織井理咲:脆弱な人々に力を与えるテクノロジーを設計する研究者
社会的に弱い立場にある人々が直面する社会的・技術的な困難・不利益を、どうテクノロジーを用いて軽減することができるか。ワシントン大学ポール・G・アレンスクール大学院の研究者、織井理咲が取り組んでいるテーマだ。 by Noriko Egashira2023.03.16
世界で最もHIV、エイズが流行している地域の1つとされている東アフリカのマラウイ共和国。日本の国土の約3分の1の広さに2000万人ほどが暮らしている。そのうちの約10パーセントがHIVに感染しているという調査もある。この状況を改善するための方策に、正確かつ安全な医療情報システムの整備がある。そのためには何が必要なのか研究を進めているのが、ワシントン大学に所属する織井理咲だ。
- この記事はマガジン「世界を変えるU35イノベーター2022年版」に収録されています。 マガジンの紹介
自身の専門であるコンピューター・サイエンス(CS)の指導教員とグローバル・ヘルスの研究者、さらにマラウイの研究チームが加わった合同プロジェクトを進行中だ。織井はプロジェクトのメイン研究者として、マラウイでの現状を調査するために、2022年夏に現地を訪問(写真1)。2週間滞在し、クリニックの医療従事者、エイズ患者、政府関係者と面談し、電子カルテに対する懸念と今後の改善点を話し合った。
「マラウイという国については、渡航するまでよく知りませんでした。私が暮らすシアトルからは、約35時間かかります。初めてのアフリカ訪問、しかも1人でのフィールドワークだったので、行く直前まではとても緊張していました。けれども現地ではクリニックのスタッフや政府関係者たちが温かく迎えてくれ、自分が成し遂げるべきことをしっかりやっていこうと気持ちが引き締まりました。実際に現地を歩くと、これまで私が見てきたものとはまったく異なる風景が広がり、インフラも不十分。各所でほぼ毎日、停電や断水があります」
もともと、途上国の健康問題に関心があった織井がマラウイに行くことになったのは、大学院の指導教授が以前からマラウイのクリニックと研究を続けてきたからだ。マラウイにはHIVに特化したクリニックがあり、そのうちの1つから研究依頼が寄せられ、織井を中心とするプロジェクトがスタートした。
「HIVというタブー視されやすい健康状態においては、医療情報管理を正確かつ安全に管理することがとても重要です。マラウイで調査してみると、患者のカルテの情報管理は緩く、治療や情報の安全について課題があることが明確になりました(写真2)。テクノロジーを導入する以前に、法律面など検討すべき点がたくさんあることが分かったのです。実際にどんなテクノロジーを活用するのが適切なのかは、そうしたことが整ってからになります。困難な道のりではありますが、HIVクリニックの関係者と政府がパートナーシップを結び、さらに私たち研究者と共に、今の状態を改善したいと考えていることを含め、進んでいることも多くあると感じています」
織井が取り組んでいるもう1つの研究は、女性の健康に関するプロジェクトだ。中でも避妊など一般的にタブー視されている分野について、テクノロジーを活用して情報が必要な人に届くような仕組みを考えている。現在注力しているのは、女性が更年期の経験を堂々と語り、世代を超えて共有し合うための研究だ。
「きっかけは、一緒に取り組んでいる仲間4人との会話でした。全員女性だったこともあり、生理のように、自然な現象でありながら、あまり語られないトピックを扱いたいと考え、まだ研究が進んでいない、かつ自分たちもやがて経験するであろう女性の更年期にフォーカスしました。タブー視されずに社会の中で自然に語られるようになるには何が必要か、すでにインタビューは終えました」
インタビュー対象者は更年期を経験中、あるいはすでに経験した、米国、インド、日本などさまざまな国籍の女性約20人。更年期に関する症状や感情などのほか、「もし自分の子どもに更年期の経験を伝えるとしたら、どう伝えたいか?」と尋ね、次の世代に伝えることを促す手段をデザインした。インタビューでは、多くの女性から「自分の経験は他の人の経験とは違う」といった声も寄せられた。このように個人差があるにもかかわらず、更年期が語られやすい医療の場では、「みんなそんなもの」と一律に対処されがちだ。織井はそうした状況を変えていきたいと願っている。
「医療というより経験を元にして更年期について議論していけば、 …
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