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感染実態把握の鍵を握る「血清学的検査」とは何か?
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What is serological testing?

感染実態把握の鍵を握る「血清学的検査」とは何か?

新型コロナウイルス感染者の正確な実態を把握し、政府などが適切な対策を決めるために重要なのが、抗体の有無を調べる血清学的検査だ。 by Antonio Regalado2020.04.23

現在、米国を含む世界中の国が、検査を迅速に実施すべく必死で取り組んでいる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を診断するPCR検査では、綿棒で鼻または喉の奥から採取した検体を使って、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の遺伝物質の有無を調べる。この検査では、インフルエンザに似た気がかりな症状がある人が、新型コロナウイルスに現在感染しているかどうかが診断できる。

しかし綿棒を使った検査では、過去に感染したことがあるかどうかは分からない。ということは、この病気がどれほど広がっているのか、あるいは感染しても症状が出ないまま回復した人が多いのかどうかが分からないのだ。

これに対する回答は、別の検査を実施することだ。つまりヒトの血液から、免疫システムがウイルスに接触した痕跡を探る検査だ。「血清学的検査」として知られるこの検査から分かることは、「体内に新型コロナウイルスがあるか」ではなく、「これまでに新型コロナウイルスに接触したことがあるか」なのだ。

血清学的検査とは何か

血清学的検査では綿棒ではなく血液サンプルが使われる。同種の検査手法は世界各地の多くの研究所で開発されている。新型コロナウイルスに曝露した人の血液には、ウイルスに対する抗体が多く含まれると考えられ、その抗体の有無を検査するのが血清学的検査だ。ニューヨーク市にあるマウントサイナイ医科大学では、フロリアン・クラマー教授が率いる研究者チームがこの検査手法開発に取り組んでいる。

どんな仕組みなのか

マウントサイナイ医科大学の研究チームは、独自バージョンの検査を開発するために、新型コロナウイルスの表面にある突出した「スパイク状」のタンパク質のコピーを作成した。スパイク・タンパク質は非常に免疫原性(免疫応答を引き起こす能力)が高い。すなわちヒトの身体は、スパイク・タンパク質を認識して抗体を産生し始める。この検査では、血液サンプルを少量のスパイク・タンパク質にさらす。反応があれば、血液中に抗体があることになる。

チームは成果を確認するため、今年中国で新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう前に収集された血液サンプルと、実際に新型コロナウイルスに感染した3人の感染者の血液を検査した。クラマー教授によると、この検査では、「症状の発現後、早ければ3日」で体内に産生された抗体を検出できるという。

検査は治療にどう影響するか

血清学的検査は、治療にすぐさま影響を与えるというのがクラマー教授の考えだ。この検査は新型コロナウイルスを克服した人を見付けるのに役立ち、そうした人たちの抗体の豊富な血液をICUの入院患者に提供すれば、患者の免疫を高められるという。

さらに、医師、看護師、医療従事者は、新型コロナウイルスにすでに曝露したかどうかを知ることができる。クラマー教授によると、すでに曝露した人には免疫があると考えられ、自分への感染や帰宅後の家族への感染を心配することなく、治療の最前線に駆けつけて、感染者への気管挿管などの最もリスクの高い作業もできる。それだけではなく、さらに大きな影響も考えられる。

他に分かることは何か

新型コロナウイルスの感染はどのくらい広がっているのか? 無症状病原体保有者の数は? 実際の死亡率は? こうした重大な疑問に科学者たちは答えられない。

血清学的検査が十分に広くかつ迅速に実施されれば、感染者数の正確な把握に役立つ。疾患モデル開発者と政府は、社会生活をどれくらい広範に制限する必要があるのかを正確に評価するために、正しい感染者数を緊急に必要としている。

この記事の執筆時点で、新型コロナウイルス感染症で亡くなった人は5万2000人を超えている。感染が確認された人の約5%という驚異的な数字だ。しかし、新型コロナウイルスに実際に感染したすべての人を考慮した場合、致死率は間違いなく5%をはるかに下回ることだろう。このことを疫学者が断言できない理由は、一度も医療機関へ行かない、または症状が出てさえいない感染者が何人いるか分からないからだ。これは政策を決定する上で大きな問題だ。

スタンフォード大学のジョン・ヨアニディス教授は、医科学メディア「スタット(Stat)」の記事で、実際の死亡率は季節性インフルエンザの死亡率より低くなる可能性があると主張した。もしそうなら、感染者数に関する「まったく信頼できない」データに基づいた「ひどい証拠」が飛び交う中で「厳し過ぎる対策」が決定されていることになる。一方別の報告書では、アウトブレイク初期に診断された感染者数は、実際の感染者数のわずか10%から20%だと推定されている。検査を増やさないことには、次の一手をどうするか誰にも確かなことは分からないのだ。

これからどうなるか?

シンガポールを含む他の科学機関も、一部の米国企業が研究者向けに販売している製品と同様の抗体検査を実施している。米国疾病予防管理センター(CDC)も同様の検査を開発中だと発表している。英国では指先から採血して検査する家庭用検査キットを大量生産する計画だったが、検査精度に問題があることが判明した。

ニューヨークやその他の地域の研究者にとって、実際の感染の拡大範囲を知るための次のステップは「血清学的調査」の実施だ。感染症が発生した地域の多数の人の血液検査をすることで、無症状の感染者の正確な数が分かる。

しかし、その答えが分かるまでには時間がかかるかもしれない。クラマー教授は、より広範な調査を実施する取り組みは「始まったばかり」だと語る。

※本記事は2020年3月22日に日本版で公開された『新型コロナ、抗体検査で正確な感染者数は明らかになるか?』を改稿したものです。

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アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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