KADOKAWA Technology Review
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かつてのIT大国、インドは
AI時代に生き残れるか
Tim Lahan
India’s mess of complexity is just what AI needs

かつてのIT大国、インドは
AI時代に生き残れるか

インドの企業や政府が、人工知能(AI)に対して並々ならぬ関心を抱いており、国家規模でAIの研究開発を推進しようとしている。現在のインドにはそのための才能も基盤も極めて乏しいが、多様性に富む文化を擁するインドがAIに投資することは、AI分野全体の発展にとっても有意義だろう。 by Varun Aggarwal2018.06.29

人工知能(AI)を使って才能と仕事を結びつける企業、アスパイアリング・マインズ(Aspiring Minds)のヴァルン・アガルワルCTO(最高技術責任者)は、2010年にインドの大学から2人のエンジニアを雇い、求職者の英会話力を自動的に評価する製品を開発させた。約1年後、このエンジニアたちは心配そうな顔でアガルワルCTOのオフィスのドアを叩き、こう言った。「私たちはここでは機械学習をしていますが、友人たちは皆ソフトウェア工学をしています。私たちに未来はあるのでしょうか?」。

今や、事態は劇的に変化した。現在インドでは、エンジニアは皆、何らかの機械学習プロジェクトに関わりたいと言っている。ほとんどの企業で、自社のプロセスや製品にAIを組み込むように経営陣から指示が下っている。機械学習やAIに対する興奮は、インド政府にも伝わっている。アルン・ジャイトレー財務相は今年の連邦予算についての演説で、AI研究開発を促進するために国家計画を立ち上げると発表した。

インドで新たに目覚めたAIへの関心は、根拠のない高揚感のようなものだ。現実性は乏しい。機械学習分野におけるインドの研究者の数も研究成果もまだ比較的少ない。2015年から2017年にかけて開催されたAIに関する世界的な会議で、インドの研究者の貢献度は、米国の15分の1であり、中国の8分の1だ。米国人工知能学会(Association for the Advancement of Artificial Intelligence、AAAI)の直近の会議で発表された論文の数は、米国の307編、中国の235編と比べ、インドは20編にすぎない。インドの研究機関のほとんどは、せいぜいAIに関する初歩的な研究プログラムがある程度だ。機械学習においてインドが貢献する新しい知識は皆無に近く、他のAI先進国で毎日生み出されている知識に関する国内の専門知識も不足している。

こうした現状すべては、インドに壊滅的な様相をもたらしかねない。インドの企業がグローバルな競争力を持つには、国を挙げてAIを開発し、商用化する必要がある。AIはまた、インドの社会問題、特に汚職や社会インフラ不足への対処に役立つかもしれない。

同様に、AIの発展にとってもインドが必要だ。インドにおける言語、方言、アクセント、文字、服装、文化の多様性は、AIにとって数多くの挑戦的な課題を提供する。現在のAI技術が複雑さを扱う能力は限られており、インドの多様な生活に対応するにはより成熟しなければならないだろう。インド国民のニーズはAIにとって興味深い課題となる。たとえば、米国のAI研究者が医師の仕事を効率化について考えているのに対し、インドのAI研究者は、現在まったく医療体制がない農村部でAIがどうすれば医師の代わりになれるかを考えるだろう。インドにおけるAIへの投資が、AI分野全体のさらなる前進につながるのだ。

インドの典型的なグローバル・ビジネスはこれまで、ITサービスやビジネス・プロセスのアウトソーシングを中心に展開してきた。これらのビジネスはインドの人口学的ボーナス、すなわち基本的な数学、コンピュータ、プログラミングの訓練を受けた、英語を話せる多くの人口が支えている。こうしたスキルを備えた労働力が、インドの低コストとともに、過去30年間にわたってこれらのサービス分野の成長を推進してきた。

