KADOKAWA Technology Review
×
来れ、若きイノベーター! Innovators Under 35 Japan 2022 応募受付開始。
米国で粉ミルク不足が深刻化、ネット上で高額売買も
Getty
The baby formula shortage has birthed a shady online marketplace

米国で粉ミルク不足が深刻化、ネット上で高額売買も

大手粉ミルクメーカーの操業停止を受け、米国で粉ミルクの不足が問題になっている。命に関わる問題だけに赤ちゃんを抱える親たちは必死だが、ネット上では危険な情報や高額転売も蔓延している。 by Tanya Basu2022.05.20

4月上旬に出産したアシュリー・ディアスは当てが外れた。十分に母乳が出なかったのだ。生まれたばかりの息子は、栄養を補うために粉ミルクが必要になった。ディアスは母親に、大型スーパーマーケット「ターゲット(Target)」で粉ミルクをまとめ買いするように頼んだ。しかし、母親は2箱しか買えなかった。

現在、ディアスの住むロサンゼルスだけでなく、全米の多くの店舗で粉ミルクが品薄になっている。全国的に粉ミルクが不足する中、赤ちゃんの親たちは粉ミルク探しに奔走している。そして、この状況は、誤情報や詐欺、価格釣り上げが横行するネット市場という副産物を生み出した。

粉ミルク不足は必要としていない人にとって、突然起こった出来事のように見えるかもしれない。しかし、この問題は数カ月前もから、静かに雪だるま式に危機的な状況を作り出していた。米国の大手粉ミルク・メーカー、アボット・ニュートリション(Abbott Nutrition)は、2月にミシガン州のスタージス工場から出荷した粉ミルクのリコールを発表した。この工場で製造された細菌に感染した粉ミルクを飲んだ2人の赤ちゃんが死亡したからだ。

リコールにより、ただでさえ逼迫していたサプライチェーンは限界に達した。5月16日、米国食品医薬品局(FDA)とアボットは、工場の操業再開の手順について合意したとニュースメディアのポリティコは報じた。同社は数週間ほどで工場をフル稼働できると主張しているが、粉ミルクの生産量を元に戻すまでには数カ月かかる可能性がある。FDAもアボットも細菌が発生した理由や混入経路が分かっておらず、根本的な原因の究明に数カ月かかる恐れが大きな障害になるかもしれないからだ。

もちろん、赤ちゃんたちは何カ月も待てない。そのため、多くの親がインスタグラムやティックトック(TikTok)で粉ミルクの入手先を探している。動画によっては自家製粉ミルクの作り方を説明しているものもあるが、自家製粉ミルクは危険極まりない。FDAは、自家製粉ミルクや薄めた粉ミルクは赤ちゃんの繊細な身体に必要な重要な栄養素が欠けていると繰り返し警告している。にもかかわらず、自家製粉ミルクのレシピはネット上でシェアされ続けている。MITテクノロジーレビューがティックトック上で確認したいくつかの動画は、数千回の再生されており、中には15万回近く視聴されたものもあった。

「赤ちゃんに粉ミルクを与えている母親にとっては、非常に厳しい時期です」とエリン・ムーアは言う。テキサス州オースティン在住の小児科看護師であるムーアは、認定ラクテーション・コンサルタント(母乳育児の専門家)の有資格者でもあり、授乳に関するインスタグラムのページを運営している。ムーア看護師は、栄養不足が赤ちゃんに与える恐ろしい影響を目の当たりにしたことがあるため、特に懸念している。「粉ミルクを薄めることは、非常にデリケートな赤ちゃんの電解質バランスを崩す原因となるため、決して安全な方法ではありません。自家製粉ミルク を与えると、赤ちゃんが重篤な状態になって入院するような事態を引き起こす可能性があります。私はこれまで自家製粉ミルクが赤ちゃんに及ぼす影響を見てきましたが、その結果はとんでもないものです」。

幸いなことにネットでシェアされているのは、危険な自家製粉ミルクのレシピだけではない。一部の親は、粉ミルクや母乳が必要な人と、それらが余分にある人とをつなぐ非公式なネットワークを構築している。ムーア看護師は、まさにこのような準市場作りを支援するため、自身のフェイスブックページに「ベビー・フォーラム・ファインダー(Baby Formula Finder)」を立ち上げた。フェイスブック上の従来の育児に関する情報交換のためのフォーラムや、特に難局に対処するために作られたコミュニティにおいても、同様のやりとりが生まれている。

 

この投稿をInstagramで見る

 

Erin | Formula & Combo Support(@babyfeeding.coach)がシェアした投稿

現在、ディアスは粉ミルク不足とは正反対の位置にいる。なぜなら、小児科医が送ってくれた粉ミルクが余っているからだ。余った粉ミルクのことをツイートしたところ、全国から送付を依頼されるようになった。だが彼女は地元の人に寄付したいと思い、子育て中の人が集まるフェイスブック・グループに参加した。

