KADOKAWA Technology Review
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消費から創造へ、
アーティストたちが模索する
生成AIとの新しい「共創」
JONATHAN REUS
人工知能(AI) Insider Online限定
How AI can help supercharge creativity

消費から創造へ、
アーティストたちが模索する
生成AIとの新しい「共創」

プロンプトの入力、ワンクリックで量産されるコンテンツによって、人間の創造性の発達が阻害される——。先駆的なアーティストと研究者たちは、AIの出力を受動的に消費するのではなく、「摩擦」や「意外性」を取り戻す新たな関係性を追求している。 by Will Douglas Heaven2025.04.25

この記事の3つのポイント
  1. 現在の生成AIは創作を簡単にしたが、創造に不可欠な「摩擦」や「失敗」の機会を減らしている
  2. 先駆的クリエイターたちはAIを単なる出力ツールでなく創造的パートナーとして活用する手法を探求中
  3. 真の創造性向上には、AIが予想外の提案や批評を行う双方向の「共創」関係構築が鍵となる
summarized by Claude 3

リジー・ウィルソンは時々、人工知能(AI)の相棒を連れてレイヴに現れる。

今年2月のある平日の夜、ウィルソンはイースト・ロンドンにある天井の低いロフト空間で、持ち込んだノートPCをプロジェクターに接続し、その画面を壁に映し出した。薄暗いピンク色の照明の下で、小規模な群衆がざわめいていた。ウィルソンは腰を下ろしてプログラミングを始めた。

会場のスピーカーからはテクノのビートと機械的なサウンドが鳴り響いた。壁に映し出された画面でウィルソンがコードを一行ずつ入力しながら、サウンドを微調整したり、リズムを繰り返したり、失敗すると顔をしかめたりするのを、観客はうなずきながら見守っていた。

ウィルソンはライブコーディング演奏者だ。一般的な電子音楽プロデューサーのように専用のソフトウェアを使うのではなく、ライブコーディング演奏者は即興でコードを書いてその場で楽曲を生み出す。この即興パフォーマンス・アートは「アルゴレイヴ」と呼ばれている。

「ライブを見に行って、誰かがただノートPCの前に座っているだけだと、ちょっと退屈ですよね」とウィルソンは言う。「音楽自体は楽しめますが、パフォーマンスとしての魅力に欠けます。ライブコーディングだと、私が何を入力しているのか、みんなが見ることができます。そして、私がノートPCをクラッシュさせると、みんな本当に喜んでくれるんですよ。歓声が上がります」。

ライブコーディングにはリスクが付きものだ。だからウィルソンは、「ライブコーディング・エージェント」という独自のビートやループをミックスに加える生成AIモデルを使ってアレンジを加えることで、自身のパフォーマンスをさらにワンランクアップさせようとしている。ライブコーディング・エージェントはしばしば、ウィルソンが思いつかなかったような音の組み合わせを提案してくる。「意外な展開になることもあります。とにかくやってみるしかないんです」。

ロンドン芸術大学クリエイティブ・コンピューティング研究所(Creative Computing Institute)の研究員であるウィルソンは、「共創性(co-creativity)」あるいは「モア・ザン・ヒューマン(人間の枠組みを超えた)創造性」と呼ばれる分野に取り組む研究者のひとりである。共創性の研究では、AIを用いて創造的プロジェクトにインスピレーションを与えたり、批評を加えたりすることで、人間だけでは生み出せなかった作品の創出を目指している。ウィルソン研究員のチームは、AIがどのように人間の芸術活動(ウィルソン研究員の場合は音楽の即興演奏)を支援できるかを探るために、このライブコーディング・エージェントを開発した。

これは、オープンAI(OpenAI)やグーグル・ディープマインド(Google DeepMind)といった企業が提供している既存の生成AIツールに期待されている将来像をはるかに超えるビジョンである。これらのツールは、驚くほど多様な創造的作業を自動化し、ほぼ即時にユーザーに満足感を与えることができる。しかし、それは何を犠牲にしているのだろうか。一部のアーティストや研究者は、こうしたテクノロジーによって、人間がAIによって量産された低品質なコンテンツ、いわゆる「AIスロップ(AI slop)」の受動的な消費者に成り下がってしまうのではないかと懸念している。

