KADOKAWA Technology Review
×
回復患者の血液から
新型コロナ治療薬を探す
開発競争、その険しい道のり
Selman Design
生命の再定義 無料会員限定
The race to find a covid-19 drug in the blood of survivors

回復患者の血液から
新型コロナ治療薬を探す
開発競争、その険しい道のり

新型コロナウイルス感染症の有望な治療薬候補として、抗体医薬品の完成が期待されている。科学者らが開発を競い合う一方で、大規模な生産体制の確立も大きな課題だ。 by Antonio Regalado2020.05.18

バンクーバーに2月25日、血液サンプルが到着した。見た目は平凡な血液サンプルだったが、社員数117人のバイオテクノロジー企業、アブセラ(AbCellera)の科学者にとっては貴重なものだった。この血液は、米国で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)から回復した男性患者から採取されたものだった。アブセラは、米国当局によって提供された最初の血液サンプルであると説明を受けた。回復者の血液サンプルは免疫細胞が豊富で、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に結合して細胞への感染を阻止することができる突起状の抗体にあふれていた。この抗体は、男性患者の体内で新型コロナウイルス感染症に対する免疫応答として産生されたものであり、おそらくこの男性患者の再感染を防ぐ可能性が高い。

アブセラの科学者たちはすぐに、個々の免疫細胞を分離して、その抗体を精査できるマイクロ流体チップを使って血液サンプルの分析に取り掛かった。アブセラのカール・ハンセン最高経営責任者(CEO)によると、3日間で500万個の細胞を調査し、新型コロナウイルスの「スパイク」タンパク質に結合してウイルスを排除する可能性がある分泌型の抗体を500種類発見したという。この抗体のいずれかが、他の感染患者の治療薬になる可能性がある。

米国では、新型コロナウイルス検査の提供に混乱と遅れが生じ、それがウイルスの定着を助け、現在の猛烈なアウトブレイクにつながっている。しかし、中国でのエピデミック(局地的な流行)の深刻さが明らかになった1月から、製薬企業およびバイオテクノロジー企業は治療法を模索してきた。中でも、もっとも有望な候補は抗体医薬品だ。すでに米国でもっとも売れている医薬品のほとんどはこのタイプの医薬品である。

アブセラ、バークレー・ライツ(Berkeley Lights)、ジェン・スクリプト(GenScript)、リジェネロン・ファーマシューティカルズ(Regeneron Pharmaceuticals)、ヴィア・バイオテクノロジー(VIR Biotechnology)など、抗体を研究している企業は、ある人の新型コロナウイルス感染症に対する解決策を、すべての人が恩恵を受けられる医薬品に変えることを目指している。抗体はウイルスに結合して中和することができる。重症患者に投与すればウイルスを撃退し、致死率を下げられる可能性がある。抗体医薬品はワクチンではないが、抗体は人の血液中に数週間から数か月間存在し続けるため、たとえば医療従事者を保護するための一時的なワクチンとして使うこともできる。適切な抗体を発見し、作製し、ボトルに分注できれば、新型コロナウイルス感染症の最初の治療法になる可能性がある。

したがって、回復患者の血液に対する需要が高まっている。ニューヨークのロックフェラー大学は3月中旬に、「新型コロナウイルス感染症から回復した方へ、科学者はあなたの助けが必要です!」というメールを大量に送信した。ロックフェラー大学の研究センターは、18歳以上の血液提供者すべてに「報酬と駐車場」を提供した。米国立衛生研究所(NIH)は数日後に独自の呼びかけを行なった。

米国では、血液から採取した血漿(けっしょう)を重症患者に直接投与するために、回復患者の血液を収集している医療機関もある。このような「回復期血清」の使用は、1月には中国で緊急治療として試され、有望な結果が得られた。しかし、血清には非常に多くの種類の抗体が少量含まれているだけなので、製造された医薬品ほど強力ではないし、献血量も不足しているため、理想的な解決策ではない。ロックフェラー大学の免疫学者、ミッシェル・ヌセンツヴァイク教授は、血漿の直接投与は新型コロナウイルス感染症に対する解決策として「規模を拡大できない」と述べている。それでも、新型コロナウイルス感染症から回復した人の血液は、特定の強力な抗体を探す上で大変貴重だ。見つかった抗体は濃縮した形で作製できるので、「他の人に(中略)多くの人に投与できます」と、ヌセンツヴァイク教授はいう。

