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80兆円の巨大市場、
インドの食品小売業めぐる
テック企業対零細商店の攻防
Aparna Nori
コネクティビティ Insider Online限定
The delivery apps reshaping life in India’s megacities

80兆円の巨大市場、
インドの食品小売業めぐる
テック企業対零細商店の攻防

インドには「キラナ」と呼ばれる家族経営の零細商店が1200万店も存在する。地域密着のキラナが住民の暮らしを支える一方で、豊富な資金を背景に「クイックコマース」を手掛ける企業が都市部に進出。キラナの縄張りに食い込もうとしている。 by Edd Gent2022.07.15

N.スダカルは、南インドの都市バンガロールにある彼の小さな食料品店のカウンターで、週に7日、朝7時から日が暮れるまで座っている。店の床から天井までに、20キログラムの米袋から1ルピー(約1.8円)の小分けシャンプーまでがぎっしり詰まっているこの店は、近所の多くの人が日常で使うほとんどの物を販売している。これはインドのほぼ全ての街角で見かけることのできる、約1200万店ある「キラナ」と呼ばれる家族経営の店の典型的な姿である。

この店はホワイトフィールド地区のにぎやかな通り沿いにある。ここは以前は静かな郊外だったが、今ではこの都市の急発展するIT産業の主要拠点となっている。現在49歳であるスダカルが20年前にこの店を開いた時は、ちょうどオフィスが建ち始めたころだった。多くの建設業の労働者が流入し、その後はIT会社の従業員が集まったため、商売はすぐに軌道に乗った。今では店の裏手にマンションが立ち並び、この近隣地区のテックパークで働く数百人の従業員が暮らしている。

最近では、これまでスダカルの商売を支えてきたこのテクノロジー産業が、彼のような店舗に対する新たな試練を与えるようになっている。道路を挟んだ向かい側の「ダークストア」では、宅配ドライバーたちがひっきりなしに列を作り、食料品を受け取っている。ダークストアとは、超高速配達を実現させるために市街中心部に作られた小型倉庫のことだ。バンガロールに拠点を置くスタートアップ企業の「ダンゾ(Dunzo)」が運営している。アプリを使い、オンデマンドのバイク便を予約する同社のサービスは広く使われており、今やバンガロール市民は市内に物を配達することを「ダンゾする」と動詞で呼ぶほどだ。

ダンゾを利用すると、ユーザーは近隣店舗から商品をピックアップして配達してもらうことができるが、ダンゾは最近、急成長している食料品宅配市場に軸足を移してきている。この市場はますます競争が激しくなっている市場である。インスタカート(Instacart)、ゴーパフ(Gopuff)、ゴリラズ(Gorillas)のような、日用品を玄関先まで配達する欧米企業のやり方を参考にして、多くの現地企業がインドの6200億ドルの食料品市場の一角を占めようとしのぎを削っているのだ。これら企業の多くは現在、わずか10分での配達を約束している。多くの場合これら企業の目標は明確だ。消費者が次の大きな買い物に出かけるまでの間に、ちょっとした買い足しをするニーズ。ここで大きな存在感をもつキラナの市場シェアを、これら企業は奪おうとしているのだ。

だが、簡単なことではない。コンサルティング会社のレッドシアー(Redseer)が3月に発表した研究報告書によると、現在、インドの食料品市場の95%はキラナが占めているという。近代的なスーパーマーケットは30年前に登場したにもかかわらず、いまだ4%程度に過ぎない。オンライン食料品店もこの10年でまだ1%を超えたことがない。インドの13億人の人口の約3分の2が農村部に住んでおり、そこにはこのような近代的な小売形態はほとんど普及していないのだ。

しかしインドの大都市では、変化が急速に進む可能性がある。長年にわたる積極的なマーケティング、アマゾンや国内のフリップカート(Flipkart)のようなeコマース企業の大幅値引き、そして新型コロナウイルス感染症による度重なるロックダウンにより、都市部の中産階級はオンライン・ショッピングに病みつきになっている。これらの顧客の数は全人口のわずか一部ではあるものの、その購買力は相当なものだ。大都市の裕福な地区においては、街角需要をめぐる戦いが繰り広げられているのだ。

