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本多達也:Ontenna開発者が示す「社内社会起業家」という生き方
本多達也(富士通)/提供写真
Trajectory of U35 Innovators: Tatsuya Honda

本多達也:Ontenna開発者が示す「社内社会起業家」という生き方

学生時代に聴覚障害者のためのデバイス「Ontenna(オンテナ)」の研究を始めた本多達也は、富士通で製品化に漕ぎ着けた。「ソーシャル・イントラプレナー(社内社会起業家)」と呼ばれる新しいタイプのイノベーターだ。 by Yasuhiro Hatabe2023.08.17

音を振動と光に変換するガジェット「Ontenna(オンテナ)」の開発者である本多達也は2020年、「Innovators Under 35 Japan(35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれた。大学在学中に開発を始めたガジェットを富士通へ入社後に製品化し、その普及活動を通じて、多様性を受け入れる社会の実現に力を割く。

2022年11月にはデンマークの首都コペンハーゲンに渡り、富士通からの研究派遣という形でデンマーク・デザイン・センターにゲストリサーチャーとして勤務。福祉国家・デジタル先進国といわれるデンマークで、公共政策や共創デザインについて学びながら、Ontennaの世界展開を描く。

聴覚障害者との出会いが世界を広げた

Ontennaは、周囲の音の大きさを256段階の「振動の強さ」と「光の明るさ」に変換することで、耳が聞こえない人でも触覚と視覚で音の大きさやリズムを体感できるようにするガジェットだ。使い方はシンプルで、ヘアピンのように髪に取り付けるだけ。富士通のWebサイトやアマゾンで販売されているほか、全国のろう学校のうち約8割に導入され、音楽や体育の授業で使われている。

Ontenna

本多がOntennaを開発するきっかけとなったのが、2019年の製品発売にさかのぼること10年前のできごとだった。当時、公立はこだて未来大学の1年生だった本多は、学園祭の準備中、たまたま会場で見かけた聴覚障害者を道案内する機会があった。そこから本多とろう者との関わりが始まり、手話を学び、手話通訳ボランティアなどの活動をするようになる。

「耳が聞こえない人、手話を第一言語としている人と接するのはその時が初めてでした。自分の認識している世界とはまったく違う、音のない世界にシンプルに興味を持ったのです」。

大学で情報デザインを学び、卒業後は公立はこだて未来大学大学院システム情報科学研究科へと進んだ本多の研究テーマは、「人間の身体と感覚の拡張」だった。「ろう者が音を体感できるようになればこれまでとは違った世界になるのではないか」と考え、大学在学中の2012年からOntennaの開発を始める。その取り組みが2014年にIPA(情報処理推進機構)の未踏IT人材発掘・育成事業のプロジェクトに採択され、後に富士通へ入社するきっかけとなった。

ろう学校の生徒のアイデアから生まれた「エキマトペ」

2021年には、新たなプロジェクト「エキマトペ」も立ち上げている。駅のアナウンスや電車の音などを人工知能(AI)を用いて識別し、テキストや手話動画、オノマトペ(擬音語)に変換して視覚的に表現する装置だ。

「プロジェクトのアイデアは、川崎市立聾学校の子どもたちと一緒に実施したワークショップから生まれました」。

電車やベルの音を文字や手話、オノマトペで視覚的に表現する「エキマトペ」

エキマトペは富士通、JR東日本、大日本印刷の3社共同プロジェクトで、本多はプロジェクトリーダーを務める。2021年7月に開かれたワークショップでは、電車通学者の多いろう学校の生徒たちが「未来の通学」をテーマに、安全・安心で楽しくなる電車通学はどのようなものか、アイデアを出し合った。それから約2カ月後には最初の実証実験をJR巣鴨駅で実施。2022年6〜12月には実証実験の第2弾として、改良した装置がJR上野駅のホームに設置された。