そこで彼らは、創作プロセスに再び人間の創造性を注入する方法を模索している。目標は、人間の創造性を奪うのではなく、それを強化するAIツールを開発することだ。人間が作曲やゲーム開発、玩具のデザインなどの分野でより優れた成果を生み出す助けとなり、人間と機械がともに創造する未来の基盤を築くことにつながるツールである。

最終的にAIは、アーティストやデザイナーにまったく新しい表現手段を提供し、これまでに存在しなかった作品を生み出すよう促し、あらゆる人に高い創造力を発揮できる力を与えることになるだろう。

創造性の爆発

創造性を発揮する方法はひとつではないが、人間は皆、創造的な行為を行なっている。ミームから名作まで、あるいは幼児の落書きから工業デザインまで、人間はあらゆるものを生み出している。創造力は成長するにつれて失われていくものだという誤った考え方がある。特に大人の間ではそう考える人が多い。しかし、料理であれ、シャワーを浴びながら歌うことであれ、あるいは奇妙なティックトック動画を作り上げることであれ、多くの人が純粋な楽しみのために創造性を発揮している。それは高度な芸術である必要も、世界を変えるアイデアである必要もない(もちろん、そうであっても構わない)。創造性は人間の根源的な行動であり、それは称賛され、奨励されるべきものである。

「Midjourney(ミッドジャーニー)」やオープンAIの「DALL-E(ダリー)」、そして人気のオープンソース「Stable Diffusion(ステーブル・ディフュージョン)」といった、テキストから画像を生成するAIモデルの登場は、創造性に極めてよく似た爆発的な現象を引き起こした。何百万人もの人が、あらゆるスタイルで、あらゆる対象の驚くほど高品質な画像を、ワンクリックで生成できるようになった。次に登場したのは、テキストから動画を生成するモデルだった。そして現在、ユーディオ(Udio)のようなスタートアップが、音楽向けの生成AIツールを開発している。創造の果実に、かつてないほど多くの人の手が届くようになったのだ。

しかし、多くの研究者やアーティストは、こうした生成AIツールにまつわる誇大広告が、創造性の本質を歪めてしまったと考えている。米国メリーランド州立タウソン大学で共創性を研究しているジェバ・レズワナ助教授は、「私がAIに何かを作るように頼んだところで、私が創造性を発揮しているとは言えません」と語る。「それは一発勝負のやり取りです。クリックすれば何かが生成され、それで終わりです。『ここは気に入ったけど、ここはちょっと変えたらどうかな』とは言えません。あれこれ話し合うことはできないのです」。

レズワナ助教授が指摘しているのは、ほとんどの生成モデルの基本的な設計だ。生成AIツールにフィードバックを与え、再生成を指示することはできる。しかし、新しい結果は毎回ゼロから生成されるため、ユーザーの意図どおりの結果を得るのが難しいこともある。アート集団「シャイ・キッズ(Shy Kids)」を率いる映画監督のウォルター・ウッドマンは昨年、オープンAIの動画生成モデル「Sora(ソラ)」を使って初めて短編映画を制作した後、次のように述べた。「Soraは、出力内容に関しては、スロットマシンのようなものです」。

さらに、こうした生成AIツールの最新版では、少なくともデフォルト設定では、ユーザーが入力したプロンプト(指示文)をそのまま使って画像や動画を生成していない。プロンプトがモデルに送信される前に、ソフトウェア側で編集され、しばしば数十語が見えない形で追加されることで、より洗練された出力が得られるようになっている。

キングス・カレッジ・ロンドンで「コンピューターによる創造性(computational creativity)」を研究しているマイク・クック上級講師は、「出力を良く見せるために、余計なものが加えられるのです」と説明する。「たとえば、Midjourneyに下手な絵を描いてほしいと頼んでみてください。Midjourneyにはそれができません」。このような生成ツールは、ユーザーが望むものを提供するのではなく、ユーザーが望んでいると開発者が考えるものを提供するのだ。

ウィルソン研究員と同じ、クリエイティブ・コンピューティング研究所に所属するニック・ブライ …

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