スダカルは自分の店の道路向かいで起こっている賑わいには無関心だ。彼はダンゾや似たような企業が当面の脅威になるとは考えていない。しかし、顧客のおよそ半分がオンラインで買い物をするようになっていることは認めており、この傾向が将来的に自分の店や他の店にどのような影響を与えるか心配している。「我々に影響はあるでしょう。彼らは多額の投資をしています。より多くの資金があります。よりよいネットワークを持っています」。

あるインドの機関

キラナはただの古いコンビニエンスストアではない。こう話すのは、小売業者を支援する慈善団体「TRRAIN(インドの小売業者及び小売協会のためのトラスト:Trust for Retailers and Retail Associates of India)」の創設者であるB.S. ナゲシュだ。キラナは現地社会と緊密なつながりがあり、通常は数百家族に対してサービスを提供している。「私たちの多くは、キラナとともに育ってきました。キラナは我々の台所の延長なのです」と彼は言う。「店主は私たちの名前を知っているし、家族も知っています。私たちにサービスを提供してくれるだけの人ではなく、もし明日何か必要があれば、実際に手助けしてくれる人なのです。キラナは社会に不可欠な存在になっているのです」。

このような近隣との密接なつながりがあるからこそ、キラナは多くの顧客にとって重要なサービス、つまり信用を提供できる。店主は「バイ・カタ」と呼ばれる小さなノートに買い物を記録し、その残高は通常週単位または月単位で決済される。インド工科大学ルールキー校のラジャット・アガーワル教授(経営学)によると、インド経済の大部分がこのような非公式な信用取引によって成り立っており、キャッシュフローが問題になることが多いという。

バンガロールから2時間ほど離れた小都市コラールで弟とキラナを運営するナレンドラ・グプタは「奉仕活動をしているようなものです」と言う。ガヤトリ・プラサドはグプタ兄弟のキラナで15年間ほど買い物をしており、他の店では買い物をしない。「彼らは兄弟のようなものです」。プラサドが1か月ほどお金がなかったとき、グプタ兄弟は必要な物を取らせて、払える時に払ってくれればいいといった。「キラナはあらゆる階層のニーズに応えてくれます」とグル・ナーナク・デブ大学の社会学者、ラチャナ・シャーマ助教授は話す。近代的小売店では多くの場合そうではない。シャーマがいうように、裕福でない人々を排除しがちだ。

アガーワル教授によると、これらのキラナ店舗は買い物客をきめ細かく把握しており、eコマースのデータ科学チームが羨むほどだという。6つの主要宗教、121の言語、数千のカーストが存在し、それぞれが独自の習慣、食文化、伝統を持つこの国においては、顧客を理解することが不可欠である。キラナで扱っている商品は近隣のニーズに合わせて細かく調整されたものだ。「データマイニングのような技術を使わなくても、キラナはすでに彼らなりの大雑把な方法で、顧客を分析しているのです」。

これらの独自の強みにも関わらず、キラナが消滅の危機にあると考える企業が増えている。レッドシアーのビジネスコンサルタントであるアビシェク・グプタによると、インドのオンライン食料品市場は比較的小さな規模から急速に成長しており、2016年の5億ドルから、2021年には55億ドルにまで拡大したという。この成長は、主に都市部のインド人が毎週のまとめ買いをオンラインでやるようになったことに起因する。しかし現在では、より小規模で頻度の高い、買い足しニーズに食い込む必要があると考えられている。グプタによると、この買い足しニーズは平均的なキラナ事業の60〜70%を占めるという。

この市場に食い込むには全く異なるアプローチが必要だ。通常オンラインで購入した商品は、都市近郊の大倉庫に保管され、顧客に発送するまでに数時間から数日かかる。キラナの縄張りで勝負す …

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