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英国が動物実験廃止計画、臓器チップやAIで代替
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These technologies could help put a stop to animal testing

英国が動物実験廃止計画、臓器チップやAIで代替

英国が2030年までに動物実験を段階的に廃止する野心的計画を発表。人間の臓器を模した「臓器チップ」やデジタルツイン、AIによる新薬設計が、動物実験のない未来を現実的にしている。 by Jessica Hamzelou2025.11.18

この記事の3つのポイント
  1. 英国が動物実験段階的廃止計画を発表、2030年までに犬や霊長類での薬物試験削減を目指す
  2. 臓器チップやAI技術の進歩により動物実験に代わる新たな研究手法が実用段階に到達している
  3. 規制当局の要求や生体反応完全再現の技術的限界により完全廃止には課題が残されている
summarized by Claude 3

先週、英国の科学大臣が野心的な計画を発表した。動物実験を段階的に廃止するというものだ。

11月11日に発表された戦略によると、皮膚刺激性の可能性がある物質の動物実験は来年末までに停止される。2027年までに、研究者はマウスを使ったボトックスの強度試験を「終了することが期待されている」。さらに、犬や非ヒト霊長類での薬物試験は2030年までに削減される。

このニュースは他国の同様の動きに続くものである。4月には、米国食品医薬品局(FDA)がモノクローナル抗体療法における動物実験を「より効果的で人間に関連性の高いモデル」に置き換える計画を発表した。また、2024年6月のワークショップを受けて、欧州委員会も化学物質の安全性評価における動物実験を段階的に廃止するための「ロードマップ」策定に着手した。

動物愛護団体はこうした取り組みを何十年も求めてきたものの、代替手段が不足していたため、動物実験をやめるのは困難だった。だが、医学と生物工学の進歩が、その状況を変えつつある。

動物は数千年にわたって科学研究に使用されてきた。物実験は、動物の脳や身体がどのように機能するかに関する多くの重要な発見につながった。また、規制当局が薬剤をまず実験動物で試験することを求めているため、動物実験は人間および他の動物向けの医薬品や医療機器の開発において重要な役割を果たしてきた。

現在、英国や米国などの国々では、動物研究を規制し、科学者に複数の許可証の取得や、動物の飼育・管理に関する規則の遵守を義務づけている。それでもなお、毎年数百万匹の動物が研究に使われている。多くの科学者は動物実験への関与を望まず、一部の人々は動物研究の正当性そのものに疑問を呈している。特に、動物で有望に見えた治療法のおよそ95%が市場に出ないという事実を踏まえると、なおさらである。

近年では、人間や他の動物で実験をせずに、人体をモデル化し潜在的治療法の効果を試験できる新たな技術が飛躍的に進歩している。

たとえば、「臓器チップ(organs on chips)」と呼ばれる技術がある。研究者たちは、小さなプラスチック容器の中にヒトの臓器のミニチュア版を作り出している。これらのシステムには、成熟した臓器で見られるのと同じ細胞の組み合わせが含まれており、それらの細胞に栄養を供給する仕組みも備わっている。

現在では、複数の研究チームが肝臓、腸、心臓、腎臓、さらには脳のモデルを開発しており、すでに研究に活用されている。心臓チップは、低重力下での反応を観察するため宇宙に送られた。FDAは、新型コロナワクチンの評価に肺チップを使用した。腸チップは放射線の影響を調べる研究に使われている。

中には、複数のチップを接続して「身体チップ(body on a chip)」を作ろうと取り組む研究者もいる。ただし、この試みは10年以上前から続いているが、完全な実現には至っていない。

同様に、他の研究者たちは、臓器のモデルや、さらには胚のモデルを実験室で作成しようとしている。細胞の集団を小さな3D構造に育てることで、臓器の発達や機能を研究し、薬剤の試験すら可能になる。それらは個別化することもできる。誰かの細胞を使えば、その人特有の臓器をモデル化することができるのだ。発達中の胎児のオルガノイドを作成することに成功した研究者もいる。

英国政府の戦略では、人工知能(AI)の可能性にも触れられている。多くの科学者は、膨大なデータベースを解析し、たとえば遺伝子、タンパク質、疾患の関連性を発見するためのツールとして、すでにAIを積極的に活用している。ほかにもAIを使ってまったく新しい薬を設計している研究者もいる。

こうした新薬は、バーチャル人間に対して試験される可能性がある。物理的な人間ではなく、コンピューター内に存在するデジタルな再構築体だ。生物医学エンジニアはすでに臓器のデジタルツインを開発している。進行中の試験では、実際の心臓手術の方法や場所を外科医に示すために、デジタル心臓が使われている。

この試験を主導する生物医学工学教授のナタリア・トライアノヴァによれば、彼女のモデルは心房細動の治療として焼灼すべき心臓組織の領域を推奨できるという。彼女のツールは通常2~3カ所を提案するが、ときにはそれ以上の領域を示すこともある。「彼らはただ私たちを信頼するしかないのです」と彼女は私に語った

2030年までに動物実験を完全に廃止するのは、おそらく難しい。英国政府も、FDA、欧州医薬品庁、世界保健機関を含む多くの規制当局が依然として動物実験を求めていることを認めている。また、動物実験の代替手段は大きく進歩してきたが、生きた身体が治療にどう反応するかを完全に再現することは、まだできていない。

少なくとも現時点では。しかし近年の進歩を考えれば、動物実験のない未来を思い描くのは、それほど難しくないかもしれない。

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生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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