KADOKAWA Technology Review
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略奪されたアフリカの遺産、オンライン・アートカタログで復活
Metropolitan Museum of Art
The online art catalogue that chronicles a stolen African heritage

略奪されたアフリカの遺産、オンライン・アートカタログで復活

19世紀後半の英国のベナン王国侵略で強奪され、グローバルノースに散在している美術品のデジタルカタログを作成する取り組みが進んでいる。取り組みの主催者は、美術品そのものの返還の第一歩になることを願っている。 by Gouri Sharma2024.01.11

19世紀後半、英国軍はアフリカのベナン王国(日本版注:現在のナイジェリアのエド州)を急襲した際、何世紀も前に作られた数千個の彫像を持ち去った。グローバルノース(北半球の先進諸国)の個人コレクターや博物館に売却されたそれらの彫像は「ベナン・ブロンズ」という名で知られており、儀式用の剣や彫像のほか、エド族の人々が使っていた楽器なども含まれていた。英国軍の略奪は、現在のナイジェリア南部ベニン市とその周辺に住む子孫たちのコミュニティに深い影響を与えた。略奪によって、ベナンの人々とその文化遺産とのつながりが、事実上断ち切られたのである。

特にドイツや英国を中心に、多くの機関は、所蔵するベナン・ブロンズの返還に関して長年にわたり圧力を受けてきたにもかかわらず、収蔵品の情報共有を求める声に抵抗してきた。そのせいで、ナイジェリア国外にどれだけの数のベナン・ブロンズが存在し、それらがどこにあるのか、特定するのが困難になっている。

しかし、2022年11月に立ち上げられた先駆的なプラットフォーム「デジタル・ベナン」が、その状況を変えた。ハンブルクのローテンバウム博物館(MARKK)が主催する「デジタル・ベナン」は、5000点以上のベナン・ブロンズのオンラインカタログである。主催者によれば、これはテクノロジーを使ったデジタル返還の一形態であり、祖国から略奪された美術品と、コミュニティとのつながりを、回復するものであるという。このカタログには、エド族を中心とした知識や歴史、言語が初めて収録された。美術品やその起源となる場所の名前は、伝統的なエド族の言葉でも記されている。

デジタル・ベナンは、米国、ヨーロッパ、ナイジェリアを拠点とするチームが、ベルリンの美術財団「エルンスト・フォン・ジーメンス芸術財団(Ernst von Siemens Kunststiftung)」から初期資金120万ユーロの提供を受けて構築した。設計にあたっては、大部分のナイジェリア人が主にモバイル経由でインターネットを利用していることを考慮し、特にモバイルユーザーのアクセシビリティ確保に重点が置かれた。

デジタル・ベナンの主任研究員の1人であるデジタル遺産専門家のアン・ルーサーは、盗まれた美術品とのつながりを取り戻して返還を求めるために、テクノロジーをどう活用すべきか模索している他のコミュニティにとって、このプロジェクトが1つのモデルとなることを望んでいるいう。「デジタル・ベナン以前は、大規模な機関でデジタル返還が話題に上ることはありませんでした」。

カタログを構築するにあたり、チームは20カ国の131機関から、400を超えるデータセットの提供を受けた。そしてそれらの情報を使い、各機関の収蔵物をアクセス・検索・追跡可能なものにした。ルーサーによれば、共有したデータセットに対する権利と所有権を保持できるとそれぞれの機関を説得することで、より多くの機関がデータセットの共有に前向きになったという。

しかしルーサーは、デジタル・ベナンはエド族への美術品返還に向けた第一歩に過ぎないと言う。多くの政府や機関に対し、美術品の返還を求める圧力は高まっている。その中には、900点以上を所蔵する大英博物館も含まれる。その圧力が効果を発揮している兆候もある。たとえばドイツは、自国の機関に収蔵されていたベナン・ブロンズ21点をナイジェリアに返還した。

ベニン市在住の人類学者、エイロゴサ・オボバイフォは、デジタル・ベナンのおかげで、古代の技法を使って彫像を作る現代のブロンズ職人など、現地の人々が、自分たちの歴史と再びつながることができていると言う。「ブロンズ職人たちはデジタル・ベナンを大いに頼りにして、自分たちが再創造できる可能性がある美術品を見るために利用しています」と、このプロジェクトのために調査を実施したオボバイフォは話す。「教育にも影響を与えており、学生たちが研究のためこのプラットフォームを利用しています。私たちが公開してきた情報を人々が評価してくれているのは、私にとって励みになっています」。

ルーサーと彼女の同僚たちは、資金さえ調達できれば、カンボジアの舞台芸術の伝統を保存するため、カンボジアのリビング・アーツ財団(Living Arts Foundation)と協力して新たなプロジェクトを開発しようとしている。一方、デジタル・ベナンは規模を拡大し、ベナン・ブロンズに関連する4000以上の文書をアーカイブするまでになった。

プロジェクトのチームは、デジタル・ベナンのモデルが世界規模にまで成長させたいと考えている。「長期的な目標は、世界中のあらゆる機関のすべての収蔵物を結びつけるデータベースを開発することです」と、ルーサーは言う。ルーサーは、拡張させたプロトタイプのシステムを開発・維持するためには、5年間で500万ドルかかるだろうと見積もっている。

筆者のグーリー・シャルマはベルリン在住のジャーナリストである。

 

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