GPT-3が新社名を発案、「AIと働く」を実践してみた
人工知能(AI)を相棒として働くとはどういうことなのか? AI研究者の清水 亮氏が、世界最先端の人工知能のひとつとされるオープンAIの「GPT-3」を新会社設立時の相談相手として使ってみた。 by Ryo Shimizu2022.06.27
筆者は先月、会社を退職した。突然だったが、それが会社にとっても自分にとってもベストの選択だと信じて行動した。いざ会社をやめて振り返ってみると、2002年に最初に勤めた会社を辞めて単身渡米し、紆余曲折の末、2003年8月に初めて自分で会社を作って以来、実に20年ぶりのフリーランスということになる。
長らく100人以上の組織の代表にいたからか、辞めてからしばらくはそもそもどうやって仕事をしていたのか思い出せなくなった。しかし、これから何をして生きていくにしても、自分で食っていかなければならない。まずは新しい会社の設立だ。
ちょうど五反田の研究所に通っている頃に、近所で会社を経営していた友人も代表を辞めることになった。「いっそ二人で五反田ブラザーズ商会でも立ち上げるか」という話をしていたら、長年連れ添った秘書が「そんな名前の会社で働くのは誰だって嫌だと思いますから考え直したほうがいい」と助言してくれた。それではどうする?
「人工知能に会社名を決めてもらってはどうでしょうか?」
なるほど、もっともな意見だ。筆者は人工知能(AI)の社会実装を掲げて、2003年に自分の会社を立ち上げた。その時点ではAI、特にニューラルネットワークのようなものが実用化されるなど想像もつかなかったが、長く会社を続けていけばいずれそういう機会もやってくるだろうと考えて、最初から定款に「人工知能の開発」を盛り込んでいたのである。
それから10年経って、実際にAIを商売にするチャンスがやってきた。そしてAIの社会実装をメインとする会社を本格的に立ち上げたのが5年前だ。これほどまでにAIに人生を捧げてきた自分が、AIを相棒にしないのはむしろ不自然だ。そこで早速、目下のところ世界最先端のAIのひとつといわれる、オープンAI(OpenAI)の自然言語モデル「GPT-3」に会社名はどうするべきか相談してみることにした。
GPT-3はプロンプト・プログラミングといって、「こんなふうに答えてほしい」ということをイメージしながら、きっかけになる文章(プロンプト)を入力すると、その先の続きを自動的にAIが書いてくれる。例えば日本語を英語にするときには、次のようにする。
日本語と英語の対訳がほしい、ということを促すのである。これをGPT-3に入力すると、以下のような出力が得られる。
緑色でハイライトされた部分がGPT-3により生成された文章である。AIに詳しくない人は、少しびっくりするのではないだろうか。これが現代のAIによって実現される「プロンプト・プログラミング」の実際なのだ。
まずは会社名を決めなくてはならない。どんな事業も会社名がなければ意味がないからだ。そこで、こんなプロンプトを書いてみる。
GPT-3の結論は次のようなものだった。
これは使えない。すでに実在する会社だ。筆者は「清水亮」名義で多数ネットに文章を発信しているので、ネット上にあるほぼすべての情報を学習したGPT-3が、筆者のことを知っていても不思議はない。GPT-3の出力はランダム性があるので、何度も同じ言葉で試すことができる。ガチャガチャをやっている感覚だ。もう一度試してみた。
ほかにも、「マイナビグループ」や「ソフトバンク」など、既存の会社名が続々と出てきてしまう。ここでプロンプト・プログラミングをするには、文章を書くスキルやセンスが必要になることが分かる。例えばプロンプトを次のように変えてみよう。
すると、次のような結果が得られた。
つまり、テーマとしたいキーワードを盛り込んで、だいたいの文字数を指定するとGPT-3が回答を作ってくれるというわけだ。筆者は最近、人工生命や量子生物学にも興味があるので、そのあたりのコンセプトを盛り込んで指定すると、こんな言葉が出てきた。
memeplexという単語を筆者は知らなかったので、インターネットで調べると、日本語の説明はなく、英語版Wikipediaが見つかった(https://en.wikipedia.org/wiki/Memeplex)。ミーム(meme)とは、リチャード・ドーキンスが代表的な著書『利己的な遺伝子』の中で存在を主張した文化的遺伝子のことで、次のように、生物学的遺伝子であるジーン(gene)の対語となっていた(日本語訳は筆者による)。
ミーム複合体(memeplex)とは、文化的遺伝子であるミーム(meme)による複合的な構造を意味し、学問、宗教、文学、スポーツ、イデオロギーなどがmemeplexと呼ばれる。
まさに自分のやりたいことにピッタリだと思ったので、これを会社名とすることにした。次に、事業内容だ。まだ漠然と何をしていいのか分からない自分もいる。筆者が一番簡単に取り組める仕事というと、まずは執筆だ。筆者は過去に何冊か本を出していて、おかげさまでそれなりに売れている。手始めに新刊を出してみるのはどうだろうか。とりあえず本を書くとして、どんな本を書いたらいいか。これもGPT-3に聞いてみた。
