KADOKAWA Technology Review
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「昔のインターネット」の精神を取り戻す、HTMLエネルギー運動
Sceneries.site
Recapturing early internet whimsy with HTML

「昔のインターネット」の精神を取り戻す、HTMLエネルギー運動

今日のWebは商取引などの目的に最適化され、少数の企業によって所有されている。個人に力を与え、自己表現を促すかつてのWebの魅力を取り戻す「HTMLエネルギー(HTMLエナジー)」というムーブメントが密かに盛り上がりつつある。 by Tiffany Ng2024.01.08

Webサイトは、常に洗練されたデジタル体験だったわけではない。

かつて、ネットサーフィンをするには、自分の意に反して音楽が再生されるタブを開いたり、色つきの背景にタイムズ・ニュー・ローマン書体の文字がびっしり詰まったページを読んだりする必要があった。スクエアスペース(Squarespace、Webページ作成サービス)やソーシャルメディアが登場する以前の2000年代、Webサイトは個性を表現するものであり、コードの知識とインターネット上に存在したいという願望を持ったユーザーが、HTMLを使ってゼロから作るものだった。

Web上には、この一見時代遅れのアプローチを復活させようとするプログラマーのコミュニティが点在している。アーティストのローレル・シュヴルストとエリオット・コストが考案した造語「HTMLエネルギー(HTMLエナジー)」というコンセプトに支えられたこのムーブメントは、決してレトロな美学を表面的にアピールするものではない。HTMLをコーディングする触覚的なプロセスに焦点を当てており、この言語がいかに自己表現を促し、Webの分け前を自分のものにする力を個人に与えるかを探求している。小規模なディスコード(Discord)チャンネルやデジタル雑誌などで生まれつつあるHTMLエネルギー・ムーブメントは、デジタル体験における人間的な感覚を称えるものだ。


今日のインターネットの大部分は、ソーシャルエンゲージメント、eコマース、ストリーミングに最適化されている。インターネット・トラフィックの大半は少数のサイトに集中しており、そのすべてが一握りの企業によって所有されている。長々とした広告から攻撃的なクッキー設定に至るまで、些細な障害や煩わしさが組み込まれている。ユーザーは、インターネットへのアクセスが少数の人々の金銭的利益によって左右されることを常に思い知らされているのだ。X(旧ツイッター)の状況は、このようなインターネット所有の状態を完璧に象徴している。たった一人の幹部が、このプラットフォームからの大量離脱を引き起こし、長く続いてきたコミュニティを分断させた。

しかし、巨大テック企業による独占的な状況にもかかわらず、ある一つの根本的な現実が、インターネットが民主的であるという評判を正当化し続けている。HTMLを使えば、誰でも無料でWebサイトを公開できるということだ。広大なWebには、事実上、すべての人のためのスペースがある。単に、トラフィックの問題に過ぎないということだ。

HTMLエネルギー・コミュニティのさまざまなメンバーに話を聞くと、全員が一貫して次のような基本的なメッセージを口にする。「Web上のすべてがHTMLに集約される」。HTMLはあらゆるWebサイトのバックボーンである。HTMLは、Webページが機能するのに必要な唯一のものだ。今日の一般的なWeb開発言語では、データの抽象化によって技術的な複雑さを隠す簡略化された記述が使われるが、HTMLは粒度が細かく、コーディングの事前知識は必須条件ではない。

エリオット・コストが説明するように、HTMLの寛容さこそが、熱心な人々にWebで自己発信する機会を与えている。HTMLを使えば、コードの1行が欠けていてもページは読み込まれる。HTMLエネルギー・ムーブメントは、こうした可能性を受け入れている。試行錯誤による学習が歓迎され、創造的な実験が奨励されている。


ウィックス(Wix)のようなWebサイト構築ツールが台頭して以来、フォントや余白の設定をハードコーディングする複雑で時に厄介な経験は、UX(ユーザー体験)デザインのベスト・プラクティスに基づいて用意されたテンプレートを選ぶ作業に取って代わられた。デジタル体験の主流が均質なビジュアル言語へと向かうにつれ、抽象化された多くのレイヤーの中で人間的な感覚は失われていく。サイト制作者とサイトの距離はますます広がり、Webはより取引的なものになっていく。

HTMLエネルギー・ムーブメントは、テクノロジーとの関係を見直すよう人々に呼びかけている。HTMLを使ってサイトを作ることで、コーダーはWebサイトの可能性を探求できる。企業のサイト制作者とは異なり、自らのサイトを作っている個人は、株主の要求に応える必要がない。収益性の高い体験を作らなければならないというプレッシャーもないため、創作物は限りなく多様な形をとることになる。

一般的なHTMLエネルギー・サイトには、季節によって要素が変化するデジタル・ガーデンや、ユーザーからの入力が新たな意味を生み出すインタラクティブな詩の生成器、制作者の人生に関する詳細な事柄を共有するパーソナル・サイトなどがある。消費主義がますます進むインターネットにおいて、HTMLエネルギー・サイトは、Webサイトが瞑想的な体験になりうることをそっと思い出させてくれる。

