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デング熱撲滅へ新たな試み、不妊化した蚊をドローンで放出
Birdview
This startup wants to fight growing global dengue outbreaks with drones

デング熱撲滅へ新たな試み、不妊化した蚊をドローンで放出

デング熱などの蚊が媒介する感染症対策として、ブラジルのスタートアップが不妊化した蚊をドローンで放つ研究を進めている。 by Jill Langlois2024.03.22

世界はデング熱の流行と対峙している。世界保健機関(WHO)によると、感染症例は年間1〜4億件にのぼり、過去20年間で8倍に増加した。主な要因のひとつは、温暖化によって蚊の分布域が拡大していることだ。

デング熱のアウトブレイクで深刻な被害を受けている国の一つであるブラジルで、あるスタートアップが秘策を打ち出した。不妊化したオスの蚊を放つドローンだ。

バードビュー(Birdview)は、これまで農業用ドローン事業を展開してきた。害虫の天敵である昆虫を農地の隅々まで行き渡るように放出し、農家の殺虫剤使用量を減らすといったものだ。

2021年、エンジニアで創業者のリカルド・マチャドは、蚊が媒介する感染症の対策に携わる科学者たちの話を耳にして、1つのアイデアを思いついた。デング熱、黄熱病、チクングニア熱、ジカ熱は、いずれもネッタイシマカが媒介する感染症で、この蚊は淀んだ水の水面に産卵する。

科学者たちはこの種の蚊の不妊化したオスを、感染症例の多いコミュニティに放虫し、もとから土地にいるメスと交尾させる取り組みを進めていた。メスの繁殖能力を抑制し、新たに生まれる蚊の数を減らして、最終的には蚊が媒介する感染症の症例を減らすことを意図した対策だ。

当時、研究者たちは容器に入れた不妊オスを持って、徒歩や車で被害集落を回り、蚊の繁殖場所があるエリアに放出していた。だが、克服できないハードルが1つあった。集落のあちこちにある、淀んだ水が溜まりがちな場所をしらみつぶしにあたることだ。空き家の庭のプール、修理工場の裏手に積まれたタイヤ、墓地に放置された植木鉢など、こうしたポイントは枚挙にいとまがない。

マチャド創業者は考えた。ドローンならこの問題を解決できるかもしれない。バードビューのドローンは、10分間の飛行で25エーカー(およそ10万1000平方メートル)の土地に1万7000匹の蚊を放てるからだ。

「問題は、こうした隠れたすみかにどう到達するかです」と、マチャド創業者は言う。「ネッタイシマカの繁殖場所は普通、歩道のような開けた場所にはありません。人々がすぐに見つけて、壊してしまいますから。でもドローンなら、ほかの方法では行けないような場所に到達できます」。

バードビューは2021年以降、複数の組織と共同研究を重ねてきた。国連、サンパウロ大学(USP)、国営ブラジル農業研究公社(Embrapa)との研究を通じ、ドローンを使って蚊を放つことで感染症と闘うことがどれだけ効果的なのか、理解を深めてきたのだ。まず、ドローンと外部条件(乱気流など)の相互作用が蚊の生存率や飛翔能力にどう影響を与えるかに注目した。

結果は期待を持てるものだった。そこで次に、ブラジルのペルナンブコ州とパラナ州、および米国フロリダ州で飛行・放虫実験を実施した。フロリダではリー郡害虫管理局と協力し、「標識・放虫・再捕獲」と呼ばれる手法を用いて、放虫後に蚊がどこまで移動するかを検証した。これは不妊オスに特定の色の印を付けてから放虫し、のちにトラップで再捕獲して、蚊がどれだけ遠くまで飛んで移動したかを調べるものだ。また、産卵場所の候補地にもトラップを仕掛けて監視した。

「これまでのところ、私たちのやり方はうまくいっています」と、マチャド創業者は言う。

ドローンを使って蚊を放ち、感染症と闘う試みはほかにもある。あるチームはブラジル北東部で類似の研究を実施した。2015年と2016年にジカ熱のアウトブレイクが発生し、3308人の新生児に先天性異常が生じた地域だ。ほかにも、EUの助成を受けた実験がフランスとスペインで実施されている。

バードビューは現在、ネッタイシマカの不妊オス、あるいは「ボルバキア蚊」と呼ばれる個体を生産する複数の生物工場(昆虫工場)と交渉に当たっている(ボルバキアというバクテリアを注入されたネッタイシマカは、デング熱などのウイルスを媒介しなくなる)。こうした工場と提携することで、テクノロジーを他国に輸出することが目標だ。

「蚊は世界でもっとも多くの人命を奪っている動物です」と、マチャド創業者は言う。「できるだけ多くの昆虫工場と提携したいと思っています。この方法は、ネッタイシマカとそれが媒介する感染症との闘いにしか使えないものではありません。マラリアとの闘いにも利用できるのです」。

一方、バードビューのモデルを大規模化し、他の国々、特に低・中所得国にテクノロジーを輸出するにあたっては、まだハードルがあると指摘する専門家もいる。

「前途有望に思える方法ですが、どれだけ費用がかかるのか、詳細な検討が必要です」。こう話すのは、「顧みられない病気のための新薬イニシアティブ(Drugs for Neglected Diseases Initiative:DNDi)」で、デング熱グローバル・プログラムおよび科学問題の責任者を務めるニーリカ・マラヴィゲである。「このテクノロジーを利用するのがコスト面でどれだけ現実的なのか、他国にどのように技術移転すべきかについて、知る必要があります」。

マチャド創業者は、国連はこれまで低所得国での類似のプロジェクトに資金援助をしてきたことから、このプロジェクトも国連やその他の機関の支援を得られることを期待しているという。

マチャド創業者はまた、ドローンによる作業の分散化が重要だとして、コミュニティごとに少なくとも一人のパイロットを養成し、テクノロジーを普及させたいと語る。

「こうした作業をバードビューや他の企業に依存する必要はありません。私たちは人々が必要とするツールを提供し、彼らが自分たちのコミュニティを自ら守れるようにしたいのです」。

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