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中国版ギットハブ、コードを検閲・遮断か? OSS開発者に衝撃
Ms Tech
How censoring China’s open-source coders might backfire

中国版ギットハブ、コードを検閲・遮断か? OSS開発者に衝撃

中国におけるギットハブの競合サービスとして人気の「ギッティ(Gitee)」で公開されていたソースコードが一部非公開となり、中国のオープンソース・コミュニティに衝撃を与えている。理由は明らかではないが、中国政府による検閲が疑われており、イノベーションを阻害する恐れが指摘されている。 by Zeyi Yang2022.06.01

5月18日の朝のことだ。中国の数千人ものソフトウェア開発者たちは、中国企業「ギッティ(Gitee)」にホストされているオープンソース・コードがロックされ、非公開になっていたことに気づいた。ギッティは、国際的なコード・リポジトリ・プラットフォームであるギットハブ(GitHub)の競合サービスで、中国政府の支援を受けている。

ギッティはその日の遅くに声明を発表し、ロックされたコードは手作業でレビューされており、今後はすべてのオープンソース・コードが公開前にレビューが必要になると説明した。ギッティは「選択の余地はなかった」と記している。MITテクノロジーレビューは同社に対して変更理由を問い合わせたが、回答はなかった。中国政府がさらに厳しい検閲を実施したのではないかとの見方が広がっている。

透明性とグローバルなコラボレーションを歓迎する中国のオープンソース・ソフトウェア・コミュニティにとって、今回の動きは衝撃的なものだった。コードに政治が関わるべきではなかった。これがひいてはオープンソース・プロジェクトに貢献する人々の意欲をそぎ、中国のソフトウェア産業はコラボレーション文化を失うのではないかと開発者たちは懸念している。

「オープンソース・ソフトウェアにおけるコード・レビューとは、コードの品質を向上させて、開発者間の信頼関係を築くためのものです。コードレビューに政治的な要素を加えると、その両方が損なわれ、ひいては中国のオープンソース運動を後退させることになるでしょう」。商用オープンソース・ソフトウェア企業「ジーナAI(Jina AI)」の創業者で、ベルリン在住のハン・シャオは言う。

ギッティの台頭

2008年に設立され、2018年にマイクロソフトによって買収されたギットハブは、世界中の開発者が自分のコードを公開し、互いに批評したり学んだりするために使用する定番のプラットフォームである。この一般公開されたコードは、企業や個人が作成した独占的(プロプライエタリ)なコードとは対照的に、オープンソース・ソフトウェアと呼ばれている。2021年時点でギットハブを利用している7300万人のうち、750万人は中国を拠点としており、米国外では最大のグループとなっている。

しかし、このプラットフォームへの依存度の高さが、中国政府を警戒させた。特に、2019年の米国のファーウェイに対する制裁で、中国がいまだに特定の外国企業やサービスにいかに依存しているかを思い知らされたからだ。ギットハブはそのひとつである。

同じ頃、中国ではオープンソース産業が急成長していた。テンセントやアリババといった大手企業が自社版のギットハブをリリースし、定評あるオープンソース・コミュニティ「OSチャイナ(OSChina)」の支援を受けたギッティが国内競争の主導権を握り始めたのである。そこで2020年、中国の工業情報化部は、ギッティをはじめとする企業や大学のコンソーシアムと契約を交わし、既存のリポジトリを「中国の独立したオープンソース・ホスティング・プラットフォーム」に成長させた。ギッティのユーザー数は今や800万人を超えている。

やがて、パフォーマンスやコスト、さらに海外からの介入を防ぐためなど、さまざまな理由により、ギットハブよりもギッティを好む開発者が出てきた。

北京を拠点とする研究科学者であり、個人と仕事の両プロジェクトでギッティを使用しているダニエル・ボーフェンジーペン・リにとって、ギッティの利点は、中国本土に拠点があるためサービスが速くて安定していることである。「この近さにより、ギットハブやギットラブ(GitLab:海外の同様のプラットフォーム)よりもパフォーマンスが劇的に優れています」とリは言う。リは、ギッティでホスティングされている24個のプロジェクトで、今回の変更の影響を受けている。

