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MITとの共同研究も終了、
「デジタル・ドル」構想は
死んだのか?
Stephanie Arnett/MITTR
倫理/政策 Insider Online限定
Is the digital dollar dead?

MITとの共同研究も終了、
「デジタル・ドル」構想は
死んだのか?

現金に代わる「デジタル・ドル」は一時大きな注目を浴びた。だがその後、政治的な議論に発展し、FRSとMITの研究プロジェクトが終了するなど、停滞している。 by Mike Orcutt2023.07.26

2020年の夏を振り返ろう。世界はパンデミックの進行に伴い、各地は続々とロックダウンに見舞われていた。この時期、学術界や外交政策の議論の場では、デジタル通貨がホットな話題の1つだった。

中国は中央銀行によるデジタル通貨(Central Bank Digital Currency:CBDC)の導入に向けて着実に進んでおり、他の多くの国々もCBDCに関する研究プロジェクトを進めていた。さらに、フェイスブックもリブラ(Libra)という名のグローバルなデジタル通貨を提案していた。

そのため、米国連邦準備制度(FRS)傘下のボストン連邦準備銀行(ボストン連銀)が、マサチューセッツ工科大学(MIT)のデジタル通貨イニシアチブと協力してCBDCの技術的設計方法について研究する「プロジェクト・ハミルトン(Project Hamilton)」を発表したとき、大きな驚きは巻き起こらなかった。結局のところ、米国の中央銀行がデジタル通貨を導入するという仮説自体はそれほど物議を醸すものではない。そして、米国が取り残されるわけにはいかないという認識が広く共有されていた。

だが、状況は大きく変わった。あれから3年後の今、いまだに存在すらせず、FRSも発行を計画していないと明言しているデジタル・ドルが、政治的な議論の的となっている。政府の監視に対する反感が広範囲に広がり、CBDCに反対する政治家たちはデジタル・ドルは危険であるというメッセージを発信し、有権者の支持を集めている。

いつからその流れが変わり始めたのか特定するのは難しいが、2022年3月にジョー・バイデン大統領が「米国のCBDCの潜在的な設計と導入に向けた研究開発を最優先事項とする」との大統領令に署名してから、一部ではCBDCに対する警戒論が明確に強まったようだ。

現在では、議会の上下両院の議員たちが、CBDCの導入を防ぐことを狙った法案を提出している。それどころか、大統領選の候補者たちまでもが、CBDCに反対する選挙キャンペーンを展開している。

「このような仕組みが、自分のすべての取引をリアルタイムで政府に把握されることなくビジネスをしたいと考えている(中略)米国人にとってどんな危険をもたらすか、誰にとっても一目瞭然でしょう」。2024年の大統領選で、共和党候補指名争いに出馬しているフロリダ州知事のロン・デサンティスは5月にこう語った。デサンティス知事は選挙演説で、政府がCBDCネットワークを利用して国民が銃や化石燃料を購入するのを阻止するというディストピア的な未来について説明している。

FRSはデジタル通貨の発行を計画していないばかりか、議会の許可がなければデジタル通過を発行することはないと明言している。デジタル通貨がどのように機能するのか、物理的な現金とどれほど類似するのかといった問題は、研究と試験を経て初めて答えが見つかる未解決の問題である。

プロジェクト・ハミルトンの目指すところは、潜在的なシステムの一部として、主要な決済カードネットワークが扱うトランザクションの量を安全かつ弾力的に処理する手段のプロトタイプを構築し、テストすることだった。

プロジェクトの初期段階では、可能性のある技術的な手法が実証され、研究者たちはプライバシーやオフライン決済の問題に対する先進的なアプローチを追求する「第2段階」を約束していた。しかし、昨年末、ハミルトン・プロジェクトが反CBDCの議員たちの厳しい視線を浴びた直後に、ボストン連銀はプロジェクトを打ち切ってしまった。今後、プロジェクト・ハミルトンが取り組んでいたような技術的な設計研究は、政治的に中立を保ちたがる中央銀行の外部から進められることになるかもしれない。

そして、デジタル・ドルの実現可能性は日ごとに薄れている。

現金を巡る議論

米国の仮想的なCBDCに反対する人々は、これを存在しない問題に対する解決策だと見なしている。なにせドルはすでにデジタル化されているのだから。最近デビットカードで支払いをした人は考えてみてほしい。それはデジタル化されたドルでの支払いではなかっただろうか?中国が消費者向けにCBDCのパイロットテストを進める動きがあるからといって、それだけで我々も追求すべきだとはならないというのが、反対派の主張だ。テック企業が運営する世界規模のデジタル通貨であるリブラは立ち上げに失敗したが、それはもはや問題ではない。政府が発行するデジタル通貨が果たすべき目的とは、政府が金融監視と制御のツールを手に入れること以外に何があるというのだろうか?

ただ、問題は存在している。恐らくあなたも自身で気づいているであろう。それは、物理的な現金が次第に姿を消しつつあるという問題だ。紙幣や硬貨を取り扱う業者は日に日に減少している。そもそも、消費者自身が現金の使用を選ばなくなっている。利便性が理由の1つだが、もう1つの大きな理由として、インターネット上で物品を購入するためには現金を使用することができないということがある。

サンフランシスコ連邦準備銀行による研究によれば、2022年の米国での現金による支払いは全体のわずか18%にすぎず、2016年の31%から大幅に減少している。米国以外では、キャッシュレス社会への移行はさらに進んでいる。現金の減少は、100カ国以上 …

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