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The Measured Worker

適正な評価で労働者の格差は拡大する

労働者の生産性や価値を表すテクノロジーが賃金格差にも影響すると、タイラー・コーウェンが主張する。 by Tyler Cowen2015.09.28

所得格差の議論では一般的に、情報テクノロジーが高い技能を持つ労働者の賃金をどう上げるか、国際貿易の増加、富裕層や有力者に都合よく機能する政治、といったテーマが注目される。しかし、所得格差が広まる根本的な理由はもうひとつある。改良された個人の業績評価だ。業績を評価しやすくなり、有能な人材とそうでない人材間で賃金格差は広まるだろう。

ジャーナリズムについて考えてみよう。「古き良き」時代、この記事やコラムニストが書いた個々の記事がどれだけ読まれているのかは知る方法がなかった。現在、デジタルメディア企業は、各記事の読者数や記事の滞在時間、他のページへのリンクから移動したかどうかを正確に把握している。情報テクノロジーが情報の正確さや透明性を実現したおかげで、ものごとの価値を極めて正確に測れるようになったのだ。

結果的に、多くのジャーナリストは全く貴重でないと判明した。減給されたり解雇されたりする者がいる一方で、超大物のジャーナリストはWeb上のアクセス数を増やし、その名を世界的を響かせる。538のネイト・シルバーや、Voxのエズラ・クラインなど、独自のメディアサイトを立ち上げた者もいる。ジャーナリズムの場合、優れた業績評価によって収入格差は半永久的に拡大する。

どんな組織や部署でも、多くの人はいい仕事をしているが、代わりが見つからないほどではない。経済的価値を適切に評価できるようになれば、かけがえのない人材はもっといい給料とボーナスが得られるだろう。

大勢の労働者が、共同で生産する状況を考えてみよう。そこでは、均一の賃金水準が適用されがちで、若干の賃金格差は、勤続年数や、残業など非常に明確な行動でつけられる。比較的均一な賃金制度は、集団のに連帯感を生み出すのに役立つ一方で、有能な生産者は雇用者に対して自分の価値を簡単に示せない。個々の労働者の付加価値など、一般的に利用可能な、可視化された評価方法が存在しないからだ。

それでも、生産性に関する情報が改善され、優れた労働者は高い賃金を要求して手に入れられるようになった。実際、雇用者は優れた労働者を辞めさせないように、高い賃金を支払いたいと感じるだろう。労働者も、自分は周囲と同等の価値をもたらす存在だという考えを捨てる。そういった状況では、均一でない賃金制度はモラルの低下を引き起こすのではなく、好ましく受け入れられる。

好ましくない事態が起こるとすれば(あるいはその可能性といってもよい)、労働者の一部が、ほとんど生産に関わらない場合だ。そういった労働者は怠け者かもしれないし、頭が良く才能があっても職場のモラルに悪影響を及ぼすような存在ともいえる。職場での怠慢は、労働が生み出す価値以上に生産性を低下させる。このような「限界生産力ゼロ」の労働者は、他で述べたように、今後、職を失わないように苦労するかもしれない。最新の世界では、怠慢な労働者は標準的な労働者に紛れることが難しくなっているからだ。

労働者がコンピューター上で仕事をする限りは、全ての動作はログ化され、記録され、評価される。労働者の監視体制は強化され続け、大きなデータセットの統計的分析によって、個人の生産性がますます評価されやすくなっている。たとえ、雇用者が職場の現状を表すデータセットが非常に不明瞭であっても、生産性の評価に支障はない。

このような分析は、単純なやり方でも、労働者が就職しようとするときから始まる。アメリカの雇用者の多くは、雇用の決定を下す前に、求職者のクレジットスコアを調べる。雇用者の一部にはオンラインビデオゲームのパフォーマンスを見て、個人の才能を評価する者もいる。フェイスブック、ツイッター、LinkedInや数多くのソーシャルメディアは、求職者の性格や功績、交友関係の質などを調べる手がかりになる。数ある情報の中でも、個人のeBayやウーバーでの評価についての情報が売りに出されるような将来を想像するのはそう難しいことではない。オンライン上の情報を進んで隠そうとする律儀な求職者が増えるかもしれない。いずれ、教育機関は成績評価値や推薦状以上に、学生の情報を提供するようになるかもしれない。なぜなら、統計的な分析があれば、学生の将来性を評価しやすくなるからだ。

ずっと将来を見据え、より推論を加えていえば、雇用者は労働者に遺伝情報を求めるようになるかもしれない。提出を拒む者は疑わしいと考えられるかもしれない。そして職場での遺伝情報の提供は、社会的に遺伝子差別が受け入れられないとしても普及するだろう。あるいは、面接の訪問先で握るドアノブや、手に取るコーヒーカップから遺伝情報が抜き取られる可能性もある。遺伝情報のように価値のあるデータが永久的に機密扱いとされるとは考えにくい。ハッキングのしやすさは、多くのデータベースで証明済みだ。

増え続ける所得格差についての説明は、悩ましいと考えられる特徴もあるものの、利点も存在する。

端的にな利点として、価値の評価は生産性の向上につながりやすい。経営学が始まった当初から議論されてきたことだ。今では、軽々と業績評価ができる。だから、雇用者は生産性の一番高い労働者に、最適なタスクを割り当てられる。職場でのインセンティブに関しても、企業にとって実際の生産価値に対応できるのだ。

欠点もある。実際、労働者は四六時中評価されるのを好ましく思わないし、何よりもパフォーマンスが常に優れているとは限らない。大抵の人々にとって、ネガティブなフィードバックがひとつでもあれば、ポジティブなフィードバックが5つあるより際立ってしまう。業績評価によって賃金格差が起こる限り、職場の人間関係は緊張感が漂う、ギスギスしたものになるかもしれない。実力社会で生活するのは、時に厳しく、他人行儀で、やる気を削がれるかもしれない。特に、やる気を失いやすい人にとってはなおさらだ。実力社会では、プライバシーはほとんど存在しない。電子データが永久に残ることを考えれば、第二のチャンスは手に入れにくくなるかもしれない。最終的には、一貫して品行方正な優等生タイプの人間を優遇し、若い時に反抗的だったタイプの人間は冷遇されるかもしれない。たとえ、若い時に反抗的だったタイプの方があとからクリエイティブになる可能性があったとしてもだ。

とはいえ、労働者の業績評価は当分の間廃れない。本当の問いは、否が応でも、どうやって業績評価を改善するかだ。理想的なのは、不当な扱いを防ぎ、正確性を維持するために、ひとりひとりが誤った評価を修正できるようなシステムだ。同じく好ましいのは、ひとりひとりが早すぎる段階で評価を受けないシステム、外国人や移民が公平な機会を与えられるシステム、リスクを負う者に対し、非難ではなく称賛が与えられるシステム、そして職場を含む環境でプライバシーがある程度守られるシステムだ。

明らかに、難しい要求ではある。

ところで、MIT Technology Reviewは、この記事のアクセス数を教えてくれるだろうか。

この記事は、ジョージ・メイソン大学のタイラー・コーエン教授(経済学)によって執筆されました。

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クレジット Illustration by Miguel Porlan
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