政府とつながりのある機関は、ギッティを利用する傾向が強い。「軍や公立大学や国営企業は、ギットハブが最終的に米国企業であるマイクロソフトに所有されていることを懸念しています」と、上海に住んでいるギットカフェ(GitCafe)の創業者であるトーマス・ヤオは言う。ギットカフェは中国で最初期から存在したギットハブ風Webサイトのひとつで、2016年にテンセントに売却された。彼によると、中国では信頼性の高いVPNサービスを見つけるのが難しく、コストもかかるため、学生やアマチュア開発者がギットハブを使うのをためらうこともあるという。

影響

今のところ、何がこの変更を推し進めたのかを知る手がかりはほとんどないが、当面はこのプラットフォーム上で、特定のタイプの言語(下品な言葉、ポルノ、政治的にセンシティブな言葉)が検閲されようとしている。ギッティの公式および公開フィードバックページには、不明瞭な理由でプロジェクトが検閲されたことについて、複数のユーザーから苦情が寄せられている。おそらく、技術的な言葉がセンシティブな言葉と間違えられたためだろう。

ギッティによる5月18日の変更直後には、プラットフォーム上でホスティングされている公開プロジェクトが、予告なしに突然利用できなくなった。ユーザーは、これによってサービスが中断したり、さらにはビジネス取引が台無しになったりしたと苦情を訴えた。コードを再び公開するには、開発者が申請書を提出して、中国の法制度に違反するものや著作権を侵害するものが含まれていないことを確認する必要がある。

リはギッティ上の全プロジェクトを手作業でレビューして、今のところ24件中22件が復旧した。「ですが、おそらくこのレビュー・プロセスは一度きりのものではないでしょう。今後、プロジェクトをホスティングするときの抵抗が大きくなるかどうかが問題です」とリは言う。それでも、国内にはこれ以上の代替手段がないため、ユーザーはギッティにとどまるだろうとリは予想している。「人々はギッティがやっていることを好きではないかもしれませんが、それでも(ギッティは)日々の仕事をこなすために必要な存在でしょう」。

これは長い目で見れば、開発者に無理な負担を強いることになる。「コーディングをするときには、コメントを書いたり、変数名を設定したりします。コードを記述しているときに、自分のコードがセンシティブな言葉に引っかかるかどうかを考えたい開発者がいるでしょうか」(ギットカフェのヤオ創業者)。

インターネットの他のほぼすべての側面において、中国独自の代替手段を構築する方法は、近年うまく機能している。しかし、国境を越えたコラボレーションの直接的な産物であるオープンソース・ソフトウェアにおいて、中国は壁に突き当たったようだ。

「国内のオープンソース・コミュニティを、グローバルコミュニティから生じるリスクから隔離しようとするこの動きは、オープンソース技術開発の中心的命題に大きく反するものです」。メルカトル中国研究所(Mercator Institute for China Studies)のアナリストで、中国のオープンソースへの取り組みについての報告書の共著者であるレベッカ・アルケサティは話す。

中国のテクノロジストたちは、グローバルなソフトウェア開発の話題から切り離されることを望んでおらず、中国が目指す方向に違和感を覚えるかもしれない、とアルケサティは言う。「中国政府がオープンソースを国有化して、独自のエコシステムを作ろうとすればするほど、開発者は政府主導のオープンソース・プロジェクトに参加したがらなくなるでしょう」。

そして、早々にグローバルなつながりを断ち切ることは、中国のオープンソース・ソフトウェア産業が中国経済に利益をもたらす前に、急成長を果たすのを妨げる可能性がある。これは、近年政府が規制を強化する中で、中国のテクノロジー産業に影を落としているより大きな懸念の一部である。中国は、短期的な影響のために、テクノロジーによる長期的な利益を犠牲にしているのだろうか。

「国際的なオープンソース・コミュニティや財団とのグローバルなつながりなしに、中国がどのようにやっていけるのか、私は理解に苦しみます」 とアルケサティは話す。「まだそこに到達すらしていないのです」。

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