拡大する「試す権利」——未承認治療の解禁が意味すること
医薬品に対する厳しい規制で知られる米国で、未承認の医薬品や治療法を「試す権利」の拡大が進んでいる。ある州では、効果が未実証の治療法を健康な人が利用可能になる予定だが、健康や倫理面で問題点を指摘する声も根強い。 by Jessica Hamzelou2025.05.21
- この記事の3つのポイント
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- 米国モンタナ州で実験的治療法を希望者に販売できる法案が可決された
- 米国各州で重病患者に未承認薬の使用を認める法律が広がっている
- FDAの承認プロセスの質の低下や非倫理的な実験的治療法の拡大が懸念されている
4月末に、ワシントンD.C.で科学者、政策立案者、そして長寿推進派が集う会議に出席した。この会議では、人間の寿命を延ばす可能性のある医薬品やその他の治療法の開発を加速させる方法について議論された。
提案された方法のひとつは、実験的薬剤を利用しやすくするというものだった。寿命を延ばすのに役立つ可能性のある医薬品を人々が試せるようにしよう、ということについて議論された。州の憲法で個人の自由が明確に尊重されているモンタナ州では、まさにそれを実現するための法案がいくつかの団体によって推進されている。
モンタナ州には、重病の患者が実験的薬剤、つまり医薬品規制当局によって承認されていない薬の利用を申請できるようにする「試す権利(Right to Try)」法が以前から存在していた。2023年には、長寿を推進するためにロビー活動をしている団体が数年前に作成を支援した「試す権利」法の適用範囲を拡大する法案が可決され、重症ではない人々が実験的薬剤を利用することが可能になった。
ここ数カ月、この団体はさらなる拡大を推進している。モンタナ州内のクリニックが、実験的で効果が実証されていない治療法を希望者に販売できる方法を具体的に規定した新たな法案を支援しているのだ。ワシントンD.C.での会議2日目の終わりに、私の隣にいた男性が携帯電話を見て、「たった今可決されました」と教えてくれた(このロビー団体はその後、モンタナ州知事のグレッグ・ジアンフォルテが同法案に署名し、法律として成立したと発表したが、私が同知事の執務室に電話したところ、知事室のスタッフは、知事が署名したかどうかは法的に伝えることができないと答えた)。
法案が可決されたことにより、モンタナ州は米国の実験的治療法の拠点となる可能性がある。しかし、これはより大きな傾向を示すものでもある。つまり米国全土で、「試す権利」がじわじわと広がり始め、「エビデンス(科学的根拠)に基づく医療からの逸脱」という危険をもたらしかねない動きが始まっているということだ。
米国では、医薬品は承認・販売される前に、ヒトを対象とした臨床試験(治験)を実施する必要がある。初期段階の臨床試験は小規模で、安全性を検証することが目的だ。その後の臨床試験では、新薬の安全性と有効性の両方を検証する。
この臨床試験制度は、人々の安全を守り、製造会社が効果のない製品や危険な製品を販売するのを防ぐために設けられている。つまり、私たちを効果のない怪しい医薬品から守ってくれるということだ。
しかし、他のあらゆる治療選択肢を試し尽くした重病患者は、実験的薬剤を試すことを切望することが多い。実験的薬剤は最後の望みと考えられることもある。臨床試験にボランティアとして参加できる場合もあるが、時間、距離、資格などの理由でその選択肢が排除されることもある。
1980年代以降、何らかの理由で治験に参加できない重病患者や末期患者は、米国食品医薬品局(FDA)が提供する「人道的使用」プログラムを通じて、実験的治療の利用を申請することができる。FDAは、受け取った人道的使用の申請のほぼすべてを承認している。ただし、メーカーはさまざまな理由から、必ずしも医薬品の提供に同意するとは限らない。