「実際にエキマトペが設置されると、SNSで話題になったり、上野駅の駅員さんたちが手話サークルを立ち上げたりといった動きがありました。エキマトペを通してみんなが『違い』に意識を向けるようになり、人々の行動が変わっていくのがうれしいですね」と本多は話す。

音のない世界と音のある世界をつなぐ

富士通は2020年12月、Ontennaのプログラミング教育環境を無償公開した。ユーザーが自分が聞きたい音に対して、どのような振動・光に変換するかをプログラムできるものだ。また、普通学校を対象に、Ontennaのプログラミング教育環境を組み込んだ「多様性社会の実現」を探求する授業パッケージを、ベネッセと共同で開発した。聴者(耳が聞こえる人)である生徒は、聴覚障害者へのインタビュー動画、オンテナを用いてろう者の課題解決に挑むプロセスを通じて、障害の有無にかかわらず暮らしやすい社会の実現に目を向ける。

「そもそも聴覚障害者と出会ったことがない人も多い。授業を通して、耳が聞こえない人はどのような世界を生きているのか学んだり、聴覚以外の障害についても関心を持ったりしてもらうことが狙いです。突き詰めると私は、どうすれば人々が違いを認め、受け入れ合えるのか、誰もが自分らしく生きられる社会をつくれるのかに興味があるんですね。Ontennaがそれを促すものとして機能したらうれしいと思いながら活動を進めています」。

多様な人々と価値を共創する

こうした言葉を裏付けるように、本多が手がけたOntennaやエキマトペは、聴覚障害者だけが使うものではなく、聴者と一緒に使うことを想定している点に特徴がある。

「Ontennaの一番のポイントは、耳が聞こえる・聞こえないに関係なく、振動と光によって一体感が得られること。誰もが一緒に楽しめることです」と本多は話す。

「たとえば補聴器や車椅子のように、マイナスをゼロにするアプローチで、当事者の困りごとを解消するための研究や製品はとても大事なものだと考えています。ただ、私が特に関心を持っているのは、耳が聞こえる人と聞こえない人をどうしたらつなげられるか、一緒に楽しめるかということ。音がない世界のスペシャリストから、新しい世界の楽しみ方を教わるような感覚なんです」。

「人と人とが交わっていろいろな世界を知ること、世界の味わい方を知ることが豊かさにつながるのではないでしょうか」

本多が活動を続ける上で重視しているのが、「共創」だという。聴覚に障害のある当事者と共に創る。聴者と共に創る。社内の協力を得て創る。他社と一緒に創る。いろいろな人を巻き込んで、共に創り上げていく。デンマークに暮らし始めて、人の幸せとは何かをよく考えるようになったという本多は、「人と人とが交わっていろいろな世界を知ること、世界の味わい方を知ることが豊かさにつながるのではないでしょうか」と話す。

『SDGs時代のソーシャル・イントラプレナーという働き方』(日経BP刊)

社会課題を解決する社内起業家

目下の課題は、Ontennaの世界展開だ。エキマトペをビジネスとして持続可能なものに進化させたいと考えている。そして、デンマークで学んだことを日本社会に適用できるようにしていくことだ。

2023年6月には著書『SDGs時代のソーシャル・イントラプレナーという働き方』を出版した。大企業のリソースを使って社会課題を解決する「ソーシャル・イントラプレナー」としての本多のこれまでの歩みを1冊にまとめたものだ。本多のように、個人で研究し始めたものを大企業に入って製品化した例はめずらしい。イントラプレナーを目指す人にも、それを受け入れる企業の人にも参考になるエッセンスが詰まった1冊だ。

「日本の学校や個人でおもしろい研究をしている若い人はたくさんいるのに、就職を機に研究をやめてしまう人も多い。起業する選択肢もあるけれど、ハードルが高い。日本の企業にはいろいろなノウハウやリソースがあるので、それを活用しながら社会課題の解決にチャレンジする人がもっと増えてもいいのでは」。

本多はそのロールモデルとなって、日本型イノベーションを実践していく。

この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら

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