KADOKAWA Technology Review
×
EUのAI法は厳しい?緩い? 立法に関わったキーパーソン語る
DAINA LE LARDIC/EP via European Union
A conversation with Dragoș Tudorache, the politician behind the AI Act

EUのAI法は厳しい?緩い? 立法に関わったキーパーソン語る

年内に施行予定のEUの「AI法」は、市民社会からは基本的人権の保護が不十分だと批判され、産業界からは規制が厳しすぎると批判されている。だが、欧州議会でAI法の主席交渉官を務めたドラゴス・トドラケは、AI法が産業界をより良く変えると信じている。 by Melissa Heikkilä2024.04.11

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

ドラゴス・トドラケはかなり上機嫌だ。ブリュッセル郊外の湖を見下ろす城の会議室で座りながら、カヴァのグラスを傾けている。ルーマニアのリベラル派の欧州議会議員であるトドラケは、400人近いVIPゲストが参加する、人工知能(AI)、防衛、地政学に関する会議の司会で1日を過ごした。1日がほぼ終わり、トドラケ議員はカクテルアワーにインタビューの時間を取ると約束してくれた。

元内務大臣であるトドラケ議員は、欧州のAI政策において特に重要な人物の1人だ。トドラケは欧州議会における「AI法(AI Act)」の2人の主席交渉官の1人である。この法案は、この種のものとしては世界初の包括的なAI法で、今年中に施行される予定だ。私たちが初めて会ったのは2年前、トドラケ議員が法案の主席交渉官に任命されたときだった。

しかし、トドラケ議員がAIに興味を持ち始めたのはもっと前、2015年のことだ。トドラケ議員は、AIの超知能がどのように生み出されるのか、またそれが意味するものを探求したニック・ボストロムの著書『スーパーインテリジェンス(原題は『Superintelligence』)』を読み、AIの可能性と危険性、そしてAIの規制の必要性を認識したという(ボストロムは最近明るみになった90年代の電子メールで人種差別的な見解を述べたとしてスキャンダルに巻き込まれている。トドラケは、この本の出版後のボストロムの経歴は知らないとし、コメントを控えた)。

2019年に欧州議会議員に選出されたトドラケは、機会があればAI規制に取り組む決意を固めて就任したと言う。

「欧州委員会委員長であるウルズラ・フォン・デア・ライエンが議会を前にした最初の演説で、AI規制を設けると言ったのを聞いたとき、『おお、今こそ自分の出番だ』と口にしました」と、トドラケ議員は言う。

それ以来、トドラケ議員はAIに関する特別委員会の委員長を務め、AI法を欧州議会で通過させ、他のEU機関との交渉の末、最終的な形へと導いた。

熾烈な交渉、チャットGPT(ChatGPT)の台頭、テック企業のロビー活動、欧州の経済大国による手のひら返しなど、険しい道のりだった。しかし、AI法が成立した今、トドラケの仕事は一段落し、後悔はしていないという。AI法は、市民社会からは基本的人権の保護が不十分だと批判され、産業界からは規制が厳しすぎると批判されたが、トドラケは、法案の最終形は彼が期待していたような妥協の産物だったと言う。結局のところ、政治とはいかに妥協するかなのだ。

「飛びながら飛行機を作ることも多いでしょうし、やりながら学ぶことも多いでしょう」と、トドラケは言う。「しかし、私たちが立法で意図した真の精神が当事者全員によく理解されれば、その結果はポジティブなものになると確信しています」。

事はまだ始まったばかりだ。法律が完全に施行されるのは今から2年後である。しかしトドラケ議員は、この法律がテック業界をより良い方向に変え、モデルの構築方法の透明性をより高めなければならなくなる法的拘束力のある義務によって、企業が責任あるAIについて真剣に取り組むプロセスが始まると信じている(AI法について知っておくべき5つのことについてはこちら)。

「イノベーションの余地を残しつつ、適切な境界線の設け方についての青写真ができたという事実は、社会に資することになるでしょう。AIで何ができ、何ができないのか、予測可能な道筋が示されるので、ビジネスにも役に立ちます」。

しかし、AI法はほんの始まりに過ぎず、トドラケ議員が夜も眠れなくなるようなことはまだたくさんある。AIはあらゆる産業や社会の大きな変化の先駆けとなり、医療から教育、労働、防衛、そして私たちの創造性に至るまでのあらゆるものを変えるだろう。ほとんどの国は、AIが自国にとって何を意味しており、市民やより幅広い社会がAI時代に対応できるようにする責任が政府にあることを理解していないとトドラケ議員は言う。