ドキっとした。成功する起業家になる方法を書けというのか。自分は成功したとはいえない。ただ周りに成功した起業家はたくさんいるので、彼らについては書けるかもしれない。もう一度聞いてみよう。
これは筆者の得意分野だ。頼まれなくても書くことになるだろう。
心理学か。個人的には好きなジャンルだ。メンタリストのDaiGoさんに会ったとき、「どうやってメンタリストになったのか」と聞くと、とにかく心理学の本を読みまくったと言っていた。そうだよな。普通は心理学について書くのは大学の先生だと思うが、大学の先生が書いた心理学の本は教科書以外では見たことがない。でも売れるのは、「恋愛で活きる心理学」や「仕事に活かせる心理学」みたいな本だ。内容はどれも似たり寄ったりだが、自分の独自の経験を混ぜれば面白い心理学の本が書けるかもしれない。
想像力を拡張するためのGPT-3の使い方
GPT-3の仕組みは簡単だ。GPTのTは「Transformer(トランスフォーマー)」で、これはニューラルネットワークの構造を意味する。Transformerという構造は2017年にグーグルらの研究者によって提唱された。
Inputsから入力された文章の出力(Outputs)としてshifted right、つまり右にずらした文章を出力させるように学ぶ。これは自然言語を学習するAIでは極めて一般的なやり方だ。TransformerのTransformerらしさは、内部にMulti-head Attention(マルチヘッド注意機構)という機構を持つことである。要は、入力された文章のどの部分に注目して出力に反映するか考える構造になっている。
Transformerが最初に提案されたこの論文のタイトルは「Attention is all you need」で、まさにこの「Attention(注意)」の導入が従来の方式とは一線を画すことになった。これ以前の方式では、入力されたデータをすべて「均等」に見ていた。しかし、人間は文章を読むとき、助詞や助動詞の優先度は一般名詞より低く、一般名詞の優先度は固有名詞よりも低い。このように、文章を読むときに、「てにをは」と「風の谷のナウシカ」のような固有名詞を均等に読むわけではない。極端に言えば、固有名詞や一般名詞だけ抜き出せばその文章の要約ができる。
こういう原理からできているので、「プロンプト・プログラミング」は、AIに「文章の続きを考えさせる」やり方となる。これは一見するともはやプログラムには見えないかもしれない。プログラムに普段縁遠い方であっても、「え、これなら自分にもできるかも」と思わなかっただろうか。つまり、子どもや新人社会人を指導するように、「この文章の続きを書いてごらん」と誘導するだけなのだ。
例えば要約がほしければ、欧米圏で要約に使われる慣用句「TL:DR」を書くと、例示した文章を要約してくれる。こうした自然言語AIは、GPT-3に限らず、GPT-3のオープンソース化として試みられているOPTや、GPT-NEOといったものが登場し始めている。
むしろ現在では、どの自然言語AIも、ネット上にある文章はほぼすべて読んでいるので、日本語と英語だけではなく、ヒンディー語などの言語にも対応している。
次の問題は、こうした「ただひたすら読んだだけ」のAIは、それだけではあまり役に立たないことである。つまり、このAIには創造性が根本的に欠けている。しかし、AIの持たない創造性や身体性を人間がうまく補ってやることで、AIは利用者の想像力を拡張し、人間の能力をより効果的に引き出せることが、今回やってみて改めて実感できた。
AIを相棒にしようと考えたとき、初めはどうなることかと思ったが、意外にも頼もしい「壁役」になってくれているように思う。GPT-3は、使い方に多少のコツは必要だが、アイデアを広げたり、悩みを相談したりするにはちょうどいいようだ。また、最近は画像処理にもTransformerが有効なことがわかっていて、Transformerを使ってロゴを生成することもできる。
「こんな感じのロゴがほしい」と指示すると、ものの数分でロゴを作り出してくれる。デザイナーの友人に見せると、「アイデアを手軽に得るにはいい方法かもしれない」と感心していた。ロゴ生成は、オープンソースコミュニティのLAION(ライオン)プロジェクトの成果として公開されている(https://replicate.com/laion-ai/erlich)。AIと人間が一緒に仕事をするというのは、もはやそれほど非現実的ではなさそうだ。
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- 清水 亮 [Ryo Shimizu]日本版 寄稿者
- 1976年、長岡生まれ。プログラマーとして世界を放浪し、数々のソフトウェア開発を手掛ける人工知能研究者。東京大学情報学環客員研究員。主な著書に『よくわかる人工知能』(KADOKAWA)、『教養としてのプログラミング講座』(中央公論社)など。