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中国の半導体産業に激震、国有ファンド幹部逮捕で投資方針見直しか
Getty Images
Corruption is sending shock waves through China's chipmaking industry

中国の半導体産業に激震、国有ファンド幹部逮捕で投資方針見直しか

「ビッグ・ファンド」と呼ばれる中国の半導体ファンドの幹部数名が汚職容疑で逮捕された。半導体の自給自足を目指す中国政府の投資方針の見直しにつながる可能性がある。 by Zeyi Yang2022.08.08

中国のチップ製造業界は先週、大混乱に陥った。国有の半導体ファンドに関連して、少なくとも4名のトップが汚職容疑で逮捕されたからだ。アナリストや専門家によると、これはチップ開発への投資方法を中国政府が根本的に見直さなければならないほどの大事件だという 。

中国のトップ汚職防止当局は7月30日、通称「ビッグ・ファンド」の名と呼ばれる中国集積回路産業投資ファンドの最高責任者であるディン・ウェンウー(丁文武)を「重大な法律違反の疑い」で逮捕したと発表した。困ったことになったのはディンだけではない。中国のニュースサイト「カイシン(Caixin)」の報道によると、2週間前にはビッグファンドの運用機関の元幹部であるルー・ジュン(陆俊)も、他2名ファンドマネージャーと共に身柄を拘束されたということだ。

ビッグファンドは、政府資金を利用して中国製チップのサプライチェーンを構築し、米国とその同盟国への依存を減らすことを目的に、2014年に設立された。ビッグファンドは、中国政府が戦略的産業(この場合は半導体)に肩入れする手法の代表例と言えるものだ。

この8年間で総額300億ドルの資金が半導体産業に投入され、さらに200億ドルの追加資金が予定されていたが、成功と失敗が複雑に絡み合う結果となった。ビッグファンドは、金銭的な利益ではなく政治的な使命を目的としていたことが、汚職の温床となった。アナリストは、「今回の捜査を受け、中国ではより正確な専門知識に基づく半導体資金の管理が促進されるでしょう」と述べている。

ビッグファンドのコンセプトは、「ベンチャーキャピタルなどの従来ルートから資金が得られない産業への資金投入」だった。技術アナリストであり、ポッドキャスト「テック・バズ・チャイナ(Tech Buzz China)」のホストも務めているマー・ルイ(马蕊)によると、2014年の最初の200億ドルの資金調達ラウンドでは、スタートアップ企業ではなく上場企業やその子会社が対象となった。多くは半導体材料と製造業だったという。チップ製造の進歩には長い時間と多額の研究投資が必要なため、企業が収益を得るのは困難だ。「だからベンチャーキャピタルにとっては魅力的ではありません」とマーは言う。

ビッグファンドは間違いなく時代を先取りしていた。2014年、中国政府はチップ生産の能力差に対処するために公的資金の利用を決定した。また、複数の地方政府も少額資金による実験を開始した。事態が急変したのは2019年だった。米国政府がファーウェイに対し、米国の技術で作られたチップへのアクセスを遮断したのだ。半導体産業は伝統的にグローバルなサプライチェーンに依存している。中国のハイテク企業も、台湾のTSMC、韓国のサムスン、オランダのASMLなど、米国と同盟関係にある海外サプライヤーに依存している。

数カ月、数年の間に緊急性はどんどん高まっている。米国は、中国が最先端チップ技術にアクセスできないよう圧力を強めており、ASMLにも古いリソグラフィーの中国への輸出をやめるよう要請しているほどだ。そのため、ビッグファンドと自給自足への取り組みはますます重要性が高まっている。

中国政府は、ディンなど関係者が捜査を受けている正確な理由をまだ公表していない。しかし、多くのメディアやアナリストは、ビッグ・ファンドが近年投資したものの大失敗に終わった半導体企業「清華紫光集団(Tsinghua Unigroup)」がらみの一連の汚職捜査と今回の事件を結びつけている。

1988年に設立された清華紫光集団は、中国で最も古いチップ製造企業の1つである。2015年には米国のマイクロン・テクノロジーズ(Micron Technologies)の買収計画を発表したものの米国政府によって阻止され、大きな話題となった。清華紫光集団の野心的買収の多くはビッグファンドの支援を受けている。ビッグファンドはウェハー製造、フラッシュ・メモリー・チップ、5Gチップの開発のため、清華紫光集団とその子会社に少なくとも20億ドルを投資した。

だが、清華紫光集団は2021年に倒産の危機に直面した。2022年7月、清華紫光集団の会長を13年間務めた人物を含む前職・現職の幹部3名が汚職疑惑の捜査対象となった。ただし、まだ正式な刑事告訴には至っていない。

この清華紫光集団の失敗が、ビッグファンドの汚職事件の直接の震源になったのかどうかはまだ分かっていない。だが、巨額の資金をばら撒き、何が当たるか見守ってみる、というビッグファンドの戦略は悲惨な結果に終わる可能性がある。こうした戦略は汚職の温床になりかねない、というのが観測筋の見方だ。

米国のシンクタンク「カーネギー国際平和基金」のマット・シーハン研究員は、「今回の汚職事件は、最近耳にした中では最も驚きの少ないものです」と話す。「ディン・ウェンウーが汚職まみれな人物であることを個人的に知っていたからではありません。特定の業界にあれだけの巨額の資金が流れ込んで 大きな汚職事件が起きない 方が不思議なのです」。

シーハン研究員は、「大きな原因の1つは、精度が低かったことです」と指摘する。中国政府は半導体への投資が必要なことは理解していたものの、具体的にどの業界や企業に優先的に投資すれば良いかが分からなかった。清華紫光集団の倒産や、米国による技術封鎖の拡大などを経験し、試行錯誤によって学ぶことを余儀なくされた。次のステップでは、特定の企業に的を絞って投資すべきだとシーハン研究員は言う。

ビジネス戦略企業、オルブライト・ストーンブリッジ(Albright Stonebridge)の上級副社長で、中国で活動する企業のアドバイザーを務めるポール・トリオロは、「今回の事件によって、投資収益に精通した人物がビッグファンドの新たなトップになるかもしれない」との見方を示す。ビッグファンドのマネージャーの多くは政府出身者だったため、関連業界の経験が不足していた可能性がある。現在取り調べを受けているディンは、元中国工業情報化部の部長だった。

トリオロ副社長は「ビッグファンドの運営には、業界や金融の仕組みを理解し、健全な商業基盤を持たないプロジェクトには資金提供しないと決断できる、有能な人材が必要だ」という。

最終的には、今回の捜査は中国の半導体業界にとってプラスとなるかもしれない。政治主導の資金調達の限界を浮き彫りにし、ビッグファンドが市場原理に基づく運営を行なう後押しとなる可能性がある。自給自足への懸念が強まる中、実験に対する中国政府の意欲は低下している。トリオロ副社長は「将来性のない事業に50億ドルも投資する余裕はありません」と話す。

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MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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