KADOKAWA Technology Review
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トランプ生んだ自動化の闇
西海岸が理解できない
「おごり」と「誇り」
J.D. Pooley | Getty Images
カバーストーリー Insider Online限定
Why robots helped Donald Trump win

トランプ生んだ自動化の闇
西海岸が理解できない
「おごり」と「誇り」

テクノロジーの進化による労働者の失業への不安感は、単に所得保障をすればいいというものではない。彼らの自信と誇りをないがしろにしてきたつけが、トランプを大統領に押し上げたと考えればつじつまがあう。 by Brian Alexander2018.07.12

ロナルド・シュルーズベリー2世はかつて、「ロボットのお医者様」と呼ばれていた。いまはもっと官僚的な響きの肩書がついて「WCM(World Class Manufacturing:世界クラス製造)の電子技術専門家」と呼ばれているが、ロボットのお医者様ではあり続けている。オハイオ州にある巨大な複合組み立て施設のトレド工場では、数千台のロボットが働いている。126万平方メートルもの敷地を抱えるジープ(Jeep)の専用工場だ。多くの1本アームのロボットが金属部品に覆いかぶさるように動作し、黙々と組み立てている。塗装工場では、ロボットは車種の1つ「ラングラー(Wrangler)」の車体に何層もの塗装コーティングをしている。

トレド工場は米国で際立って自動化されている自動車工場の1つだ。1シフト(8時間)で500台を生産できる。2006年に閉鎖されたジープのコーブ(Cove)工場よりもずっと多い。ロボットのおかげで組立作業は容易になった。それまでは、人が持ち上げたり、押し込んだりする作業が多かった。塗装工は、昔の潜水士が使っていたようなホース付きの頭全体を覆うマスクを被って作業していた。車体工場の溶接工は上から吊るされた何本もの溶接機と格闘していた。このため、「背中、腕、手根管(腱と神経が通っている手首内の管)、肩の腱板が痛いと訴える人が多くいました」とシュルーズベリーは話す。「彼らは肉体的な痛みに悩まされていました」。新しい工場は手術室のように清潔な場所もあり、以前の暗くて汚いコーブ工場とはまったく違う。生産ラインで製造される車の品質も向上した。

シュルーズベリー自身、1984年にコーブ工場で組立ラインの単純作業員として働き始めた。その後、彼は電気技師の研修員に立候補し、技能を習得した。シュルーズベリーの経歴は、古き良き時代の工場技術者の夢を実現した成功物語だ。自動化のおかげで新しい技術を勉強する機会が与えられ、給料もずっと上がった。そして、工場の生産効率、安全性、清潔さは自動化によって向上した。

トレドの経済はこれまでの数年間より良くなり、そのかなりの部分は地方自治体や地方産業が新しいテクノロジーを積極的に受け入れる決断をしたおかげだ。しかし、自動化によって起こるさまざまな変化は、多くの人にとって将来の不安や心配を生んだ。その心配は投票結果に現れることになる。

ドナルド・トランプの「米国を再び偉大な国にしよう」という選挙スローガンは、オハイオ州の多くの人の心に響いた。オハイオ州西部のエリー湖岸沿いの高度に工業化された諸郡は、過去2回の大統領選挙ではバラク・オバマを支持してきた。2016年、ほとんどの有権者はトランプに投票し、民主党大統領候補を支持してきた州が共和党候補を選んだ。トレドのあるルーカス郡はヒラリー・クリントンを支持したが、2012年の選挙時にオバマが2対1の得票率で支持されたときよりも、落選候補との得票差はずっと少なかった。

最近の新聞記事によると、オクスフォード大学の研究者は「もし選挙調査期間中、ロボット採用率が2パーセント低ければ、ミシガン州、ウィスコンシン州、ペンシルバニア州は多数の選挙人を民主党が占め、ヒラリー・クリントンが有利になっていたでしょう」との結論を出した。米国のシンクタンク、ブルッキングズ研究所(Brookings Institute)の2017年の研究によると、トレド都市圏は労働者1000人あたりロボットが9台導入されており、米国で最もロボット化率が高い地域である。2010年、トレド都市圏のロボットの総数は702台だった。2015年は2374台で、今はもっと多い。2018年3月、別の研究では1967年から2014年の間に、オハイオ州は自動化のために67万1000人が職を失ったと推定した。これは国内(たとえば、労働組合の力が制限される労働権法を導入した州)競争に負けたことと、外国からの輸入という2つの要因が組み合わさったときの損失以上だ。

しかし、トレドやその周辺地域の話が、多くの政治家、さらに経済学者にも理解しがたいのは、不安感が自動化と雇用数の実態よりも大きく超えていることだ。多くの人の場合、仕事がその人の人生を決める。ロボットやその他のテクノロジーによる混乱は、関係する社会に大きな影響を及ぼす。このようなテクノロジーの力は文化的、政治的な力と一緒になって、「多くを失った」という社会的な苦痛を生み出す。人々は、自分と自分の仕事、地域社会、仕事と住居につながる社会的な契約が脅かされていると信ずるに至った。それは杞憂ではなかった。

私がシュルーズベリーと話してからほんの数日しか経たないうちに、ジープのトレド工場の大部分が閉鎖され、数百人が解雇された。この解雇はジープが新型トラックを生産するために設備を一新する期間だけの、一時的なものだ。だが、もし新型トラックが売れず、工場の総生産台数が減少すれば、良き時代は終わりを告げる。それでもロボットは動き続ける。

今のところは「良き時代」

地元の有力者は、トレドはこれまでの厳しい30年間を経て、復活してきていると主張している。ジープの組み立て工場の生産はフル稼働だ。かつてのコーブ工場跡地には、記念のために1本だけ残された大煙突の下にピカピカの新しい工業団地がオープンした。かつてフォード・モデルA用、さらにその後の数百年間、何世代の車にもわたってフロントガラスを生産した古いリビー・オーウェン・フォード(Libbey-Owens-Ford)は、モーミー川の南岸にあるロスフォード工場のラインで今でもフロントガラスを生産している。オハイオ州サンダンスキー郡クライドにあるワールプール(Whirlpool)は、毎日数千台の洗濯機を製造している。トレドのビジネス街には復活の兆候が現れている。

しかし高揚感も、「幸せな日々が帰ってきた」といった雰囲気もない。隣接するウッド郡のドリス・ヘリングショー郡政委員は「今は、うまく行き過ぎているぐらいです」と話す。彼女や群の役人たちは将来について「警戒しています」という。「『今は、素晴らしい。このままであるように祈りましょう』といった気持ちです」。

トレドは厳しい経験から学んだ。モーミー川の北岸を走る大通りをドライブすると、ずいぶん昔に大成功した人々の繁栄の証である大邸宅がいくつもある。成功者はトレドを文化的にも発展 …

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