ところがディアスはフェイスブック・グループ内で、いくつかの不審な言動に出くわした。「グループに参加すると、すぐにメッセージやコメントが送られてくるようになりました。中には、外国から参加している偽のプロフィールの人もいました。また、余分な粉ミルクは無料で提供しているのですが、進んでお金を出すという人もいました」。

ディアスがこのグループで経験したことは、大きな問題のほんの一部だった。大きな問題とは、ネット上における粉ミルク価格の釣り上げだ。

電子商取引のイーベイ(eBay)やクラシファイド(広告や告知を一覧形式で掲載する広告媒体)コミュニティ・サイトのクレイグリスト(Craigslist)などでは、粉ミルクに法外な値段が付けられている。MITテクノロジーレビューが実施した直近の調査では、イーベイでは12箱入りの粉ミルクを300ドル、1箱あたり25ドル前後で売る複数の販売者が見つかった。通常は7ドルから10ドルで販売されているものだ。

生活保護を受けている赤ちゃんの親は特にストレスを感じている、とムーア看護師は話す。彼らは月初めに生活保護費の小切手を受け取り、ほかの必死な親たちに負けじと、生活保護規則で認められた粉ミルク大手メーカーのアボット、ガーバー(Gerber)、ミード・ジョンソン(Mead Johnson)3社が製造する特定ブランドの粉ミルクを手に入れようと奔走しなければならないからだ。

FDAとアボットが工場の操業再開について合意したにもかかわらずサプライチェーンの問題は続き、粉ミルクの安全性を保つためにFDAによる生産の監視も継続しているため、今後数カ月の間にこの危機的状況が悪化する可能性がある。そのため、早すぎる離乳食への移行を余儀なくされた赤ちゃんが、栄養不足や入院を余儀なくされるなど、連鎖的な健康危機の発生が懸念される。

ミルク不足を解消するためには、女性から余分な母乳を提供してもらうことが重要だ、と北米母乳バンク協会(Human Milk Banking Association of North America)のリンジー・グロフ常任理事は話す。粉ミルク不足により、全米中の母乳バンクの需要は20%急増したものの、必要とする人に行き渡るのに十分な量の母乳はないという。グロフ常任理事は、親たちがネット上で母乳バンクの情報を拡散し、可能であれば母乳を寄付するようフォロワーに呼びかけてくれることを期待している。

この投稿をInstagramで見る

 

Lucie Fink Morris(@luciebfink)がシェアした投稿

当分の間、赤ちゃんを抱える親たちは翻弄されるだろう。ディアスは近隣地域で、母乳で育てられず、粉ミルクを必要としている1歳児を持つ妊娠中の母親とようやく連絡が取れた。「フェイスブックでメッセージのやり取りをした後、自宅の玄関先に余っている粉ミルクを全部を置きました。メッセージを交わしてから30分以内に取りに来てくれました」とディアスは話す。多くの人たちは、こんな幸運を体験していないのが現実だ。

人気の記事ランキング
  1. How China’s biggest online influencers fell from their thrones 桁外れの中国トップ・インフルエンサー、一夜にして転落
  2. Scientists hacked a locust’s brain to sniff out human cancer バッタの脳を改造、人間のがんの「嗅ぎ分け」に成功
  3. What impact will DeepMind’s scientific AI have on our society? アルファフォールド2が社会に与える「アルファ碁」以上のインパクト
  4. How censoring China’s open-source coders might backfire 中国版ギットハブ、コードを検閲・遮断か? OSS開発者に衝撃
  5. Can grid storage batteries save Japan’s power supply crisis? 送電網向け蓄電池は「需給ひっ迫」の危機を救えるか?
ターニャ・バス [Tanya Basu]米国版 「人間とテクノロジー」担当上級記者
人間とテクノロジーの交差点を取材する上級記者。前職は、デイリー・ビースト(The Daily Beast)とインバース(Inverse)の科学編集者。健康と心理学に関する報道に従事していた。
日本発「世界を変える」35歳未満のイノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. How China’s biggest online influencers fell from their thrones 桁外れの中国トップ・インフルエンサー、一夜にして転落
  2. Scientists hacked a locust’s brain to sniff out human cancer バッタの脳を改造、人間のがんの「嗅ぎ分け」に成功
  3. What impact will DeepMind’s scientific AI have on our society? アルファフォールド2が社会に与える「アルファ碁」以上のインパクト
  4. How censoring China’s open-source coders might backfire 中国版ギットハブ、コードを検閲・遮断か? OSS開発者に衝撃
  5. Can grid storage batteries save Japan’s power supply crisis? 送電網向け蓄電池は「需給ひっ迫」の危機を救えるか?
MITテクノロジーレビュー[日本版] Vol.7
MITテクノロジーレビュー[日本版] Vol.7世界を変える10大技術 2022年版

パンデミック収束の切り札として期待される「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)飲み薬」、アルファ碁の開発企業が作った「タンパク質構造予測AI」、究極のエネルギー技術として期待が高まる「実用的な核融合炉」など、2022年に最も注目すべきテクノロジー・トレンドを一挙解説。

詳細を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る