KADOKAWA Technology Review
×
【春割】実施中!年間購読料20%オフ!
死は「道徳的悪」である——
台頭する長寿運動の急進派
「バイタリズム」とは
Chris Labrooy
生物工学/医療 Insider Online限定
Meet the Vitalists: the hardcore longevity enthusiasts who believe death is “wrong”

死は「道徳的悪」である——
台頭する長寿運動の急進派
「バイタリズム」とは

死を克服することは「人類の計り知れない道徳的義務」だ——そう訴えるバイタリズム運動が、米国の法律と政府ポストを変えようとしている。創設者たちはモンタナ州の規制緩和立法に関与し、6つの連邦政府空席ポストへの候補者獲得活動まで展開する。 by Jessica Hamzelou2026.04.13

この記事の3つのポイント
  1. バイタリズム運動は死を道徳的悪とみなし、老化克服を人類最優先課題とする新たな長寿革命を目指している
  2. 創設者らは政府職員や富裕層への影響力拡大を通じて、実験的治療法の規制緩和や政策変更を実現しつつある
  3. 死を克服する社会への変革は人間性の根本的変化を伴うため、倫理学者らは文化的意義の喪失を懸念している
summarized by Claude 3

「皆さんの中で、不本意な死が良いことだと考える方はいますか?」

ネイサン・チェンはここ数年、このようなスピーチを繰り返してきた。だからこの後、どのような話の展開になるか、私には分かっていた。彼は80人ほどの聴衆に、死は悪いものだと説得しようとしていたのだ。そして、死を克服することが人類の最優先課題であるべきであり、文字通り、社会や政治の階層構造において何よりも優先されるべきだと話そうとしていた。

「もし皆さんが、人生は善であり、そこには固有の道徳的価値観があると信じるなら」と彼は聴衆に語りかける。「究極の論理的帰結が、人類は寿命を無期限に延ばすよう努めるべきだということになるのは当然でしょう」。

そして、老化の問題を解決することは、「私たち全員が関わるべき、計り知れない道徳的義務を伴う課題です」と付け加えた。

これは2025年4月末の出来事だ。歓声が上がる中、聴衆はすっかり納得しているようだった。彼らはカリフォルニア州バークレーの会場に集い、「バイタリスト・ベイ・サミット」なる3日間のイベントに参加していた。このイベントは、医薬品に関する規制から人体冷凍保存まで、死との戦いに活用できる可能性のあるツールを探るさまざまなイベントが用意された、2か月間の長期滞在プログラム(単に「バイタリスト・ベイ」と呼ばれる)の一環で行われた。しかし、その主な目的の1つは、数年前にチェンと同僚のアダム・グリースが立ち上げた、やや急進的な運動「バイタリズム」の理念を広めることであった。

従来の小文字で始まるバイタリズム(生気論)とは無関係のこのバイタリズムは、一見単純な基本哲学に基づいている。死は悪であり、生は善であると認めることである。しかし、それを実行するための戦略は、「長寿革命を起こす」というもので、はるか明白に複雑なのだ。

近年、長寿への関心は確かに高まっているが、バイタリストたちは、そのブランディングには問題があると考えている。「長寿」という言葉は、根拠のないサプリメントの販売に使われ、「アンチエイジング」という言葉はクリニックが治療を売り込むために使い、「トランスヒューマニズム」という言葉は、死を克服するという範囲をはるかに超えた思想に関連付けられている。より広範な長寿関連分野の誰もが、実際に「死をなきものにする」というバイタリストたちのコミットメントを共有しているわけではない。長寿運動を長年にわたって支持し、いまでは熱烈なバイタリズムの顔となっているグリースは、2024年に行われたこの運動に関するオンラインプレゼンテーションで、「私たちには新しい理念が必要だった」と述べた。

「バイタリズム」は新しいスタートを切った。バイタリストたちは死を克服する運動を開始し、その目標を個人、社会、そして国家の行動の原動力とすることになる。長寿はもはや副次的なものではいられなくなった。バイタリズムが成功するには、予算を変える必要がある。政策を変える必要がある。文化を変える必要がある。最も熱心な信奉者にとっての長寿とは、全身全霊を捧げることなしには達成できない、壮大な使命なのだ。

