KADOKAWA Technology Review
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常識を打ち破る
「オルタナティブ義肢」
ムーブメントの先導者たち
Courtesy of Dani Clode
カルチャー Insider Online限定
These prosthetics break the mold with third thumbs, spikes, and superhero skins

常識を打ち破る
「オルタナティブ義肢」
ムーブメントの先導者たち

通常の腕や脚の見た目や機能を再現することを目指す従来の義肢の枠を超えて、自分の身体をより心地よく感じられる義肢を製作しようとする動きが始まっている。 by Joanna Thompson2023.02.22

ダニ・クロードは朝起きると、片手に「ロボット・サム (親指) 」を装着して仕事にとりかかる。神経科学に関する大量のデータに目を通し、新しい義肢のアイデア・スケッチを描き、人体拡張の方法について考えをめぐらせる。クロードは、ケンブリッジ大学で補助具の神経科学を研究する「可塑性研究所(Plasticity Lab)」の専門家として働いている。

だがクロードは義肢の製作もしている。その「作品」には、従来の機能性や美しさの基準からは外れたものが多い。彼女がデザインした義肢には、装着者の心臓と同期して拍動するメトロノーム内蔵の透明アクリル製の前腕や、樹脂や研磨した木材、コケ、銅、金、ロジウム、コルクでできたパーツを並べ替えて使える腕などがある。

クロードが今取り組んでいるプロジェクトは、彼女自身の作業にも役立つ「第3の親指」だ。握力向上のため誰でも使うことができる。柔軟なこのデバイスの動力源はモーターで、装着者の靴に取りつけた圧力センサーで制御する。ボランティアでこれを使った人たちは、ボトルのキャップを開けたり、お茶を飲んだり、ギターを弾いたりさえできるようになった。クロードはこのロボット・サム 、あるいは類似のデバイスによって、工場労働者から外科医まであらゆる人が身体的負担を減らしながら、より効率よく働ける日が来ることを願っている。

これまでの義肢デザイナーは人体から着想を得てきた。義肢は失われた身体部分に置き換わるものとみなされ、超リアルなバイオニック・レッグやアームが究極の理想とされてきた。「スター・ウォーズ」のようなSF映画のおかげで、そうしたデバイスは今も私たちの想像力を掻きたてる。よくも悪くも、多くの人々が抱く未来の義肢のイメージはそうしたもので形作られてきた。

しかしクロードは、従来のやり方に反し、「なじませよう」としない補助技術である「オルタナティブ義肢」ムーブメントの一端を担っている。クロードや仲間のデザイナーたちは「通常の」腕や脚の見た目を模したデバイスは作らずに、触手のようにうごめいたり明かりが灯ったり、キラキラと光を放ったりするファンタスティックな義肢を製作している。他にも、ランナーが愛用するブレードレッグなど、特定の用途向けに設計された革新的な義肢がある。デザイナーたちはこうしたデバイスによって義肢利用者が自己イメージのコントロール権を取り戻し、より自信を持てるようになり、それと同時に障害や肢体不自由にまつわる偏見を打ち破ることができると考えている。

しかしオルタナティブ義肢の認知度が上がったとはいえ、苦々しい現実が影を落としている。義肢の恩恵は今なお、それを必要とする人のごくわずかにしか届いていないという点だ。義肢を必要としながらも購入できない人が多数存在するこの世界で、普及に取り組む人たちはアクセシビリティ、スタイル、実質が重なり合う地点を模索している。

義肢の歴史は古く人間生活に深く根ざしている。 現在知られているのは最古のものは古代エジプトで作られた足指型に彫った2つの義肢で、1つはミイラの右足に括りつけられていた。2500年から3000年前に作られ、紐サンダルの跡がはっきりとついている。

古代の人々が義肢を作り身に着けた理由はさまざまだ。実用性や霊性を目的としたも場合もあれば、エイブルイズム(健常者優先主義)に基づく場合もあった。大抵は目立たないように設計されたが、意図して目立たせたものもあった。古代ローマの将軍マルクス・セルギウス・シルスは第二次ポエニ戦争で手を失い、代わりに鉄の手を作らせたと伝えられている。中世イタリアでは手をナイフに置き換えた男性が1人はいたとされている。

義肢をカスタマイズしたいと願うのはもっともだ、とウェズリアン大学でジェンダー学を研究するヴィクトリア・ピッツ・テイラー教授は考える。彼女は文化・医学・科学における身体改造を研究している。ピッツ・テイラー教授はこう語る。「身体に手を施す行為には、それが何であれ、社会の存在が必要です」。帰還兵なら従軍の記念としてアイデンティティを肉体的に表現したいと思うかもしれないし、アーティストなら色や模様をいろいろ試してみたいと思うかもしれない。

ピッツ・テイラー教授によると、社会の誰もが、たとえばある種の髪型をしたり特定の衣服を着たりするように、何らかの身体改造をしたいと思っているという。「自分の感性や自分らしさを反映した身体改造の手段が見つかると、とても心地よく感じるものです」。

障害者権利運動は1960年代に公民権運動や同性愛者解放運動と並んで米国で始まり、義肢がより広く受け入れられることを目指して何十年にもわたって続いてきた。初期の運動家たちはスプリット・ソケットなどごく簡素なデバイスを身につけ 、あるいは何もつけずに街に繰り出した。その後に続いた人々は義肢にきらめくミラーボールを取りつけたりもした。「つまり、『従来の基準に合わせて自分の体を変えるつもりはない』という考え方です」と語るのは、カリフォルニア大サンディエゴ校で障害とデザイン史を研究するデイヴィッド・サーリン教授だ。

しかし現代の医療制度は、自己表現やアイデンティティといったものを考慮するようにはできていない。現在、大手医療機器メーカーが支援テクノロジーを設計する場合は、依然として「治療的」視点から「バイオメディカル化」といわれるアプローチがとられる。

「バイオメディカル化の目的は身体を標準化することです」とピッツ・テイラー教授は語る。目標は身体をできる限り「理想」に近づけることである。西洋医学における理想とは、白人で男女の区別がつく健常者を指すことが多い。

このような理想を掲げたせいで、個人の自分らしさはおろかニーズにも合致せず、効果が薄く不快な義肢の歴史が長らく続いてきた。たとえば義手には通常、男性用、女性用、子ども用の3サイズしかない。だが、それらの中間のサイズの人や、そこにまったくあてはまらない人は多数存在する。

選択肢がこのように限られているため、義肢と生身の手足がマッチせずぎこちなく感じることになる。有色人種の場合、装具選びはさらに厄介だ。義肢メーカーによっては、クリニックや病院に常時提供している製品の肌色がごく少数しかないからだ。

義肢利用者は皆が同じではない、とクロードは言う。触覚レベルは、残存肢の神経の集中度や幻肢感の有無といった要素によって一人ひとり異なる。こうした要素は利用者の義肢装着に対 …

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