タブー化する「ワクチン」、次世代がん治療が改名された事情
COVID-19のmRNAワクチンで有名になったモデルナは、同社が手掛ける有望ながん治療法をワクチンと呼ぶことを避けている。科学の成果を守るために言葉を変える戦略は現時点ではうまくいっているようだ。 by Antonio Regalado2026.04.13
- この記事の3つのポイント
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- モデルナは政府のワクチン懐疑論により感染症ワクチン開発が困難となり、がん治療分野への注力を余儀なくされている
- 同社はmRNA技術を用いたがんワクチンを「個別化ネオアンチゲン療法」と改名し、政治的圧力を回避する戦略を採用している
- 医師らは正確な呼称の重要性を主張するが、研究継続のための現実的対応として名称変更を受け入れる声もある
国防省か、それとも戦争省か? メキシコ湾か、アメリカ湾か? ワクチンか、それとも「個別化ネオアンチゲン治療」か?
これは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンメーカーであるモデルナ(Moderna)が直面する、トランプ時代の語彙のパラドックスである。インフルエンザや新興病原体に対する次世代mRNAワクチンの計画は、連邦政府内のワクチン懐疑論者によって打ち砕かれた。契約の取り消しと非友好的な規制当局により、米マサチューセッツ州を拠点とするこのバイオテクノロジー企業はギリギリのところまで追い込まれている。
2025年、米保健福祉省長官のロバート・F・ケネディ・ジュニアはmRNAに狙いを定め、鳥インフルエンザ・ワクチンに対するモデルナへの7億7600万ドルの資金提供を含む数十のプロジェクトへの支援を打ち切った。2026年1月までに、同社は感染症に対するワクチン開発の後期段階プログラムを全面的に中止せざるを得ない可能性があると警告していた。
これにより、モデルナの研究の第2の分野における重要性が高まっている。メルク(Merck)とのパートナーシップにより、同社はmRNA技術を使って、がんワクチ◯として知られる非常に有望な技術を通じて腫瘍を破壊している。
「それはワクチンではありません」。メルクの広報担当者が、私の口からV-word(日本版注:Vから始まるタブーキーワードを表す表現)が出る前に割り込んだ。「それは個別化ネオアンチゲン療法です」。
いや、しかしそれはワクチンのことである。そしてその仕組みは次の通りだ。モデルナは患者のがん細胞の遺伝子配列を解析し、その表面で最も醜く、最も特異的な分子を見つける。そして、ネオアンチゲンと呼ばれるそれらの同じ分子の遺伝子コードを注射にパッケージする。注射を打たれた患者の免疫システムは、それらの不快な表面マーカーを持つ細胞をすべて殺すように命令を下す。
メカニズムとしては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンと似ている。もちろん異なるのは、患者がウイルスではなく、がんに対して免疫を持つようになることである。
そしてこれは画期的な可能性を示している。2026年、モデルナとメルクは、このような注射が、最も致死率の高い皮膚がんの患者が手術後に再発で死亡する可能性を半分に減らせることを示した。
規制当局への提出書類などの正式なやり取りで、モデルナは2023年以降、この注射をがんワクチンと呼んでいない。それは同社がメルクと提携し、この技術を個別化ネオアンチゲン療法(INT)として再ブランド化した時期である。モデルナのCEO(最高経営責任者)は当時、名称変更は「プログラムの目標をより良く説明するため」だと述べた。がん治療薬の研究にも取り組んでいる欧州のワクチンメーカーであるバイオンテック(BioNTech)も言葉遣いを変更し、2021年の「ネオアンチゲン・ワクチン」から最新の報告書では「mRNAがん免疫療法」に移行している。
これらを治療法として位置づける論理は、患者がすでにがんを患っているため、予防措置ではなく治療であるというものだ。しかし、もう1つの目標が何であるかは公然の秘密である。米国の高官たちが煽るワクチン恐怖症から、重要なイノベーションを遠ざけることだ。「ワクチンは今日では汚れた言葉かもしれませんが、私たちは依然として科学を信じています。感染症と戦うだけでなく、うまくいけば、がんとも戦うために免疫システムを活用できると信じています」。モデルナのがんプログラム責任者、カイル・ホーレンは2025年夏にボストンで開催された大規模なバイオテクノロジーイベント「バイト(BIO) 2025」でこう述べた。
言葉遊びに不満な人もいる。モデルナの試験に患者を登録しているマサチューセッツ総合病院のライアン・サリバン医師を例に取ろう。サリバン医師は、この変更によって試験参加者が適切に情報を得ているかどうかについて疑問が生じると述べている。「ワクチンであるという理由でがんの治療を拒否する患者がいるのではないかという懸念があります。しかし、多くの同僚と同様に、それを正しく呼ぶことが重要だと感じました」。
しかし、言葉1つのために徹底的に戦う価値があるだろうか? トロントのプリンセス・マーガレット・がんセンターの腫瘍内科医で、新しい注射の安全性試験に関与しているリリアン・シウは、米国の政治を遠くから見守っている。シウ医師は、「研究を継続できるのであれば」名称変更は受け入れられると考えている。
ホーレン責任者は、モデルナに苦情を言っている医師たちは基本的にワクチンを擁護したいという動機に駆られていると私に語った。言うまでもなく、ワクチンは史上最も偉大な公衆衛生対策の一つである。彼らはモデルナに対して、強い姿勢を維持してほしかったのだ。
しかし、そうなってはいない。モデルナの最新結果が2026年2月に発表されたとき、論文の本文では「ワクチン」という言葉は一切使用されていなかった。この用語を見ることができたのは脚注だけで、それも古い論文や特許のタイトルにおいてだ。
これらすべては、ケネディ保健福祉省長官の戦略が功を奏している兆候かもしれない。保健福祉省は、mRNAワクチンを人々の懸念の焦点にし、その普及を阻害し、企業にとっての価値を下げ、その擁護者を脇に追いやっているように見える。
それでも、モデルナの戦略もうまくいっているのかもしれない。少なくとも今のところ、米国政府は同社のがんワクチ◯、つまり、個別化ネオアンチゲン療法について多くを語っていないのだ。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。