未来は住民が決める——
米ネブラスカ州発、
地域密着型電力会社の挑戦
3月の猛吹雪でネブラスカ州リンカーンが停電に見舞われた時、地元電力会社のCEOは現場に任せて静かに見守った。営利を追求しない公営電力会社が、AI需要急増と政治的混乱の中で市民参加による意思決定を貫く。地域密着型モデルは米国の送電網の未来を示すのか。 by Andrew Blum2025.06.30
- この記事の3つのポイント
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- ネブラスカ州の公営電力会社が営利追求より住民の利益を最優先に運営
- AI需要急増と政治変化で電力業界の「トリレンマ」(信頼性・経済性・持続可能性)が深刻化
- 市民参加による意思決定と地域密着型経営が新たなエネルギーモデルの可能性を示す
3月中旬のある朝。動きの遅い春の猛吹雪が米国ネブラスカ州東部に停滞し、州都リンカーンは時速約96キロの強風、激しいみぞれ、最大20センチの積雪に襲われた。地元の電力会社リンカーン・エレクトリック・システム(Lincoln Electric System)は、約15万世帯の顧客を抱えている。昼までに、そのうちの約10%が停電した。氷が電線に堆積して互いにぶつかり合い、回路がショートしたのだ。リンカーン空港では最大時速約119キロの風が観測されるなど、持続する強風と突風により、市の北端の空き地に並ぶ電柱が一斉に倒壊した。
エメカ・アニャンウーは停電マップを画面に表示し、10分ごとに更新し続けていた。現場では18チーム、計75〜80人の電線作業員が、停電中の何千もの顧客を示すオレンジ色の円を減らそうと奮闘していた。アニャンウーにとって、これは2024年1月にリンカーン・エレクトリックのCEOに就任して以来、すでに2度目の大規模な嵐であった。暖かく乾燥したオフィスの一角で、アニャンウーCEOは現場で従業員たちが直面している状況を気にかけていた。彼はキャリアの前半をカンザスシティ・パワー・アンド・ライト(Kansas City Power & Light、現エバージー=Evergy)で過ごし、配電システムの設計、作業員の監督、嵐への対応に携わってきた。
「電力会社の人間として、私のDNAには嵐対応が組み込まれています」とアニャンウーCEOは言う。そして「このような天候では、風に逆らって体を動かそうとすること自体が身体的にきつい。作業速度は落ちるし、終わらない仕事も出てきます。まるでサンドブラストを浴びているようなものです」と付け加えた。
リンカーン・エレクトリックの本社は、アニャンウーの前任者であるケビン・ウェイルズの名を冠した、きらびやかな新しいビルにある。飛行機の格納庫のような巨大なガレージは、車両が後退せずに済むように設計されている。クルーたちが休憩と乾いた服への着替えのために戻ってくると、彼らの顔はみぞれと風で赤くただれ、トラックのバンパーからはコンクリートの床に氷が滴っていた。灯りが消えたコントロール・ルームでは、監督者たちが現場のクルーから電話や無線で報告される被害状況を集めていた。その上司たちは廊下を挟んだ向かいの小さな会議室に集まり、大型スクリーンに映された独自の停電マップを注視していた。
アニャンウーCEOはできる限り邪魔にならないよう努めた。「嵐対応の会議には参加しますが、何かアイデアが浮かんでも、口出しは控えるようにしています。邪魔をしたくないのです。その日は建物を出る直前まで下の階には行きませんでした。単純に、存在感を出したくなかったからです。率直に言って、社員たちは素晴らしい働きをしています。私の出る幕はありません」。
混乱が生じたとき、アニャンウーCEOは統制よりも協調を選ぶ。彼の考え方は、「自分ひとりで解決する」ではなく、チームはそれぞれの任務を理解しており、そのための準備ができている、というものだ。しかし、このような春の猛吹雪は、アニャンウーCEOにとってはさほど問題ではない。発生頻度が高まっているとはいえ、予測可能な混乱だからだ。リンカーン・エレクトリックだけでなく、すべての電力会社が直面しつつあるのは、まったく別次元の課題である。
電力業界ではその問題を「トリレンマ」と呼ぶ。信頼性、経済性(手頃な価格)、持続可能性のバランスをとるという、一見解決困難に思える問題だ。電力会社は、ますます極端で発生頻度が高まっている嵐や火災、増大するサイバー攻撃や物理的な障害のリスク、極めて不透明な政策や規制環境の中においても、明かりを灯し続けなければならない。インフレでコストが上昇する中でも、価格を低く抑える必要がある。そして、送電網の仕組みの劇的な変化にも適応しなければならない。電力業界は、化石燃料による発電から、太陽光や風力などの再生可能エネルギー源から作られた電力へ移行しようとしているためだ。その不安定さもすべて受け入れなければならない。
だが、過去1年でこの「トリレンマ」はもはや最低条件となった。さらに強力な技術的・政治的要因が加わり、混乱は避けられないように見える。電力網は、止めることのできない力と、動かすことのできない物に象徴される近未来に備えている。これら相反しながらも密接に絡み合う要因の数々を前に、アニャンウーCEOの明晰なアプローチは、リンカーン・エレクトリックを、近未来の電力網を読み解くための有効なレンズにしている。
悪化する嵐
電力会社にとって喫緊の技術的課題は、電力需要の増加である。その原因の一部となっているのは、人工知能(AI)だ。電力業界のこれまでの経験から言えば、人口増加による電力負荷の自然な増加は、主にLED照明や家電製品の改良などの効率化による負荷の減少によって静かに相殺されてきた。だが、そのバランスはもはや保たれていない。新しいデータセンターや工場、さらに自動車、キッチン、家庭用暖房器具の電化による需要が、このパターンを覆したのだ。2000年以来1%未満だった年間の負荷増加率は、今では3%を超えると予測されている。2022年時点では送電網に5年間で23ギガワットの新たな送電容量が加わると予想されていたが、現在は128ギガワットの追加が見込まれている。
政治的な課題は、もはや世界が知っている。ドナルド・トランプ大統領とその激変に対する欲求である。バイデン政権下では複数の重要な法律によって、あらゆる分野で再生可能エネルギーの導入が推進された。広範な税制優遇措置がクリーンテック製造業と再生可能エネルギー開発を後押し、政府の政策によって国有地に風力・太陽光発電施設が建設され、蓄電、原子力、地熱などの次世代エネルギー技術に資金が供給された。
トランプ政権の方向転換は、少なくとも気候政策の面では完全な逆行に見える。政府は、洋上および陸上風力発電の許認可を停止はしないまでも遅らせており、一方で石炭などの化石燃料の開発を大統領令で奨励している(これには確実に法的異議申し立てがなされるだろう)。さらに、政権による「エネルギー緊急事態」宣言は、電力網の複雑な規制体制を根底から揺るがす可能性があり、電力会社が従うルールの混乱を招いている。トランプ大統領の威圧的な発言は、一部のコミュニティを勢いづかせ、風力や太陽光発電の新規プロジェクトに対する激しい反発につながっている。その結果、開発業者にとってコストと不確実性が増し、もはや事業として成り立たない可能性も出てきた。
それでもなお、エネルギー転換の勢いは完全に止められない。まだ相当な強さを保っている。米エネルギー情報局(EIA)が2月に発表 …
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