インドの企業がグローバルな競争力を持つには、国を挙げてAIを開発し、商用化する必要がある。

ビジネス・プロセス・アウトソーシング業界は、主に録音反訳(テープ起こし)、手書きのフォームのデジタル化、画像のタグ付けなどの作業から成り立っている。こういった作業は現在、機械で非常に正確に実行できるようになっている。機械学習は、基本的な分析スキルを必要とする作業にも適している。文書の分類、評価、さらに文書から得られたデータの構造化といったものだ。ボットは今や、簡単なチャットと電子メールによる要求を処理できるようになり、より複雑な要求は人間のオペレーターに送る。人間のオペレーターが対応する場合でさえ、機械学習が生成した回答から選択したり、変更したりしている。

IT業界では、まだ人間がプログラムを書く必要があるため、状況はそれほど深刻ではない。しかし、IT業界においても、ガチガチのプログラミング以外のネットワーク監視、テスト、インフラのメンテナンスなどのサービスで自動化が導入されている。インドIT産業にとっての大きなチャンスは、世界へ向けたデータ・サイエンス・サービスの提供だ。IT企業はAI事業の構築を始めているが、必要な教育を受けた人材はインドに不足している。

インドは、広く宣伝している「メイク・イン・インディア(Make in India)」のイニシアチブを通じて製造業を復活させたいと考えている。しかし、ロボットの導入に積極的な中国とは対照的に、自動化を導入することにほとんど関心がない。

そして、そのための能力もほとんどない。ロボット工学とAIによる効率向上の第一歩は、ビジネス上の問題点を特定し、機械学習の問題に変換することだ。しかし、それをできるインドの企業はほとんどない。機械学習を使うように指示を出していても、どうするばよいのか分からないのだ。インドのデータ科学者のほとんどは、機械学習を実行するのに必要な基本的な概念に関してさえおぼつかない。

現在の第二の機械化時代において、過去30年にわたりインドの競争上の優位性であった大規模な人口は、もう優位性ではなくなっている。インドのサービス企業は早晩、高度なアルゴリズムで労働者の効率を向上させたり、労働者を置き換えたりする国際企業と競合しなければならなくなっていることに気づくだろう。

インド政府は国民の繁栄を望んでいるという。そうであるならば、大々的な方法でAIを採用する必要がある。どうしたらこの目的が達成できるのか。最初にすべきことは、世界レベルの大学で博士号を取ったAI専門家を多数引きつける試みだ。教授陣と博士課程の学生に魅力的なAIフェローシップ・プログラムをインド政府が導入すれば、今後5年間でインドの公的機関に500人のAI研究者を集められるだろう。こうした政府の取り組みを民間企業における研究の取り組みと並行すれば、インドが必要としているきっかけができるかもしれない。

この取り組みは、インドが構築しなければならない改善されたテクノロジー・エコシステムの一部でしかない。新しいテクノロジー・エコシステムにより、医療、銀行業、衛生、農業、教育などにおける膨大な課題に対処するための新しいツールを実現できるのだ。安価な診断方法、申請書の自動処理、学習と指導に関する援助などをAIによって提供できれば、インドで上記の分野すべてを蝕んでいる汚職を含めた問題のいくつかを一足飛びに解決できるかもしれない。

たとえば、ジャイプルから来た若い起業家が最近、特定の穀物の画像を分析して品質を確かめ、市場での価格を推定できるシステムを見せてくれた。こうしたシステムは、交渉の場における農家の立場と卸売り業者の立場を平等にするのに役立つ。別の例として、アスパイアリング・マインズの開発チームが現在取り組んでいる、プログラミング技能に関する自動化された指導支援システムがある。

産業界と研究団体では、互いに共生的な関係において、より良い仕事をする必要がある。産業界が問題とデータを提供して、研究団体がアルゴリズムと解決方法を開発する。インドの企業は、基礎的なスキルのプログラマーへの需要を生み出し、大学の学部課程や研究機関を支援して、過去30年間にわたる国の進歩を推進した。今はさらに一歩進めて、博士号取得者によるチームを作り、大学の博士課程が良い候補者を輩出できるよう支援する必要がある。インドの未来はそうした取り組みにかかっている。

筆者のヴァルン・アガルワルは、AIを使って才能と仕事を結びつける企業、アスパイアリング・マインズの共同創業者兼CTO。アガルワルは、インドのイノベーションエコシステムを改革する必要性に関する書籍『Leading Science and Technology: India Next?(次に科学とテクノロジーをリードするのはインドか?)』の著者でもある

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