KADOKAWA Technology Review
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「寿命は50年伸ばせる」
エピゲノム編集は
「若返りの泉」となるか?
Christie hemm klok
生物工学/医療 Insider Online限定
Has this scientist finally found the fountain of youth?

「寿命は50年伸ばせる」
エピゲノム編集は
「若返りの泉」となるか?

老化に関わる遺伝子のスイッチのオン・オフを切り替えるエピゲノム編集技術で、マウスの若返りが実証されている。ソーク研究所の研究者らは、この技術を人に応用すれば、人の寿命を30~50年は伸ばせるかもしれないと考えている。 by Erika Hayasaki2019.08.23

背中を丸めて腹ばいになり、まばたきをする以外には微動だにしない黒いマウスが画面に映し出されている。このマウスの臓器は弱っており、数日後には死んでしまうかのように見える。わずか生後3カ月のこのマウスは、遺伝子の突然変異によって引き起こされる、老化が加速する病気「プロジェリア症候群(早老症)」に罹っている。

私は、サンディエゴのソーク研究所の遺伝子発現研究室で研究に取り組むスペイン人、ファン・カルロス・イズピスア・ベルモンテ教授のもとを訪れている。イズピスア・ベルモンテ教授は、弱った黒いマウスの次に、目を疑うようなものを見せてくれた。ある若返り薬で治療を受けた同じマウスが、元気に動き回っているのだ。「この薬には完全に若返りの効果があるのです」。いたずらな笑みを浮かべながら、イズピスア・ベルモンテ教授は述べる。「体の中を見ても、明らかに、すべての臓器、ひいては細胞までもが若返っています」。

イズピスア・ベルモンテ教授は、やり手ながらに物腰の柔らかな科学者であり、想像を超えた能力を使うことができる。これらのマウスは、まるで若返りの泉の水を口にしたかのようだ。イズピスア・ベルモンテ教授は、老化で死にかけている動物を若返らせ、時間を巻き戻すことができる。しかし、興奮も束の間、すぐに冷や水を浴びせられた。マウスへの若返り治療は非常に強力なものだったが、これらのマウスは治療の3、4日後に、細胞の機能不全または腫瘍の発生により死亡したのだ。これは、若さの過剰摂取だと言えるだろう。

イズピスア・ベルモンテ教授がマウスに使った強力なツールは、「リプログラミング」と呼ばれるものだ。リプログラミングとは、遺伝子のスイッチのオンオフを決定する細胞内の化学的なスイッチ、いわゆる「エピジェネティックマーカー」をリセットする方法だ。エピジェネティックマーカーを消去すると、細胞は、自身が皮膚細胞だったのか、あるいは骨細胞だったのかということを忘れ、より原始的な初期胚の状態へ戻る。リプログラミングの手法は、研究室で幹細胞を製造する際に使用されている。しかし、イズピスア・ベルモンテ教授は、リプログラミングをすべての動物へ適用することを目指す科学者たちの先頭に立つ人物だ。より正確に制御できるようになれば、人体への適用も視野に入れている。

イズピスア・ベルモンテ教授は、エピジェネティックなリプログラミングが、ヒトの寿命を大幅に延ばす「不老不死の薬」であると立証されるかもしれないと考えている。先進国では、過去2世紀の間に平均寿命が2倍以上に伸びた。小児用ワクチンやシートベルトなどによって、かつてないほど多くの人々が、途中で死なずに寿命まで生きることができるようなったためだ。しかし、ヒトの寿命には限度がある。イズピスア・ベルモンテ教授によれば、人体は抗いようのない衰弱と劣化によって死に向かっていくのだという。「老化とは、細胞レベルで起こる分子の異常以外の何物でもありません」。イズピスア・ベルモンテ教授は、老化はいまだかつて誰も勝利した者がいないエントロピーとの戦いなのだと述べる。

しかし、世代を重ねるごとに、新たな胚の形成時にエピジェネティックな情報(エピゲノム)がリセットされ、新たな可能性が生じる。個体のクローン作りにおいてもリプログラミングは利用されている。雄成牛のクローンである子牛のDNAは、親の牛とまったく同じ配列だが、エピジェネティックな情報は刷新されている。いずれの場合も、子は、イズピスア・ベルモンテ教授がいうところの、蓄積した「異常」を引き継ぐことなく生まれるのだ。

イズピスア・ベルモンテ教授が提案しているのは、さらに一歩進んで、新しい個体を作らずに、老化に関連する異常を逆行させるということだ。この中には、ヒトのエピジェネティックマーカーの変化も含まれる。すなわち、DNAを巻き付けて遺伝子のオン・オフスイッチの役割を担うヒストンというタンパク質や、DNAにメチル基を付加する化学的な反応(メチル化)を変化させるということだ。これらの変化が蓄積すると、ヒトの老化に伴い細胞の機能が低下するが、イズピスア・ベルモンテ教授を含む一部の科学者たちは、エピジェネティックな変化こそがヒトの老化の原因の一つだと考えている。この考えが正しければ、リプログラミングの手法でエピジェネティックな変化を操作することで、人の老化を逆行させられるかもしれないのだ。

イズピスア・ベルモンテ教授は、エピジェネティックな調整は「ヒトを永遠に生かすものではない」と警告しているものの、ヒトの寿命を延ばすことはできるかもしれないのだ。彼は、ヒトの寿命は少なくとも30~50年は伸ばせると考えている。「130歳まで生きるであろう子どもは、すでに存在していると思います」。イズピスア・ベルモンテ教授は語る。「この子がもう生まれていることを確信しています」。

若返りの因子

イズピスア・ベルモンテ教授がマウスに施した治療は、日本の幹細胞研究者である山中伸弥教授が、ノーベル生理学・医学賞を受賞した発見に基づいたものだ。2006年以降、山中教授は、4種類のタンパク質を成人のヒト細胞に加えることで、細胞の外見や働きが、新しく形成された胚のようにプログラムされ直すことを実証してきた。山中因子と呼ばれるこれらのタンパク質は、細胞のエピジェネティックマーカーを刷新し、細胞を白紙状態に戻す。

「山中教授は時間を遡ったのです」とイズピスア・ベルモンテ教授は話す。メチル化やエピジェネティックなスイッチが、すべて「消去される」のだと言う。「そして、生まれ変わるのです」。科学者たちは、100歳を超える高齢者の皮膚細胞でさえも、生まれたての若々しい状態に戻せることを発見している。人工的にリプログラミングされた細胞は、人工多能性幹細胞またはiPS細胞と呼ばれている。胚の幹細胞と同様に、iPS細胞は、適切な化学シグナルを与えることで、皮膚、骨、筋肉など …

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