「これからが正念場です」。

オープンAI初のアーティスト・イン・レジデンスとの対話

アレックス・レーベンの作品はしばしば不条理でときに超現実的だ。DALL-E(ダリー)が想像し、手で大理石から彫り出した巨大な耳のマッシュアップや、あらゆる人工知能(AI)アートをあざ笑う、チャットGPT(ChatGPT)の深い影響を受けて作られた作品群などだ。だが、そのメッセージはあらゆる人に関係する。レーベンは機械だらけの世界で人間が果たす役割や、その役割の変遷に関心を有している。レーベンはオープンAI(OpenAI)初のアーティスト・イン・レジデンス(外部から招聘され、任期つきで活動支援を受ける作家)だ。公式の任期は1月からの3カ月間だが、オープンAIの協力関係はここ数年続いている。

MITテクノロジーレビューのAI担当上級編集者のウィル・ダグラス・ヘブンがレーベンと対談し、AIがアートで果たせる役割、そしてAIに対するアーティストたちの反発について聞いた。詳しくはこちら

AI関連のその他のニュース

AI生成テキストの電子透かしは簡単に改ざんできる。AIが生成したテキストであることを示すための電子透かしは、簡単に除去でき、テキストの盗用や複製が可能であるため、役に立たないことが研究者によって明らかにされた。この種の攻撃は透かしの信用を失墜させ、人々を騙し、信用すべきでないテキストを信用させる可能性がある。AI法を含む世界中の多くの規制が、AIが生成したコンテンツを追跡するための透かしの開発に大きく期待する中、特に重要な発見だ。  (MITテクノロジーレビュー

3人の映像作家がSoraによる最新の驚愕映像を生み出した手法。オープンAIの新しい生成AIモデル「Sora(ソラ)」を数人の映像作家が試用した結果は驚くべきものだった。わずか6週間前にオープンAIがSoraをお披露目するために使用した、厳選されたデモ映像からも、短編動画は大きく飛躍している。3人の映像作家がどのような方法をとったのかを紹介している。(MITテクノロジーレビュー

映像生成AIの次なる展開は? 映像生成AIは、おそらく幅広いビジネスを一変させ、アニメーターから広告主まで、多くの専門家の役割を変えるだろう。 悪用の懸念も高まっている。フェイク映像を生成する能力が広く普及したことで、プロパガンダや同意を得ていないポルノが、これまで以上にインターネットに氾濫することになるだろう。そうなるのはわかりきっている。そして問題は、良い解決策が誰にもないことだ。(MITテクノロジーレビュー

グーグル、AIを活用した検索への課金を検討中。グーグルのビジネスモデルを大きく揺るがす可能性があるアイデアとして、同社はAIを活用した検索機能を有料化することを検討している。しかし、AIの検索結果がいかに信用できないものであるかを考えると、人々がそのためにお金を払いたいと思うかどうかは不明だ。(フィナンシャル・タイムズ

AI人材の争奪戦が過熱。レイオフがテック業界を席巻する中、AI人材の採用は依然として過熱ぎみだ。巨大テック企業は、億単位の給与を提示し、生成AIの経験を持つエンジニアリング・チーム全体を引き抜こうとさえしている。(ウォール・ストリート・ジャーナル

巨大テック企業によるAI訓練用データ購入競争の内幕。AIモデルは膨大なデータセットを使って訓練する必要がある。巨大テック企業は、ペイウォールやログイン画面の背後に隠されたデータセット、チャットログ、個人的な写真に対して、こっそりお金を支払っている。(ロイター

巨大テック企業は、AI訓練用のデータ収集でいかに手抜きをしているのか。AI企業は、自社の巨大なAIモデルを訓練するための質の高いデータを使い果たしている。より多くのデータを収集するために、オープンAI、グーグル、メタなどのテック企業は、手抜きをし、企業方針を無視し、法律を曲げて議論していることが、ニューヨーク・タイムズによって明らかになった。(ニューヨーク・タイムズ

人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  4. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
メリッサ・ヘイッキラ [Melissa Heikkilä]米国版 AI担当上級記者
MITテクノロジーレビューの上級記者として、人工知能とそれがどのように社会を変えていくかを取材している。MITテクノロジーレビュー入社以前は『ポリティコ(POLITICO)』でAI政策や政治関連の記事を執筆していた。英エコノミスト誌での勤務、ニュースキャスターとしての経験も持つ。2020年にフォーブス誌の「30 Under 30」(欧州メディア部門)に選出された。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  4. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る