KADOKAWA Technology Review
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米税務申告企業、数百万人分の個人情報をメタやグーグルに送信
Stephanie Arnett/MITTR | Envato
How tech companies got access to our tax data

米税務申告企業、数百万人分の個人情報をメタやグーグルに送信

グーグルやメタといった大手テック企業は、ユーザーの興味に合う広告を表示するために、ユーザーの行動を追跡する技術を利用している。米国では税務申告支援サービスで数百万人分の個人情報が送信されていることが分かり、波紋が広がっている。 by Tate Ryan-Mosley2023.07.31

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

税務申告書のような機密データは、厳重に管理されている(少なくともそうであってほしい)と思うかもしれない。しかし最近、米国では、複数の税務申告支援サービスが、何百万人分もの納税者の機微な個人情報をメタ(Meta)やグーグルと共有していたことが分かった。一部の情報は、10年以上に渡って共有状態にあったという。

税務申告支援サービス企業は、広告目的で使用されるトラッキング・ピクセルを利用してデータを共有していたと、議会調査報告書によって7月12日に明らかになった。Webサービスを運営している多く企業はトラッキング・ピクセルを削除したというが、一部の機密データをまだテック企業が保持しているかどうかは不明である。この調査結果は、広告とデータ共有がもたらす重大なプライバシー・リスクを暴露するものであり、規制当局が実際に何らかの対策を打つ可能性もある。

その内容とは? 2022年11月、非営利のニュースサイトであるザ・マークアップ(The Markup)は、タックスアクト(TaxAct)、タックスレイヤー(TaxSlayer)、H&Rブロック(H&R block)などの税務申告支援サービス企業に関する調査結果を発表した。その結果、これらのサイトがメタ・ピクセル(Meta Pixel)を利用してメタにデータを送信していることが判明した。メタ・ピクセルは、ユーザーを追跡するためにWebサイトに埋め込まれることが多いコンピューター・コードの一部であり、一般的に使用されている。この報道をきっかけに、議会は税務申告支援サービスを運営する企業におけるデータ取り扱いの慣習について調査を開始した。7月12日に発表されたその報告書によると、マークアップの衝撃的な報道よりも、事態ははるかに悪化していることが分かった。

テック企業は、数百万人の所得、還付金の額、政府プログラムへの登録状況など、非常に機密性の高いデータの2011年分にまでさかのぼってアクセスしていた。メタは、自社プラットフォームでのユーザーへの広告配信や、人工知能(AI)プログラムの訓練にそのデータを使用したことを認めた。グーグルはメタほど直接的な商業目的では情報を利用していないようだが、グーグルがデータを他の場所で利用したかどうかは分からないと、エリザベス・ウォーレン上院議員の側近がCNNに語った

専門家によれば、税務申告支援サービスを運営する企業と、テック企業はどちらも、民事訴訟や米国連邦取引委員会(FTC:Federal Trade Commission)からの異議申し立て、さらには米国連邦政府からの刑事告発など、重い法的処分を受ける可能性があるという。

トラッキング・ピクセルとは何か。論争の中心となっているトラッキング・ピクセルとは、多くのWebサイトがユーザーの行動を知るために埋め込むコードの断片である。一般的に使用されているピクセルは、グーグル、メタ、ビング(マイクロソフト)が開発したものだ。これらのピクセルを使ってユーザーの情報を収集しているWebサイトは、しばしばそのデータを大手テック企業と共有することになる

その結果、ユーザーがどこをクリックしたのか、何を入力したのか、どのくらいスクロールしたのかといった情報が得られる。このような行動から、非常に機微なデータが収集されてしまう可能性がある。テック企業が収集したデータは、ユーザー1人1人が興味を持ちそうなものに応じて提示する広告を使い分けるために使う。

ピクセルによって、複数のWebサイトや端末にまたがって展開する広告サービスとWebサイトが情報を交換できるようになり、広告提供者がユーザーについて知ることができるようになる。ピクセルはクッキー(Cookie)とは別物だ。クッキーのようにあなたの情報や、コンピューターの情報、訪問したWebサイトそれぞれにおけるあなたの行動情報を保存したりはしない。

では、どのようなリスクがあるのだろうか。これらのトラッキング・ピクセルは至る所に存在し、オンラインで配信される広告の多くは、ピクセルの指示によって配置されている。トラッキング・ピクセルは、ターゲティング広告やハイパー・パーソナライゼーションのためにデータ収集を奨励するインターネットの支配的な経済モデルに貢献している。多くの場合、ユーザーは自分が訪問するWebサイトにピクセルがあることを知らない。 ピクセルが、妊娠中絶を受ける権利に関するユーザー・データなどのデータを収集していると、プライバシー擁護者たちは過去に警告を発している。