グリースはプレゼンテーションのなかで、「社会のシステムと優先順位を最高レベルで変革することが目的だ」と述べた。

言っておくが、バイタリストたちが追い求める効果的な抗老化治療法はまだ存在しない。しかし、そこが肝心な点だ。バイタリストたちが自らの信条を広め、科学に影響を与え、支持者を獲得し、資金を集め、最終的には政府の政策や優先事項を変えることができれば、そのような治療法は実現可能だと彼らは信じているのだ。

ここ数年、グリースとチェンは、ロビイスト、学者、バイオテクノロジー企業のCEO、富裕層、さらには政治家までもをこの運動に引き入れようと活動しており、「バイタリズムを加速させる」ための非営利財団を正式に設立した。現在、バイタリストの数は増加傾向にあり(財団に会費を払う会員もいれば、非公式な支持者、そして理念を支持しながらも公には認めない人もいる)、財団は条件を満たしたバイオテクノロジー企業をバイタリスト組織として「認定」し始めている。おそらく最も大きな成果は、グリース、チェン、そして彼らの仲間たちが、未検証の実験的治療法へのアクセスを容易にする米国州法の方向づけにも関与するようになっている点だ。そして、国家レベルでも同じことができるようになることを彼らは期待している。

こうした活動が、バイタリストたちの存在感、ひいては影響力を高めるのに一役買っている。過去には、永遠の命や死を「選択的」なものにするといった主張をする人たちは、学術界の同僚から無視されてきた。私は、10年にわたって老化科学という幅広い分野を取材してきたが、科学者たちがそのような主張をする人たちに呆れた表情を見せ、肩をすくめ、背を向ける姿を見てきた。しかし、バイタリストたちに対しては、そうではない。

死を克服するというバイタリストの考えは、突飛で実現不可能であり、自らの分野の信用を失墜させる可能性があると考える科学者たちでさえ、バイタリズムの創設者たちとともに壇上に上がり、こうした真面目な研究者たちが、より伝統的な学術イベントにおいて彼らに発言の場を提供している。

こうした同僚のような連携を私はバイタリスト・ベイで直接目にした。 ハーバード大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校の教員たちが、イベントで講演を行ったのだ。カリフォルニア州ノバトにあるバック老化研究所(Buck Institute for Research on Aging)を率いる著名な研究者エリック・ヴァーディンも登壇を予定していたが、スケジュールの都合で結局来場できなかった。「何が実現可能なのかについては、私はまったく異なる考えを持っています」とヴァーディンは私に語った。「しかし、それは長寿運動の一部であり、誰もが自由に意見を述べられる場なのです」。

ほかにも著名な科学者が数多く参加し、その中には米国連邦政府の保健研究・革新技術機関である保健高等研究計画局(ARPA-H)の代表者も含まれていた。そして、バイタリスト・ベイ・サミットの終了直後、私がワシントンD.C.で開催される長寿に関する別のイベントに出発する際、サミット参加者のかなりの人数もワシントンD.C.に向かった。米国議会議員に対し、長寿の重要性を訴えるためだった。

バイタリストたちは、老化の科学や寿命を延ばす治療法の開発だけでなく、死を克服することが人類の最大の関心事であるという彼らの哲学が受け入れられる兆しが生まれてつつあると感じている。

もちろん、そうなるとかなり奥深い疑問が湧いてくる。「死のない社会はどのようなものになるのか? そもそも、私たちはそれを望むのだろうか?」ということだ。結局のところ、死は世界中で人間文化の重要な一部となっている。たとえバイタリストたちがその崇高な目標を実現できないとしても、彼らの影響力の拡大は私たち全員に影響を及ぼす可能性がある。彼らがより多くの研究所や企業を運営し、法律や政策の策定に関与するにつれて、老化を本当に遅らせる、あるいは逆転させる治療法が発見されるかもしれない。しかし一方で、一部の倫理学者は、実験段階の未検証の医薬品(潜在的に危険なものも含む)が、場合によってはほとんど、あるいはまったく監視されないまま、より入手しやすくなることを懸念している。

