幾何学で世界の複雑さを理解する、異才数学者の型破りな方法論
どんな置かれ方をしても起き上がる3次元凸形状「ゴムボック」の共同発見者として知られているハンガリーの数学者、ガボール・ドモコスは、可能な限り単純な幾何学で物理世界を理解しようとしている。 by Elise Cutts2023.11.15
ガボール・ドモコスは、ブダペストにそびえる丘陵地帯への道のりを、1時間ほどかけて進む。途中、彼は立ち止まり、トカゲを探したり、仰向けにひっくり返って動けなくなったカブトムシを助けたりする。そのまま進めば、すぐにドナウ川とその流れを一望できる塔にたどり着くだろう。しかし彼は、灰褐色の岩が露出し、ひび割れ、そして石の破片が散乱した一帯を土の道が横切っているところで立ち止まる。
「ほら、このモザイクを見てください!」。ドモコスは地面に腰を下ろし、岩の割れ目をほじくり、緩んでいるかけらを探す。「これがまず私の関心を引きました。実に絶対的な美しさがあります」。
ブダペスト工科経済大学のドモコス教授(61)にとって、この平凡な岩場は数学的疑問の源泉である。
岩の割れ目にヒントを得て、ドモコスは「テッセレーション(多角形のタイル張り)」を分類するための新しい枠組みを考案した。それは自然の複雑なパターンに対応できるほど柔軟でありながら、十分に有用であるほど厳格さを備えている。地質学に応用すれば、泥のひび割れからプレートテクトニクスのパズルに至るまで、あらゆるスケールにおける割れ目形状に普遍的なパターンのあることがわかる。今では、この知見は米航空宇宙局(NASA)の科学者たちが他の惑星の表面を理解する助けになっている。小石の形状に関するドモコスの研究が、地球と火星の侵食の過程をたどるのに役立っているのだ。
三次元形状の均衡点に関する彼の研究は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らが開発した、胃にワクチンを届けるための自己誘導型カプセルのデザインにも影響を与えた。最近ではドモコスは、化学者らと協力し、「岩石割れ目幾何学」で、分子がどのようにして「2次元」のシート状になるのかの予測に取り組んでいる。これは通常、スーパー・コンピューターによる計算が必要になる、非常に厄介な問題である。
「ガボールの問題は、トポロジー的でもあり、幾何学的でも、力学的でもあり、偏微分方程式でもあります。いくつかは狂気じみています」と、ブダペストのコンピューター科学・自動制御研究所の数学者で、ドモコスとの共著があるサンドール・ボゾーキ博士は言う。「ドモコスは、これらのどの分野においても第一人者ではありません」と、オックスフォード大学の応用数学者、アラン・ゴリエリ教授は言う。そして、こうつけ加える。最高の応用数学者のように「もっとも巧妙かつ美しい方法で、それらを利用しているのです」 。
「人が何かを理解するとき最初にすること、それは名前を付けることです」とドモコスは言う。「そして形には名前がありません」。
クリスティーナ・レゲーシュ(数学者)
均衡点が2つしかない最初の3次元凸形状である「ゴムボック」の共同発見者として最もよく知られているドモコスの目標は、可能な限り単純な幾何学で形状を記述することによって、物理世界を理解することである。
新しいプロジェクトに取り組む際、ドモコスは形状を分類するための独創的な方法を考案することから始めることが多い。彼らが発見する以前からゴムボックが存在していたことを証明するため、彼とペーテル・ヴァールコニー准教授は、数学的に正確な平坦さと薄さの定義を導入した。小石を分類するために、ドモコスは安定した均衡点と不安定な均衡点の数を数える。彼が岩の亀裂やナノ物質のタイル張りパターンを記述するために計算するのは、わずか2つの数値である。それは、「モザイク」の各頂点で交わる「タイル」の平均数と、タイル1枚あたりの頂点の平均数である。
ポイントは、形状を記述するための「新しい言語」を見つけることだと、ドモコスのもとで学ぶ大学院生で数学者のクリスティーナ・レゲーシュは話す。「人が何かを理解するとき最初にすること、それは名前を付けることです」とドモコスは言う。「そして形には名前がありません」。
しかし、適切な言語があれば、質問を始められる。均衡点を2つしか持たない均一な三次元形状は存在するだろうか。答えはイエスだ。これらの形状は、平坦さと薄さを最小化するものであり、そのうちの1つがゴムボックである。ゴムボックは、その幾何学的特性のおかげで、どのように置かれても必ず起き上がる。小石は浸食されるとどうなるのだろうか。小石は均衡点を失い、時間がたつにつれて丸みを帯び、そして平らになっていく。地殻が崩れるとき、どのような形に分かれるのだろうか。プラトンは正しかった。平均的に、それは立方体になる。
もちろん、地形学のような分野には、研究対象を分類するためのスキームはすでに存在している。たとえば、小石の分類方法にも複数のやり方がある、とエディンバラ大学の地形学者であるミカエル・アタル教授は言う。しかし、永遠の部外者であるドモコスは、慣習を覆していることをわかっていないか、あるいはそれを気にしていない。数学においても、特定の枠に収まらない。
