サハラ砂漠の牧畜民たち
人工衛星が変える「水探し」
気候変動により干ばつが頻繁に起こるようになり、サハラ砂漠の辺縁部では水探しがますます困難になっている。マリ共和国の牧畜民たちはいま、従来のようにオートバイ乗りやラクダ乗りに頼む代わりに、地球観測衛星が撮影した画像を頼りに水場を目指している。 by Tim McDonnell2019.05.22
西アフリカのマリ共和国北部で50年にわたって牛飼いをしているアブドゥル・アグ・アルワリーは、これまでほぼずっと、同じ方法を使って牛たちのための水を探していた。オートバイ乗りかラクダ乗りに金を払い、ガオ市を取り巻く砂漠に点在する小川や井戸の水位を調べて回ってもらっていたのだ。この方法は費用も時間もかかるうえ、リスクが伴うものだった。時には、何日もかけて牛の群れを歩かせた末に、事前に受け取った情報が間違っていたり、別の群れがその水場に一番乗りしていたりするのを知るはめになっていた。
アルワリーによれば、近年、気候変動によって水探しはさらに大変になったという。彼の住んでいる場所は、サヘルという、サハラ砂漠南部に大きく帯状に広がるひどく乾燥した灌木地帯の中にある。ここでは、世界の平均に比べて気温がより急激に上昇し、干ばつがより頻繁に起こり、植生はより乏しい。降雨が不安定なため、砂漠で従来使われてきた水飲み場は水源として当てにならなくなってきた。アルワリーの話では、水を探している途中で動物たちが命を落とすことが頻繁にあり、水をめぐる争いが暴力沙汰になることもよくあるという。
そこで、アルワリーは新しいやり方を試している。地元の家畜飼育組合の代表を務める彼は昨年、衛星画像を使って水の手がかりを探すことを始めていた。「携帯電話と25CFAフラン(米ドル換算で約4セント)があれば、水のありかがわかるのです。しかも、ずっと確かな見込みを持った上で動くことができます」とワルワリーは話す。
アフリカ大陸の全土で、気温上昇と不規則な降雨が、何百万人もの小規模農家や牧畜民にとって深刻な脅威となっている。超局地的なリアルタイムの人工衛星データは、干ばつや不作の危険を告げる初期の兆候を検出するために使える。人工衛星による画像撮影はより安価かつ豊富、高解像度になっており、そこから得られる大量のデータをコンピューターで管理・分析するのも、より容易になっている。それに伴い、気候変動の影響に日々取り組んでいる人々に、データを直接届ける手段を探そうとする民間企業や非政府組織(NGO)が増えている。
アルワリーは、通信事業者であるオレンジ(Orange)が提供している試験的なサービスを使っている。このサービスは、欧州宇宙機関(ESA)の地球観測衛星、「センチネル」シリーズから毎日送られてくる写真を分析し、マリ北部の遊牧民たちに水のありかや餌場の最新情報を提供するというものだ。アルワリーがマリの首都、バマコにあるコールセンターに電話をかけたり、携帯電話のショートメッセージを送ったりすると、技術スタッフが色分けされた衛星画像を詳しく調べてくれる。この画像には、地形を写した薄い色の写真に、植生とニジェール川の支流の様子が重ねてある。この画像を分析すれば、水のありかが分かる。ラクダに乗って探し回る必要はないのだ。
サービスの開発を支援したオランダのNGOであるSNVによれば、このサービスは2017年11月の導入以来、5万人を超えるユーザーから受け取った1300件の電話と8万8000件のショートメッセージに答えてきたという。
地球を観測する初めての人工衛星が1972年に周回軌道に乗って以来、宇宙から撮影される画像は、目に見える形で地球に刻まれた人類の足跡を記録してきた。たとえば、都市や巨大農場が拡大するにつれて、氷河や熱帯雨林が縮小していったのを見ることができる。水や土壌をはじめとする天然資源について知見を得られるうえ、野火や干ばつなどの災害も監視できる。