グリースはこの問題に関して、究極的には異なる倫理観を持っている。彼は、「死を受け入れる」という態度こそが、倫理的であるとみなされる資格を失わせるものだと考えている。「死は単に間違っています」と彼は言う。「一部の人にとって間違っているだけではありません。すべての人にとって間違っているのです。」

革命の誕生

2025年4月25日、バイタリスト・ベイ・サミットに到着した私は、会場に熱狂的な長寿支持者が求めるあらゆるものが揃っていることに気づいた。仮眠室、DEXA体組成計、バスの中のサウナ、そして希望者には24時間カラオケも用意されていた。

その日のイベントには約300人が申し込んでいたと聞いた。これはその前の週の参加者数を上回る数字だった。おそらく世界で最も有名な長寿主義者であるブライアン・ジョンソンが登場する予定だったからだろう(ジョンソンがそこで何をしていたのか、もっと詳しく知りたい方は、こちらのインタビュー記事をお読みいただきたい)。

しかし、その日最初に聴衆に語りかけたのは、死にたくないと願う40代の男性、グリースであった。運動能力が高くエネルギッシュな彼は、鮮やかな黄色のショートパンツと長袖のシャツを着てステージを跳ねるように駆けまわり、「人生を選ぼう:バイタリズム(VITALISM)」と人々に訴えかけた。

グリースはテック起業家で、自らを「バイラリティに長けた」独学のソフトウェアエンジニアと称している。2000年代の大学時代から複数の企業を立ち上げ、その売却によって個人資産を増やしてきた。

長寿に深く関心を寄せる他の多くの人たちと同様に、グリースが寿命延長に強い関心を持つようになったのは、象徴的な長いあご髭とそれにマッチしたポニーテールがトレードマークの、物議を醸す研究者オーブリー・デ・グレイの影響である。彼は、「老化に打ち勝つ」という楽観的な見解、さらには長寿関連の起業家2人に性的な発言をしたとされることで広く知られている(デ・グレイはメールで、これらの発言のうち1つについては「一度も反論したことはない」と述べ、もう1つの発言にについてはその事実を否定した。「私が長寿コミュニティー内で地位を維持していることが、事実を物語っています」と彼は付け加えた)。

大きな反響があった2005年のTEDトーク(再生回数480万回以上)で、デ・グレイは人類が1000歳まで生きると予測し、死を回避し続ける新しい技術の可能性、そして一部の人は永久に死を回避できるようになる可能性について語った(昨年収録されたポッドキャストで、チェンはこのトークの録音を「元祖長寿の秘訣YouTube動画」と表現した)。

「人生が素晴らしいものだということは、私には明らかでした」とグリースは話す。「ですから、『なぜ生きたくないと思うのか?』というふうに思います。」

グリーズにとって2つ目の転機は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック初期に訪れた。彼は、倒産するだろうと予想していた企業に対して、事実上「逆張り」の賭けに出たのだ。「この投資で50倍の利益が出ました」と彼はいう。「まるで映画『マネー・ショート』の世界を生きているようでした」。

グリースは妻とともに、サンフランシスコから彼が育ったイスラエルへ逃れ、その後台湾へと渡った。そこで彼は「ゴールデンビザ」を取得したのだが、台湾は当時、新型コロナウイルス感染症の症例が1件も報告されていないわずか2か国のうちの1つであった。資産が増えていくにつれ、彼は仕事から少し離れ、人生の目的について考える時間を持つことができた。「『生きることこそが人生の目的だ』というのが私の答えでした」と彼は話す。彼は死ぬことを望まなかった。往々にして加齢に伴う「衰えの旅」を経験したくなかったのだ。

そこで彼は、長寿の実現に身を捧げることを決意した。そして、自分と同じくらい情熱を注いでいると思われる人たちを探し始めた。2021年、その探求の過程で、彼はトロントを拠点とする中国系カナダ人起業家のチェンに出会った。チェンは数年前、自身のWebサイトで「大きな存在危機」と表現している出来事を経験した後、物理学の博士課程を中退し、「急進的な長寿研究」に自身の焦点を移した(チェンは本誌の取材依頼に応じなかった)。