しかし、リバタリアン(自由至上主義)団体のゴールドウォーター・インスティテュートは、FDAの「人道的使用」プログラムは不十分だと考えた。同団体は2014年に、末期患者のための「試す権利」法の草案を作成した。同団体の草案を元にした法案はその後、米国の41州で可決され、2018年からは連邦法として「試す権利」法が施行されている。このような法律は、重病患者がインフォームド・コンセントを条件に、臨床試験の初期段階を経たばかりの医薬品の利用を申請することを一般的に認めている。
「試す権利」法は、医薬品規制とFDAの両方に対する嫌悪感から生まれたものだと主張する人もいる。結局のところ、「試す権利」法はFDAの「人道的使用」プログラムと同じ結果を達成することを目的としている。唯一の違いは、FDAを経由しないことだ。
いずれにせよ、このような実験的治療法がいかに初期段階にあるかには注意する必要がある。第1相臨床試験を通過した薬剤は、わずか20人の健康な被験者を対象に試験されただけかもしれない。確かに、第1相臨床試験は薬剤の安全性を検証するために設計されているが、その結果は決定的なものではない。薬剤開発における第1相臨床試験の段階では、他の薬剤を服用している可能性が高い病人が試験対象の薬剤にどのような反応を示すかは誰にもわからない。
現在、このような「試す権利」法の適用範囲はさらに拡大している。最も踏み込んだモンタナ州の法案は、重症ではない人々が効果が実証されていない治療法を利用することを可能にするものであり、他の州もこの方向に向けて動き始めている。
ジョージア州知事は5月中旬に、「ジョージア州患者のための希望法(Hope for Georgia Patients Act)」に署名した。同法により、生命を脅かす病気に苦しむ人々が「個々の患者自身の遺伝子プロファイルに基づき、患者一人ひとりに特化して提供される」個別化医療を受けることが可能になる。「試す権利2.0」として知られる同様の法律は、アリゾナ州、ミシシッピ州、ノースカロライナ州などの他の州でも可決されている。
ユタ州は2024年、カイロプラクター、足病医、助産師、自然療法士などを含むの医療提供者が、未承認の胎盤幹細胞療法を施すことを許可する法律を可決した。この治療法では、組織再生に効果があると考えられている胎盤から採取された細胞を使用する。しかし、胎盤幹細胞療法はヒトを対象とした臨床試験を通過していない。費用は数万ドルに上り、効果も不明である。FDA法を専門とする弁護士は、ユタ州のこの法律を「FDAの権限に対するかなり露骨で大雑把な挑戦」と評した。患者を危険にさらす可能性がある。
このような法律は、非常にデリケートな議論を巻き起こす。これは医療のオートノミー(自己決定権)の問題であり、人々は自分の体内に取り入れるものを選択する権利を持つべきだと主張する人もいる。
費用対効果の計算が必要だと主張する人も多い。重病の患者は、健康な人に比べて、実験的薬剤を試すことで失うものより得るものが多い可能性がある。
しかし、効果のない医薬品からすべての人を守る必要がある。ほとんどの倫理学者は、効果があるかどうかわからない治療法を販売するのは非倫理的だと考えている。長年にわたり米国裁判所の多くの判決ではこの主張が支持されてきた。
医師にとって実験的薬剤の推奨には、特にその医師が法律による保護を受けられる場合、金銭的なインセンティブが存在する可能性がある(「試す権利」法では、何か問題が発生した場合、処方した医師は懲戒処分や訴訟から保護される傾向がある)。
以上のことに加えて、多くの倫理学者は、FDAの医薬品承認プロセス自体の質が過去10年ほどで低下傾向にあることを懸念している。そして、エビデンスが乏しい医薬品承認がますます増加していると主張する。
この議論における立場に関係なく、科学者と倫理学者は、米国の新政権下での展開を見守っている。
その一方で、米国の非営利団体である全米健康研究センター(NCHR:National Center for Health Research)のダイアナ・ザッカーマン所長が以前に語った言葉が思い浮かぶ。「時には、希望が患者の回復に役立つこともあります。しかし、医学においては、喧伝されるだけの希望よりも、エビデンスに基づいた希望の方が良いのではないでしょうか」。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。