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笹谷拓也:Wi-Fiのような給電技術と「その先」を探る研究者
笹谷拓也(東京大学)/提供写真
Trajectory of U35 Innovators: Takuya Sasatani

笹谷拓也:Wi-Fiのような給電技術と「その先」を探る研究者

東京大学大学院工学系研究科助教の笹谷拓也は、無線電力伝送や無線通信、センシングの省電力化などの技術を駆使して、電気・電子と情報を統合したネットワーク技術を追究する。 by Yasuhiro Hatabe2023.11.30

ワイヤレス給電と聞いてたいていの人が思い浮かべるのは、充電パッドを使ったスマートフォンの充電だろう。スマホにわざわざケーブルをつながずに済むのは便利には違いないが、充電中はパッドの上にスマホを置きっぱなしにする必要があり、ワイヤレスという言葉からイメージする自由度からは程遠いのが現状だ。

東京大学大学院工学系研究科で助教を務める笹谷拓也は、部屋スケールのワイヤレス給電技術の研究を評価され、2021年の「Innovators Under 35 Japan(35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれた。スマホなどの電子機器が部屋中どこにあってもワイヤレスで充電できる、笹谷いわく「Wi-Fiのような給電技術」だ。

部屋スケールの立体的な磁界を生成する

スマホなどで使われる一般的なワイヤレス給電は電磁誘導方式と呼ばれるもので、電流により磁界を発生させ、電力を受け取る側のコイルがその磁界を通過した際にコイルに誘導電流が流れる物理法則を用いる。スマホであれば、充電パッドの中に送電用コイルがあり、そこに電流を流すことで周囲に磁界が発生し、スマホに内蔵された受電用コイルがその磁界に反応して電力に変換する。

笹谷が開発した部屋スケールのワイヤレス給電では、充電パッドを使う代わりに部屋の空間を囲う壁や天井に電流分布を配置することで、複数の磁界パターンを生成し、3次元の空間にまんべんなく磁界が行きわたるようにする。送受電器の⼤きさが極端に異なると効率的な電⼒伝送が難しくなるが、笹谷の技術は受電器の5000倍のサイズの送電器でも50%以上の効率で、安全に電力を供給できるようにした点が画期的だ。

笹谷によると、この技術にはまだ改良の余地があるという。例えば、伝送効率を高める、部屋の大きさをもっと広げるといった方向もあれば、さらに細かく磁界を生じさせる向きを制御したり、空間の特定の部分にだけ給電する、といった方向の改良も考えられる。

LEDを使ったデモ。室内の空間を移動しても受電し続ける
提供写真

物理と情報をまたぐ研究

物理や数学が好きだったという笹谷は、高校卒業後に東京大学へ進学し、工学部電気電子工学科を選んだ。その後、情報分野にも興味を持ち始め、大学院では物理と情報の両分野をまたいで学べる情報理工学系研究科を選択した。

「研究室は、ハードウェアを扱いつつも情報寄りのシステムやアプリケーションを合わせて研究するところでした。私は物理が好きだったこともあって、電磁波や振動・波動を使った給電やセンシング技術のような、情報系のようでいて物理が関わるところを歩んで来たように思います」(笹谷)。

無線電力伝送は笹谷が専門とする一領域には違いないが、それだけを突き詰めようとしているわけではない。

電気・電子と情報の研究者であることを自認し、「エネルギーの使い方も考慮した形で新しいネットワーク技術に取り組みたい」と考える笹谷にとって、無線通信や無線電力伝送、あるいはセンシング、ハードウェアの省電力化といったものは要素であり、部屋スケールのワイヤレス給電はその一つを形にしたものだと捉えられる。

給電と通信は、同じ物理現象に基づく技術だ。「電磁界を使ってエネルギーを送るか、さらに情報も載せて通信するか、みたいな話です。無線電力伝送と、情報通信やセンシングの省電力化は、両方とも電子機器が電池切れにならないことを目指すという意味で、同じ山を別の方向から登っているような感覚」なのだという。