2人は「すぐに意気投合した」とグリースは言う。そしてその後2年間、自分たちに何ができるかを模索し続けた。最終的にたどり着いた答えが「革命」だった。

グリースは、過去の重要な宗教運動や社会運動は、まさにこのようにして起こったと結論づける。そして、2人はフランス革命やアメリカ独立戦争などにインスピレーションを求めたという。彼らは、ある種の「啓蒙」と「ハードコアなグループ」から出発し、世界的な影響を及ぼすような大きな社会変革を追求するという構想だった。

「革命がなければ、私たちは死んだも同然だと確信していました」とグリースは語る。

信奉者の拠りどころ

彼らは、初期の段階でバイタリスト宣言なるものを定めた。信奉者向けのホワイトペーパーで、そこには5つの核心的な声明が列挙されている。

この宣言文に明示的に記載されているわけではないが、彼らにとって、これを運動としてだけでなく、道徳哲学として捉えることが重要だった。チェンは、道徳観が「私たちの人生におけるほとんどの行動を導く」と当時述べている。バイタリズムについても同様であるべきだとの考えを彼は示した。

グリースもこの考えに賛同している。「死は道徳的に悪い」という信念が、行動変容を促すために必要だと、彼は2024年に私に語った。そして、人々を困難な行動へと駆り立てるのは、道徳的な衝動、あるいは道徳的な目的なのだと付け加えた。

革命とは、結局のところ困難なものだ。そして、グリースが言うように、「無限の健康を優先事項の頂点に据えて」成功するためには、この運動が政府に浸透し、政策決定や国家予算に影響を与える必要がある。アポロ計画は、米国のGDPの1%にも満たない資金で人類を月へ送り込んだ。GDPのわずか1%で、人類の長寿実現に何ができるだろうか想像してみてほしいと、グリースは問いかける。

そういうわけで、グリースとチェンが2023年にモンテネグロの「ポップアップ都市」ズザルでバイタリズムを立ち上げたのは理にかなっている。ズザルは、志を同じくする長寿主義者たちに2か月間の滞在場所を提供した。この集まりはある意味、彼らが成し遂げようとしていたことのゆるやかなプロトタイプだったのだ。チェンはそこで、約1万人のバイタリストをロードアイランド州に移住させたいという思いを語った。ロードアイランド州はバイオテクノロジーの中心地ボストンに近いだけでなく、人口がかなり少ないため、彼らの哲学を共有する新たな有権者が流入して、地方選挙や州選挙に影響を与えることができると彼らは考えていた。「5000人から1万人。それだけいれば十分です」と彼は語った。また、ロードアイランド州でなくても、州の政策を内部から変えることができる、他の比較 …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
【春割】実施中!年間購読料20%オフ!
人気の記事ランキング
  1. Here’s why some people choose cryonics to store their bodies and brains after death 蘇生の可能性は「限りなく小さい」、それでも人体冷凍保存を選ぶ理由
  2. Are high gas prices good news for EVs? It’s complicated. ガソリン高騰でEV人気も、「だから言ったでしょ」と喜べない理由
MITテクノロジーレビューが選んだ、 世界を変える10大技術

MITテクノロジーレビューの記者と編集者は、未来を形作るエマージング・テクノロジーについて常に議論している。年に一度、私たちは現状を確認し、その見通しを読者に共有する。以下に挙げるのは、良くも悪くも今後数年間で進歩を促し、あるいは大きな変化を引き起こすと本誌が考えるテクノロジーである。

特集ページへ
AI革命の真実 誇大宣伝の先にあるもの

AIは人間の知能を再現する。AIは病気を根絶する。AIは人類史上、最大にして最も重要な発明だ——。こうした言葉を、あなたも何度となく耳にしてきたはずだ。しかし、その多くは、おそらく真実ではない。現在地を見極め、AIが本当に可能にするものは何かを問い、次に進むべき道を探る。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る