Offering Unproven Stem Cell Therapies Are Proliferating Across the U.S.

関節炎もアルツも治る?
幹細胞治療の怪しい実態

幹細胞治療のために米国外に行く必要はなくなったのは、効果が未検証で危険かもしれない治療行為が米国内で不法に提供されるようになったからだ by Ryan Cross2016.07.01

少なくとも米国の351業者が、実証されていない幹細胞医療をアメリカ国内の診療所で提供しており、関節炎からアルツハイマー病まで何でも治ると宣伝していることを、6月30日発行の医療誌『セル・ステム・セル』に掲載された論文が伝えている。米国食品医薬品局(FDA)は論文で報告された新興医療分野にほとんど注目していない。

論文の執筆者であるミネソタ大学の生命倫理学者リー・ターナーとカリフォルニア大デービス校の幹細胞研究者ポール・ノップフラーは「この種の医療は難しく、FDAが市場を上手く規制しているとは考え難い」と語る。

A prepared microscope slide of white fat tissue. Patients’ fat stem cells are obtained via liposuction and often simply reinjected into the bloodstream in hopes that they reach their intended target.
白色脂肪組織のプレパラート(患者の脂肪幹細胞を脂肪吸引術で取り出し、意図した目標に到達することを期待して、ただ血液に再注入することもある)

米国内では、規制のない幹細胞療法を不安視することはあっても、米国内で禁止されている治療を受けるために外国に行く患者は限定的と考えられていた。医療の常識に反する治療は、効果がないばかりか、命に関わる場合もある。先週発行された『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』は、胎児幹細胞の注射を受けた数カ国の男性の脊椎から、べっとりとした異質細胞の塊を外科医が発見した事例を掲載した。

ターナーとノップフラーの新たな研究によると、米国内にある570カ所の診療所が類似療法を提供しており、毎年おそらく何万人もの患者が幹細胞医療を受けている。

「怪しげな手術が1~2件なら問題にはなりません。しかし現行の規制は破綻状態です」(ターナー氏)

FDAは、幹細胞の元の細胞別に治療方法を規制している。中でも、いわゆる「非相同幹細胞療法」は、対象範囲の広い規制だ。医師は、ある組織から採取した細胞を、たとえ幹細胞に変化させたとして別の臓器には移植できない。アルツハイマー病を治すため、患者の腹部から脂肪幹細胞を吸い取って脳に注射するのは、ほぼ確実にこの規制に該当する。

だが、実際にはいくつかの診療所でこうした治療行為が横行している。脂肪幹細胞が使われるのは、おそらく患者にとって、簡単そうな治療に思えるからだ。医師は、脂肪吸引で取り出した患者の脂肪組織を酵素で液状化し、遠心分離機で細胞を分離し、再び患者に注射する。方法の細部はさまざまなだが、多くの診療所ではFDA規制に適合していると説明される。

A map shows the locations of the clinics included in the study. Blue stars indicate cities where the business is especially rampant.
研究で調査された診療所の位置を示す地図(青い星はこのビジネスが特に横行している都市)

実際には、この治療はFDA認可とはいえない。昨年公表された指導書原案(発効前)では、こうした処置は細胞改変の度合いが強すぎるので、薬品と同じようにFDAの承認手続きをが必要とされている。

ジョージア工科大学で公共政策を研究するアーロン・レバインは、ターナーとノップフラーの論文は「警鐘を鳴らしていると見るべき」で、少なくとも「この問題の概要をFDAに示すべき」だとする。

多くの研究者がFDAはこうした医療行為を規制すべきとする一方、診療所で働く医師には規制不要派もいる。マンハッタン・脊柱スポーツ医院のドリュー・デマン理事長は「(規制は)大きな間違いです。治療が(FDAの規制対象である)薬品とは思えません。私たち自身の体の、異なる部位の組織を使っているだけですから」という。骨髄と脂肪組織の幹細胞は、デマン理事長の診療所でスポーツ傷害、整形外科的症状、それに痛みを治療するためには「不可欠の」道具だという。

「安全でないという兆候はまったくありません」

ノップフラーとターナーによれば、整形外科は、幹細胞診療所を最も宣伝する分野で、300社以上の事業者が治療を提供していた。デマン理事長は、こうし治療の効果を研究する必要は認めるが、「圧倒的な量の証拠が出てくるまで、患者への治療を待つのは臨床医のする仕事でしょうか」という。

臨床医にも、幹細胞規制に関して複雑な心境を持つ人がいる。マイアミにある幹細胞診療所、キメラ研究所創業者のダンカン・ロスは「このような診療所の規制について、私たちにはすべきことがある」という。ロスの心配は、経験の浅い技師による不適切な取り扱いで細胞が汚染されることだが、自身の研究所では解決済みだする。

ロスは現在、脂肪幹細胞を患者の血流に注射して、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療を試みている。だが、こうした治療方法は、ある細胞を取り出して別の臓器に移すことを禁じたFDA規則と矛盾するように思える。

「その通り、これは(FDAが規制する)非相同ですが、だからどうだと言うんですか? それで傷害を負った人は誰もいませんよ」

ターナーは、アルツハイマー病のような病気の治療をうたう診療所を不安に感じている。27の診療所がアルツハイマー病を幹細胞で治療できるとしている。「もし誰かが死に至る病を患い、インターネットでわずかな希望の光を求めて検索すると、医学の専門家風の、丁寧に説明され、信頼できる研究者と臨床試験前の治療へのリンクを張っている、膨大な数の業者を見つける」のだ。それが、効果と安全性の実績が全くない治療への、危険な魅惑の入り口になる。

膨大な数の幹細胞診療所が営業中にもかかわらず、FDAがしたことは、そこでの治療は生物薬品と同様に、FDAの承認手続きを経る必要があるとする警告書を、いくつか発行しただけだ。「幹細胞産業の規模の大きさと、FDAが規制のために取った小さな行動には、巨大な断絶があるのでます」とノップフラーはいう。FDAが消極的な理由をノップラーは、過去10年で幹細胞研究は大きく進歩し、スポーツ選手や有名人も受ける未検証で問題のある医療に対して、これ以上の関心を集めたくないからだと見ている。

「私はこの分野全体については本当に楽観していて、相当数の臨床試験の結果が今後10年で集まるでしょう。まだそこまで至っていないだけなのです」

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クレジット Image courtesy of the Department of Histology, Jagiellonian University Medical College
ライアン クロス [Ryan Cross]米国版 ゲスト寄稿者
パデュー大学で神経科学と遺伝学を学び、ボストン大学の科学ジャーナリズムプログラムを卒業したジャーナリスト。コーヒーを飲むことと遺伝子編集の話も大好きですが、最新の科学トレンドや発見を解きほぐし、分かりやすく調合するのも得意です。
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