「電力も情報も同じようにネットワーキングするシステムを1つの軸として、今後も研究を進めていきます。その中で、部屋スケールのワイヤレス給電技術も活用していきたい」(笹谷)。

脳科学研究に使われるデバイス開発に参画

2022年の夏、笹谷はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の大学病院へ、客員研究員として赴任した。笹谷のワイヤレス給電技術に注目した脳神経科学の研究者から声がかかり、共同研究に参画したのだ。

UCLAの研究グループが開発していたのは、マウスに取り付ける超小型顕微鏡(Miniscope)。脳の仕組みを解明するためにマウスにいろいろな行動をさせ、ニューロンがどのように発火するかを計測する装置だ。この装置をマウスに装着する上でネックになったのが電源だった。有線で給電するとマウスの動きが制限されてしまい、複数のマウスを同じ箱に入れるとケーブルが絡まってしまう。マウスが耐えられるデバイスの重さは数グラムなので、十分な容量の電池を積むことも難しい。

そこで笹谷のワイヤレス給電技術が使われた。マウスを入れる小さな箱の中で、ワイヤレス給電できるようにしたのだ。人間の部屋スケールまで拡張した給電技術を、今度は小さくしたとも言える研究の成果は、2023年11月に発表された。マウスを使った脳の研究は、将来的にBMI(脳・機械インターフェース)などに応用される可能性があるという。

超小型顕微鏡を取り付けたマウス
提供写真

世界中の研究者から刺激を受けて

研究者になったきっかけを笹谷に尋ねると、「あまり記憶にないですね。少し道が違えば、どこかの会社でエンジニアになっていてもおかしくなかったかも」と笑いながら答えてくれた。

「ただ、大学院生のときに米国のディズニー・リサーチでインターンを経験したことは、研究者に向かった理由の1つとして大きいかもしれません」と続けた。世界中から集まった研究者たちと触れ合う機会があり、「刺激を受けたし、研究が楽しいと思った」のだそうだ。

国際学会に参加してさまざまな研究者の講演を聞いたことも、研究者の道を進み続けることを後押しした。経験を積み重ねながら研究を続けるうちに、笹谷は「できるのかできないのかわからないことに取り組むことが楽しい」と思えるようになったという。

実用と課題解決のビジョンを明確に

2023年10月、UCLAから東京大学に戻り、助教に就任した笹谷は、新たな脳神経科学のための計測ツールのプロジェクトを立ち上げている。

「基礎研究を支えるツールの研究は、ユーザーベースもあるし、実験室の中だからある程度自由に環境を作れるのが良い。ニッチだとしても実用的なアプリケーションにつながることは良いこと」と笹谷は話す。

自分自身が楽しめること、「こんなことができるんだ」と驚くようなことに取り組みたい。その一方で、実用的なアプリケーションにつなげ、インパクトを出すことも重要。研究を進める上では、その両方を大事にしているという。

「もともと基礎研究の方が大事だと思っていた節がありました。でも、研究内容をいろいろな人にシェアしていくと、『これって○○に使えそうだね』といった反応があって。そのようなきっかけで共同研究などをするうちに、少し考えが変わってきたのです。実用の芽を大事にして、楽しみながら育てるようなことをしていきたいですね」(笹谷)。

笹谷が研究するワイヤレス給電は、人々に驚きを与え、インパクトがある体験を提供する。ただ、笹谷の中には、「しょせんは電源」という思いもわずかにあるのだという。

「今までの技術とは使い方も導入の仕方も異なるので、すぐに汎用的な製品として世に出回るイメージはまだ湧いていません。この技術が価値を生む使い道を明確に提示しなければ先へ進まない部分があるのではないかと考えています。自分の手がけた技術によって、どのような問題を解決したり、社会の何がよくなったりするのかを、明確に見せたい気持ちがあります」。

今後は、「部屋」のイメージにとらわれず、IoTなど産業用途や医療・脳科学のようなニーズのある領域での活用も含めて研究を進めたい考えだ。

この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら

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