抗体医薬品は有望であるが、すぐに治療薬をもたらすことはできない。バイオテクノロジー企業によると、抗体医薬品の臨床試験の準備が整うのは2〜4カ月以内であり、大規模な臨床試験は半年以内に実行可能かもしれないという。つまり、新型コロナウイルスに対抗するために作られた医薬品は、パンデミック(世界的な流行)の第1波に間に合うことはなく、北半球で来秋に発生する可能性がある第2波でも大量入手は無理かもしれない。

「開発計画は、ワクチンと同様に約1年を要します」とヌセンツヴァイク教授は指摘する。

ワクチンか、錠剤か、抗体か

抗体医薬品はさまざまな試みの1つにすぎない。新型コロナウイルス感染症のアウトブレイクが始まって以来、世界中の創薬研究者は我先にと治療法を見出そうとしている。化学物質のライブラリを公開している研究者もいれば、どの薬に効果があるかを予測するために深層学習プログラムを活用し始めた研究者もいる。中国の医師たちはただちに、ハーブ療法からHIV薬に至るまで既存の薬を試した。3月中旬までに、世界中で250件を超える臨床試験が実施されている。世界保健機関(WHO)は、マラリア治療薬を含むすぐに使える4種類の医薬品の大規模国際共同臨床試験「ソリダリティ(Solidarity)」を開始した。さらに、効果が期待される開発中のワクチンも60種類以上ある。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大に直面する中で、現在私たちが取れるのは「医薬品以外の」対策だけだ。最近の複数の研究によると、新型コロナウイルス感染症の致死率は、インフルエンザ関連のおよそ10倍だと推測されている。多数の国で、必要不可欠なビジネスを除き、店舗、空港、カフェなどがすべて閉鎖され、都市封鎖が実施されている。前例のない社会距離戦略が展開され、一部の国では感染者とその濃厚接触者の追跡が実施され、感染拡大のリスクを低下させようと取り組んでいる。ただし、このような措置の経済的負担は、すでに予測がつかないレベルに膨れ上がっている。

症状が出続ける期間を短縮できる、あるいは重度の新型コロナウイルス感染症患者の命を救うのに効果があることが証明された治療薬が登場すれば、感染拡大防止と経済打撃の最悪のトレードオフを緩和できる可能性がある。ある治療薬によって、集中治療室へ送られて人工呼吸器につながれた患者の大半が回復するようになれば、私たちは弱者や高齢者などの重症化リスクが高い人の命を守りながら仕事に戻ることができる。致死率を大幅に下げる治療法があれば、新型コロナウイルス感染症は問題ではあるものの、経済的大惨事ではなくなるかもしれない。

それぞれの主要なアプローチ(従来型の化学薬品、ワクチン、抗体)には長所と短所がある。錠剤は作りやすく、服用も簡単だが、効果が証明されているものはまだない。ワクチンがあれば予防が可能になるが、ワクチンが利用可能になる時期を予測することができない(少なくとも12〜18カ月かかる。世界が「SARS」の原因となった以前のコロナウイルスと戦い始めてか …

こちらは会員限定の記事です。
メールアドレスの登録で続きを読めます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
コロナウイルス感染症(COVID-19)

新型コロナウイルス「SARS-CoV-2」を原因とする新型コロナウイルス感染症「COVID-19」が猛威を振るっている。パンデミックによって世界はどう変わるのか? 治療薬やワクチンの開発動向から、各国の政策、経済への影響まで、MITテクノロジーレビューならではの多角的な視点で最新情報をお届けする。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る