医用画像と症例報告で訓練したAI、「医師並み」の診断力
ハーバード大学が開発した新しい診断用人工知能(AI)モデルは、ラベル付けなどの大量の人手を必要とするデータセットを用意することなく、未加工の胸部X線写真と症例報告から人間の専門家と同等の診断ができる。 by Rhiannon Williams2022.09.22
数千枚もの胸部X線写真とそれに付随する臨床報告を解析した結果、人工知能(AI)はその2つのデータから人間の放射線科医と同等の正確さで病気を発見できるようになった。
現在使われている診断用AIモデルの大半は、人間がラベル付けした画像で訓練されているが、ラベル付けには時間がかかる。代わりに新しいAIモデルの「チェクスザーロー(CheXzero)」は、専門家が日常的に使っている言語で書いた既存の症例報告書からAIモデル自身が「学習」できる。
今回の発見は、医用画像を解析するAIモデルの訓練のために、X線写真にラベル付けする必要がないことを示唆している。これにより時間とコストの両方を削減できるかもしれない。
ハーバード大学医学大学院の研究チームは、一般に公開されている37万7000枚以上の胸部X線写真と対応する22万7000部以上の症例報告書によるデータセットでチェクスザーローを訓練した。人間の手でラベル付けして構造化したデータから学習させるのではなく、特定の画像と既存の症例報告を関連付けることを学習させたのだ。
その後、2つの異なる機関の別々のデータセットでチェクスザーローの性能が検証された。 そのうちの1つは外国の機関で、異なる専門用語が使われている症例報告書でも、画像と関連する記録を照合できるかを調べた。
ネイチャー・バイオメディカル・エンジニアリング(Nature Biomedical Engineering)に掲載されたこの研究では、チェクスザーローが他の自己教師あり(self-supervised)AIモデルよりも、肺炎、肺の虚脱、肺機能障害などの問題をより効果的に特定できると分かった。実際のところ、正確度は人間の放射線科医と同等だった。
これまで、非構造化医療データを利用する試みは他にもあった。しかし、構造化されていないテキストによる学習で、放射線科医の診断に匹敵するほどの性能を得られたのは今回が初であり、与えられたX線写真から複数の疾患を高い正解率で予測する能力を実証した。そう説明するのは、この研究の共著者であるスタンフォード大学のエキン・ティウ客員研究員だ。
「私たちは非構造化医療データを使ったAIの訓練で、初めてこの分野における有効性を実証しました」(ティウ客員研究員)。
研究を率いたハーバード大学医学大学院ブラヴァトニク研究所(Blavatnik Institute)のプラナヴ・ラージプルカル助教授(生物医学情報学)は、チェクスザーローのコードを他の研究者に公開している。CTスキャン、MRI、心臓超音波検査などに応用して、肺に限らず人体の他の部分の病気をより幅広く検出できる可能性に期待してのことだ。
「私たちの願いは、人々がこの発見をすぐに他の胸部X線データセットや、気になっている病気に応用できるようにすることです」(ラージプルカル助教授)。
また、ラージプルカル助教授は、最小限の労力しか必要としない診断用AIモデルが、専門医が少ない国や地域において適切な医療を受けられる機会を増やすのに役立つと前向きに考えている。
「(AIモデルの訓練に)症例報告から得られる豊富な学習シグナルを利用することは、非常に理にかなっています」。AIを使って乳がんを検出するドイツのスタートアップ企業「ヴァラ(Vara)」で機械学習の責任者を務めるクリスチャン・ライビッヒ博士は言う。「あのレベルの性能に到達するのは、並外れた功績です」。
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- リアノン・ウィリアムズ [Rhiannon Williams]米国版 ニュース担当記者
- 米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」の執筆を担当。MITテクノロジーレビュー入社以前は、英国「i (アイ)」紙のテクノロジー特派員、テレグラフ紙のテクノロジー担当記者を務めた。2021年には英国ジャーナリズム賞の最終選考に残ったほか、専門家としてBBCにも定期的に出演している。