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ようやく発表された「AI権利章典」に見る、米国のジレンマ
Stephanie Arnett/MITTR | Getty
Who’s going to save us from bad AI?

ようやく発表された「AI権利章典」に見る、米国のジレンマ

米国科学技術政策局が「AI権利章典」をようやく発表した。AIの悪用への抑止力に期待がかかる反面、拘束力がない原則にとどまっていることから、政府の苦悩が垣間見える。 by Melissa Heikkilä2022.10.20

「もう十分待った」。米国科学技術政策局(OSTP)がAI権利章典(AI Bill of Rights)を発表したというニュースに対する、AI政策や倫理の専門家たちの反応だ。OSTPは、科学技術に関するホワイトハウスの顧問機関である。AI権利章典は、米国政府に限らず、テック企業や市民がどのように協力してAI分野に責任を負わせるべきかというバイデン大統領のビジョンを表したものだ。

これ自体はすばらしい取り組みだが、もっと早く済ませなければならなかった。米国はこれまで、AIによる被害から国民をどのように保護するかを定めた明確な指針を持たない数少ない西側諸国の1つだった(補足するとAIによる被害には、不当逮捕自殺不当な学生評価などがある。しかも、これはまだ序の口に過ぎない)。

テック企業はこのような被害を軽減したいというものの、彼らの責任を問うことは非常に難しい。

AI権利章典は、このAI時代にアメリカ人が保障されるべき権利5つの概要を定めたものだ。これには、データ・プライバシー、安全でないシステムから保護される権利、アルゴリズムが差別的であってはならないという保障、常に代替手段として人間による判断を受けられるという保障が入っている。詳細はこちらの記事で読むことができる。

良いニュースとしては、ホワイトハウスが、さまざまなAI被害について成熟した思考を有していることを示した点だ。そしてこの思考は、より広範なテクノロジーのリスクに対する考え方として、連邦政府にも徐々に浸透していくはずだ。欧州連合(EU)は、あらゆるAI被害を軽減しようとする野心的な規制を進めている。すばらしい試みだが、非常に難しいことであり、AI法と呼ばれているこの法制度が完成するには何年もかかる可能性がある。一方で米国は、「一度に1つずつ問題に取り組む能力があり」、AIに関する課題が生じる都度、個々の機関が対処法を学習できると、ワシントンD.C.所在のシンクタンク、ブルッキングス研究所でAIガバナンスについて研究しているアレックス・イングラーは言う。 

悪い点もある。AI権利章典は、司法当局や労働者への監視など、かなり重要な部分が欠落しているのだ。また、実際の米国権利章典とは異なり、AI権利章典は拘束力ある法律ではなく、積極的に推奨する原則にとどまる。人権擁護団体「アーティクル19(Article 19)」のテック政策専門家であるコートニー・ラッジは、「率直に言って、原則では不十分です」と言う。さらに「例えば、何らかの限界を設ける連邦プライバシー関連法がなければ、道半ばに過ぎないのです」と付言した。

米国は綱渡りをしている。一方では、世界の舞台においてこの件について米国は弱いとは思われたくないと考えている。AI被害の軽減において、おそらく米国は最も重要な役割を担っている。世界最大級の規模と世界で最も多額の資金を持つAI企業のほとんどが米国に集中しているからだ。しかし、それが問題なのだ。世界の動向を見ると、米国は自国のハイテク大企業に制限を設けるような規則に反対するロビー活動を展開しなければならない。国内を見ると、「イノベーションを妨げる」可能性のある規制の導入を嫌がっている。

世界のAI政策には、今後2年間が重要な時期となる。2024年の米大統領選挙で民主党政権が2期目を獲得できなければ、以上に挙げた取り組みは放棄されてしまう可能性が非常に高い。それまでとは違う人々が、それまでとは違う優先順位を掲げて、現在までの進捗を大きく変えてしまうかもしれない。あるいは、まったく違う方向に持っていくかもしれない。あらゆる可能性が考えられる。

コンピューター科学における50年来の記録を更新

再度の快挙である。AI研究所ディープマインド(DeepMind)が、ボードゲームをプレイするAI「アルファ・ゼロ(AlphaZero)」を使って、コンピューター科学における数学の基本的問題のより速い解法を発見し、50年以上続く記録を打ち破った。

研究者たちは、アルファ・ゼロの新バージョンである「アルファ・テンソル(AlphaTensor)」という名のAIを訓練し、数学問題を解決する最良の順を学習するゲームをプレイさせた。アルファ・テンソルには、なるべく少ない動きでゲームに勝つと報酬が与えられた。

なぜ快挙なのか。ここでアルファ・テンソルが解いた行列乗算とは、画面上に画像を表示する処理から複雑な物理学のシミュレーションまで、コンピューターを利用したさまざまな処理の核心部分にある、極めて重要な計算法なのだ。また、行列乗算は機械学習でも基礎となるものだ。乗算にかかる時間を短縮できれば、普段コンピューターが実行している何千ものタスクに大きな影響を与え、コスト削減やエネルギーの節約にもつながる可能性がある。本誌のウィル・ダグラス・ヘブン編集者による詳細はこちらから。

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ロボット工学企業が、自社の技術を武器化しないことを誓う。ボストン・ダイナミクス(Boston Dynamics)など世界最大級のロボット工学企業6社が、自社のロボットを武器化しないことを誓った(もちろん、米国の防衛が目的であれば話は別だが)。

一方、防衛AIスタートアップ企業であるアンドゥリル(Anduril)は、自爆ドローンとしても知られる徘徊型兵器を開発したという。しかもこれは、同社の新たな兵器プログラムの始まりに過ぎないようだ。軍事AIスタートアップのビジネスが活況を呈していることは、以前も記した。ウクライナ侵攻によって、各国の軍は兵器の刷新を進めている。そして、シリコンバレーはこれを好機と捉えている。(MITテクノロジーレビュー

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MITテクノロジーレビューの上級記者として、人工知能とそれがどのように社会を変えていくかを取材している。MITテクノロジーレビュー入社以前は『ポリティコ(POLITICO)』でAI政策や政治関連の記事を執筆していた。英エコノミスト誌での勤務、ニュースキャスターとしての経験も持つ。2020年にフォーブス誌の「30 Under 30」(欧州メディア部門)に選出された。
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