現在、衛星画像はこうした大規模かつ長期的な傾向を追跡するだけでなく、農業や牧畜をする人々に、農場の特定の場所についての情報をリアルタイムで届けることもできる。初期のころは、衛星画像の1画素は平方キロメートル単位だったが、今では民間の人工衛星が30平方センチメートルの解像度にまで到達している。米国航空宇宙局(NASA)などの政府機関が提供している一般公開データは、通常、10平方メートルから100平方メートルの解像度だ。同様に重要なのは、周回軌道上で地球を観測する人工衛星の数が急速に増えていることだ。「憂慮する科学者同盟(UCS:Union of Concerned Scientists)」のデータベースによれば、今では700基以上の人工衛星が軌道を回っている。おかげで、あらゆる場所について、過去1、2日の間にそこで撮影された画像を探すことが容易になっている。
人工衛星による案内を受けながら実施する高精度の農業は、米国やヨーロッパではすでに一般的だ。アフリカではまさに始まったばかりだが、広大な地域に散らばりつつ、ポケットには携帯電話を入れている農民や牧畜民にとって、この技術はとりわけ有益なものになるかもしれない。
ガオから南に1600キロメートル近く離れたガーナ中心部。同国にとって一番の収入源となっている作物であるカカオは、温度上昇、干ばつ、温暖な気候を好む害虫類の影響を特に受けやすい。農学者たちの見積もりでは、カカオ生産に適した土地が2030年までに大幅に減少する可能性があるという。こうした状況下で農家が生産性を高めるのを手助けするため、農地の調査員たちは、いわゆる「農地開発計画(Farm Development Plans)」を作成するための新しいタブレット用アプリを使っている。
このアプリはサット・フォー・ファーミング(SAT4Farming)コンソーシアムが昨年7月に提供を開始したものだ。同コンソーシアムは、非営利団体のレインフォレスト・アライアンス(Rainforest Alliance)、グラミン財団、オランダに拠点を置くサテリジェンス&ウォーターウォッチ・プロジェクト(Satelligence and Waterwatch Projects)、フランスの商品作物取引業者のトゥートン(Touton)などによって組織された。機械学習ソフトウェアを、可視光と、植物が光合成中に反射する近赤外光の両方を使って撮影されたカカオ農園の衛星画像を分析するよう訓練したうえで利用している。フィールドでの農学研究や農家を対象とした調査を衛星画像と組み合わせることで、植生の密度や木々の近接度などの計測結果に基づき、ソフトウェアが樹木の健康状態を定期的に診断し、改善方法を提案する。
こうした診断は、単独の農場に対して実施するのであれば、地上でも簡単にできるだろう。だが、アフリカの農場コンサルタントたちは、広大な地域にわたって数千もの顧客を抱えることもある。こうした農場コンサルタントは、はるか上空からの視点を得ることで、困難の多い生育期の間、問題のある農場を一目で見つけられるようになる。問題を見つけたコンサルタントたちは、干ばつやその他の厄介ごとに応じて、剪定のパターンを変えたり、目的に合わせた量の肥料を与えたりするように調整を促す。サット・フォー・ファーミングのプログラム担当官であるセラッセ・ジディグロは、「もし、私がある農家に肥料を数百キロ追加するよう勧めたのに、その結果、何も変わっていないことが人工衛星の画像でわかったとしましょう。そうなったら、何が間違っていたのかを調べられます」と話す。
衛星画像は完璧ではない。衛星カメラの視界は雲や埃によってしばしば遮られる。砂漠や熱帯地域の上空では特にそうだ。また、画像があるからといって、地上での調査の必要性がなくなるわけではない。牧畜民に示される水場が私有地にあったり、植生が家畜にとって食べられないものだったりするかもしれないが、画像からではそれがわからない場合がある。アルワリーが使っているサービスの開発を手伝うアムステルダム在住のアナリスト、ペーター・ヘフスルートは、「衛星画像で何かが緑色をしているという事実は、必ずしもそれが家畜に適したものであることを示してはいないのです」と話す。
「このアプリが持つ可能性は、私にはかなり奇妙なものに感じられます」と話すのは、ガーナのスニャニ市のカカオ農家であり、サット・フォー・ファーミングに協力しているナナ・クワメ・コラングだ。「でも、もしこれを使うことで乾期の間も高い収量が得られるとしたら、とてもいいことです」。
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