「このエコシステムに関わっているのは、ユーザーが直接使うアプリやWebサイトといったファーストパーティのデータ収集者から、組み込みのトラッキング・ツールやピクセル、オンライン広告枠取引所、データ・ブローカー、そして健康や収入に関する機微なものを含む人々のデータを取得して第三者に送信するその他の技術要素まで、あらゆるものです」。デューク大学サンフォード公共政策大学院のシニア・フェローであるジャスティン・シャーマンは私にメールで教えてくれた。

「根底にある要素は一緒です。消費者は、単一のWebサイト、単一のアプリ、単一のプラットフォームが、それぞれどれだけのデータを直接収集しているかは知っているかもしれませんが、ほとんどの人は、自分たちがインターネットを利用するたびに、どれほどの数の企業が裏で動いているのか知りません。そしてそれらの企業が、上記と同様の、あるいはそれ以上のデータを収集していることも知りません」。

なお、ザ・マークアップは、企業がトラッキング・ピクセルを通してメタに何を送っているか確認する方法を解説する、すばらしい記事を掲載している。

テック政策関連の気になるニュース

  • ワシントン・ポスト紙の報道によると、FTCはオープンAIをに狙いを定めた。FTCはチャットGPT(ChatGPT)の開発企業に対する調査を開始し、セキュリティ慣行、人工知能(AI)のトレーニング方法、個人データの利用に関する記録を要求している。この調査は、米国の規制当局が初めて見せる、オープンAI(OpenAI)に対する大規模な挑戦であり、注意して見守りたいと思っている。サム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は、少なくとも公の場では、あまり冷や汗をかいていないようだ。アルトマンCEOは「オープンAIが法制度に従っていると確信している」とツイートした
  • FTCといえば、巨大テック企業の反トラスト法案件を熱心に担当してきたリナ・カーン委員長が最近、議会に呼び出された。カーン委員長は一部の共和党議員から、すでに反トラスト法違反の訴訟でFTCが敗訴しているにもかかわらず、企業に「嫌がらせ 」をして、反トラスト法の容疑で追及しているという厳しい批判にさらされた。カーン委員長は最近、苦境に立たされている。直近の7月11日には、マイクロソフトによるゲーム大手アクティビジョンの買収(買収価格は690億ドル)を阻止しようとしたFTCの試みに対し、判事は反対する判決を下した。
  • メタが発表したツイッターのクローンであるスレッズ(Threads)の急成長についての、「ジ・アトランティック(The Atlantic)」のキャロライン・ミムズ・ニースによる見解がとても気に入っている。ニースによると「多くのユーザーは、スレッズに参加することにワクワクしているわけではなく、むしろ参加しないことによる恐怖を感じているのかもしれない」。私は今のところ参加していないが、確かにFOMO(取り残されることへの恐怖:Fear Of Missing Out)を感じている。

テック政策関連の注目トピック

中国はコンピューター・チップと半導体に対する米国による輸出規制に応戦している、と先日掲載された記事において本誌のヤン・ズェイ記者が解説している。7月の初めに、中国は半導体、太陽光発電パネル、光ファイバーの製造に使われるガリウムとゲルマニウムの輸出規制を発表した。

この動き自体は必ずしも大きな影響を与えるものではないが、ズェイ記者によると、これは中国による対抗措置の始まりに過ぎない可能性があるという。対抗措置として、レアアース(希土類元素)や、リチウム、コバルトなど電気自動車に使うバッテリーの材料の輸出規制を打ち出してくるかもしれない。「これらの材料は、使用料がはるかに大量であるため、短期間で代替の供給源を見つけるのはさらに困難です。中国が今後の交渉の場で出してくる本当の切り札は、こういった品目なのかもしれません」。

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テイト・ライアン・モズリー [Tate Ryan-Mosley]米国版 テック政策担当上級記者
新しいテクノロジーが政治機構、人権、世界の民主主義国家の健全性に与える影響について取材するほか、ポッドキャストやデータ・ジャーナリズムのプロジェクトにも多く参加している。記者になる以前は、MITテクノロジーレビューの研究員としてニュース・ルームで特別調査プロジェクトを担当した。 前職は大企業の新興技術戦略に関するコンサルタント。2012年には、ケロッグ国際問題研究所のフェローとして、紛争と戦後復興を専門に研究していた。
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