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AIは赤ちゃんから何を学べるのか?
Stephanie Arnett/MITTR | Getty
What babies can teach AI

AIは赤ちゃんから何を学べるのか?

現在のAIシステムは、狭い範囲でタスクを実行するのに優れているが、依然として極めて脆弱だ。赤ちゃんがどのように学習するかを研究することは、より強力なAIモデルの開発に役立つ可能性がある。 by Melissa Heikkilä2024.02.15

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

人間の赤ちゃんは興味深いな生き物だ。長期間にわたり親に完全に依存しているにもかかわらず、驚くべきことを成し遂げることができる。赤ちゃんは生まれながらにして私たちの世界の物理学を理解していて、限られた情報からでも新しい概念や言語をすぐに学ぶことができる。現時点で最強の人工知能(AI)システムでさえ、そのような能力は備えていない。たとえば、チャットGPT(ChatGPT)などのシステムを支える言語モデルは、文章の中で次に来るべき単語を予測するのには優れているが、幼児たちが見せる常識的判断には遠く及ばない。

だが、AIが赤ちゃんのように学ぶことができたらどうだろう? AIモデルは、数十億ものデータポイントから成る膨大なデータセットで訓練される。ニューヨーク大学の研究チームは、そのようなモデルを、話すことを学習中の一人の子供が体験する光景や音といったはるかに小さいデータセットで訓練したら、どのようなことができるのか確認したいと考えた。同チームにとって驚きだったのは、サムと呼ばれる好奇心旺盛な赤ちゃんのおかげでAIが多くのことを学習したことだ。

研究チームはサムの頭にカメラをくくりつけ、生後6カ月から2歳の誕生日を少し過ぎる頃までの1年半の間、カメラをつけたり外したりし続けた。この記事によると、研究チームは、サムがカメラで収集した資料を使ってニューラル・ネットワークに単語とそれが表す物をマッチさせるよう教えられたという。(信じられないほどキュートな写真を見るだけでもクリックする価値あり!)

closeup of a smiling baby wearing a helmet camera with the bars of a crib in the background

赤ちゃんに学ぶことで、コンピュータに人間のように学習する方法を教え、最終的には私たち人間と同じくらい知的なAIシステムを構築できる未来に一歩近づける可能性がある。この研究はそれを示す一例にすぎない。赤ちゃんは長年にわたり研究者たちにインスピレーションを与えてきた。赤ちゃんは熱心な観察者であり優れた学習者でもある。試行錯誤を通じても学習し、世界について学ぶにつれて賢くなっていく。発達心理学者たちによれば、赤ちゃんは次に何が起こるか直感的に感知する力を持っているという。たとえば、赤ちゃんは、ボールが視界から消えてもそれが存在することを知っているし、ボールは固体であって突然形を変えることはないということや、ボールは連続した軌道を転がっていき、別の場所に突然テレポートすることはありえないということを知っている。

グーグル・ディープマインド(Google Deepmind)の研究チームは、動画の中の個々のピクセルではなく「物」に焦点を当ててモデルを訓練し、物がどのように動くか学習させることで、AIシステムに赤ちゃんと同じ「直観的な物理学」の感覚を教え込もうとした。研究チームは、物がどのように振る舞うか、数十万もの動画でモデルを訓練して学習させた。もし、突然窓から飛び出してくるボールのようなものに赤ちゃんが驚いたとしたら、それに対する理屈は、「その物体が赤ちゃんの物理学の理解に反する形で動いているから」ということになる。グーグル・ディープマインドの研究チームは、学習した内容と異なる様に物体が動いたときは、AIシステムが「驚き」を示すようにもした。

チューリング賞の受賞者でメタの主任AI科学者でもあるヤン・ルカンは、子どものように観察することをAIシステムに教えることが、より知的なシステムに向かう道になるかもしれないと主張した。人間は脳内に世界のシミュレーション、つまり「世界モデル」を持っていて、それにより私たちは、世界が3次元であり、物が視界から消えても実際に消えるわけではないということを直観的に知ることができるとルカンは言う。私たちは、こうした常識のおかげで、跳ね返ったボールやスピードを上げている自転車がその数秒後にどこに移動するかを予測できる。ルカンは、人間が学習する様子からインスピレーションを得る、まったく新しい AIアーキテクチャを構築しようと熱心に取り組んでいる。MITテクノロジーレビューでは、AIの将来に対するルカンの大きな賭けについて以前に取り上げた。

現在のAIシステムは、チェスをプレイしたり、人間が書いたように思える文章を生成したりするなど、狭い範囲でタスクを実行するのに優れている。しかし、私たちが知るものの中で最も強力な機械である人間の脳と比較すれば、脆弱なものだ。AIシステムは、乱雑な世界に中で切れ目なく作動し、より洗練された推論をして、人間にとってより役立つ存在になるための「常識的判断」というようなものに欠けている。赤ちゃんがどのように学習するか研究することは、AIシステムの能力を解き放つのに役立つ可能性がある。

このロボットは何の助けも借りずに部屋を片付けることができる

ロボットは、特定のタスクを得意とする。たとえば、ロボットは物を拾ったり動かしたりするのが得意で、また料理の腕前なども上達している。確かに、ロボットは研究室の中ならこのようなタスクを簡単に実行できるかもしれない。だが、利用可能なデータがほとんどない不慣れな環境下で動作させるのは非常に困難だ。

現在、「OKロボット(OK-Robot)」という新たなシステムが登場し、これまでに遭遇したことのない環境で物体を拾い上げて移動するようにロボットを訓練できるようになった。これは、コストのかかる複雑な追加訓練を必要としないため、急速に改良が進むAIモデルと実際のロボットの能力とのギャップを埋められる可能性を持つアプローチだ。 詳しくは、こちらでリアノン・ウィリアムズの記事をお読みいただきたい。

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メリッサ・ヘイッキラ [Melissa Heikkilä]米国版 AI担当上級記者
MITテクノロジーレビューの上級記者として、人工知能とそれがどのように社会を変えていくかを取材している。MITテクノロジーレビュー入社以前は『ポリティコ(POLITICO)』でAI政策や政治関連の記事を執筆していた。英エコノミスト誌での勤務、ニュースキャスターとしての経験も持つ。2020年にフォーブス誌の「30 Under 30」(欧州メディア部門)に選出された。
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