ドモコスが言うところの「暗黒の秘密」は、彼が実際には建築家だということだ。彼の研究グループは、1980年代に彼が学んだのと同じ建築学科に所属している。数学者かつ科学者としてのドモコスは、ほとんど独学によるものなのである。彼が知っていることの多くは、学生時代に大学近くの小さな店で買った、中古のドイツ語テキストから学んだという。ドイツの数学者カール・フリードリヒ・ガウスの『全集』のすり切れた初版本は、今でも彼の自宅の書斎の棚に、小石や他の重要な小物と並んで置かれている。ドモコスはハンガリーで共産主義が終焉した1989年に博士号を取得したが、その時には応用数学者へと変貌していた。
ドモコスが所属する学科のアンドラーシュ・シポス准教授は、ドモコスが独創的である理由のひとつに、この異例の経歴があると見ている。「ドモコスはひとつの分野の記号や言語に固執していません」。
形を作り上げる力を理解するために形状を記述することで、ドモコスらは、スミス大学の数学者で科学史家のマージョリー・セネシャル教授が「成長と形態の問い」と呼ぶものを提起している。これは、1917年にダーシー・トムソンが著した『On Growth and Form(成長と形態)』という数理生物学の基礎テキストにちなんだものである。
「ドモコスらは、成長と形態、あるいは局所的発達、局所的パターンと全体的なパターンとの関係という問題を再び取り上げたのです」と、ドモコスが所属する学科の名誉研究員でもあるセネシャル教授は言う。さらに、局所と全体、タイルとモザイクの間の緊張関係は、「すべての重要な問題において見られます。生物学であろうと、物理学であろうと、哲学であろうとです」と付け加える。
ドモコスは、自分が取り組む問題は重要なものではなく、単純なものだと説明することが多い。実際、彼と話していると、彼の研究の重要性を過小評価してしまいがちだ。彼の生き生きとした、とりとめのない逸話には、しばしばフィールズ賞受賞者やノーベル賞受賞者との出会いが含まれているが、それらは決して高慢な印象を与えるものではない。それに、ドモコスはすぐに自分の功績を過小評価する。2004年に43歳で選出されたとき、彼はハンガリー科学アカデミーの最年少会員であり、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの客員研究員でもあった。しかし、自分が成功者であるとは言いたがらない。「ゴムボックがなかったら、私には科学者としての存在感はありません」と語る。
他の人に話を聞くと、そのイメージはより鮮明になる。地形学においては、小石と割れ目に関するドモコスの研究は「大きな貢献」だと、丘陵斜面や河川の漸進的変化の専門家であるアタル教授は言う。セネシャル教授は、彼は「謙虚かもしれない」が、自然を記述するために「非常に現代的な数学を使っている」と指摘する。ボゾーキ博士は彼を「謙虚すぎ」だと言い、ハンガリーの学術界ではとても尊敬されていると言い、国外の学会に出席して自分はハンガリー人だと言うと、ドモコスを知っているかとよく聞かれると付け加える。
それでも、ドモコスが単純な問題を追い求めているという考えには真実味がある。数学では、「非常に難しい質問をすることはとても簡単です」とボゾーキ博士は言う。ドモコスの才能のひとつは、ただ単純に見えるだけでなく、本当に単純である問いを直感的に見抜くセンスにありそうだ。
その好奇心から刺激的な新しい問題に行き着いたとき、ドモコスはいつも、まず「おもちゃ」のようなバージョンを考案し、そこから既知と未知の境界を試しつつ研究を進めていく、とシポス准教授は言う。
「私は彼に、科学を研究するということは、この境界についての問題に取り組むことだと言われました」と、ドモコスの研究室の元大学院生でもあるシポス准教授は言う。「そして、それを見つけるのは難しいことです」 。
このパターンは、ドモコスのタイル張りに関する研究にも現れている。彼が開発した岩のひび割れに関する比較的単純なモデルは、数層の数学的複雑さを加えることで、ナノテクノロジーの予測ツールとなった。現在、ドモコスらは、形状を記述することから成長をモデリングすることへと飛躍しようとしている。最近の論文では、タイル張パターンを記述する自身の幾何学的枠組みに、亀裂の修復と形成を導入した。
科学は証明するものであるべきだとしたうえで、ドモコスはこう言う。「疑問が科学を導いているのです。そして、疑問は明らかに証明の問題ではありません。直感の問題なのです」。そしてドモコスは、少し引っ張れば石が剥がれ落ちる、ブダ丘陵のお気に入りの場所のように、既知と未知、数学と科学の間の曖昧な境界に沿った亀裂を見分ける鋭い目を持っている。
◇
筆者のエリス・カッツは、オーストリアを拠点に、物理学と地球科学を担当するフリーの科学ライター。
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