HTMLエネルギー・コミュニティは、HTMLを文字通り「言語」として理解することを提唱している。そして、HTML言語が、その基本的な性質上、ユーザーからの意図を要求するものであることを称賛している。HTMLだけで構築されたサイトは、微小かつ複雑な創造的決断の集合体として、自己表現の一形態となる。サイトのソースコードを見ることは、そのインターフェイスをナビゲートするのと同じくらい重要である。そのコードには、いたずらっぽいメッセージや他のHTMLサイトからの引用など、イースターエッグが隠されていることが多い。多くの点で、HTMLサイトは、制作者のアイデンティティのようなものを捉えている。その個人が何を選び、どのようにサイトを構築したのかがわかるのだ。

HTMLのさまざまな応用に対する大きな関心は、HTMLエネルギー・ムーブメントのメンバーが集まってコードを書く、時に「Freewrites(フリーライティング)」と呼ばれる物理的なコミュニティの集まりにも見られる。このような集まりを主催しているWebサイトには、サンデー・サイツ(Sunday Sites)フルートフル・スクール(Fruitful School)などがある。より多くの人々がムーブメントに参加できるよう、しばしば教育的な要素がセッションに盛り込まれる。一方、HTMLレビュー(HTML Review)のようなサイトでは、文芸誌のような形式でいくつかのHTMLサイトを紹介している。

プロジェクト1:さまざまな風景のテラリウム(Terrarium of Many Sceneries)

ジ・キムのさまざまな風景のテラリウムは、古いアイフォーン(iPhone)からの映像の断片をコラージュしている。訪問者がサイトをスクロールすると、画像が重なり合い、埋め込まれたオーディオ・クリップが再生される。ユーザーが画像をクリックすると、いつ、どこで撮影されたかについての短い説明が表示され、それに付随するメディアも表示される。

キムのサイトは、記憶の散発的で重層的な性質を模してデザインされている。何年も前の家族旅行を思い出そうとするときのように、意図的に断片化された、圧倒されるようなデジタル体験である。

プロジェクト2:窓のある部屋(A Room with a Window)

シェルビー・ウィルソンの窓のある部屋は、窓のブラインドを開け閉めするという、たった一つのインタラクションだけが可能なサイトである。このサイトは、物理的空間とデジタル空間を意図的に融合させている。ウィルソンは、物理的な境界とエッジを持つ場所へのポータル(入口)としてのブラウザーというアイデアを試しており、また、超現実主義的な要素(ブラインドを閉じても部屋は暗くならない)やランダムな要素(訪問するたびに部屋の色が変わる)を維持することで、デジタル形式を強調している。

プロジェクト3:HTMLガーデン(HTML Garden)

スペンサー・チャンのサイトは、インターネットの庭がどのように見えるかをイメージしたものだ。ネイティブのHTML要素でできたいくつかの「植物」が成長する。季節が変わり、植物が芽を出し、花を咲かせることで、訪問するたびに時間の経過を認識し、気づくことができるようになっている。明確なアクションは求められず、ただ観察するだけでいい。

プロジェクト4:プローズ・プレイ(Prose Play)

キャサリン・ヤンのプローズ・プレイは、あらかじめ用意された文章構成にさまざまな単語を入力するようユーザーに促す、インタラクティブな詩である。言葉を変数に見立て、インターネットの双方向性を探求している。「作者の死」という文学理論(文章の意味は作者の意図によって決まるのではなく、読者の解釈によって決まるという考え)を、コードの文脈に当てはめている。

プロジェクト5:エーリッヒ・フリードマン(Erich Friedman)

エーリッヒ・フリードマンのサイトは彼の人生についての個人的な百科事典であり、映画の評価からフロリダ州中央部のミニゴルフコースのレビューまで、あらゆるものがアーカイブされている。このサイトは、「数学」「パズル」「個人的なこと」「仕事」というカテゴリーに整理され、シンプルな構成になっている。基本的なHTMLを使い、0から9999までのすべての数字に関する興味深い事実のリストや、数学とトリビアの問題集など、フリードマンの過去10年間の多岐にわたる興味を紹介している。 このサイトは特定のアクションを促すようなものではない。ただ、エーリッヒ・フリードマンの包括的で率直な肖像として、Webのごく小さな部分を占めているに過ぎない。

プロジェクト6:スクリーン博物館(Museum of Screens)

トゥールー・トゥーモウのスクリーン博物館は、ゲーム愛好家が制作したブラウザー・ゲームを展示するサイトである。展示されているゲームをインタラクティブに鑑賞するには、ユーザーはアスキーアートで視覚化された物理的な博物館のようなデジタル空間を移動する必要がある。実際の見学時間があり、ランダムに選ばれた「休館日」が設けられている。

Flashゲームの時代のアマチュア開発者に正当な評価を与えるために作られたトゥーモウの博物館は、著作者の認知の重要性とインディーゲームの豊かな歴史を強調することを目的としている。


HTMLエネルギーサイトには一元化された情報源はない。偶然の出会いが、駐車場の奥でストリート・アートに出くわしたときような、特別な感覚を与えてくれる。発見されるためにデザインされているわけでも、特定のアクションを促すために最適化されているわけでもない。こうしたサイトは単に、訪問者の好きな方法で訪問者と関わり、制作者の肖像を提供するだけなのだ。グーグルやフェイスブックのようなサイトが、必需品を購入するスーパーマーケットやショッピングモールだとすれば、HTMLエネルギーサイトはどんな地図にも載っていない、偶然見つけた秘密の庭のようなものだ。

ティファニー・エンは、芸術、テクノロジー、文化の関係を探求するフリーライターである。

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