新型コロナが変えた聴覚障害者の日常、「新しい生活様式」バリアに
新型コロナウイルスのパンデミックによって、ビデオ会議が一気に普及し、日常生活ではマスクの着用が常識になった。だが、こうした「新しい生活様式」が聴覚障害者の生活に新たな障害となっている。 by Tanya Basu2020.06.22
テキサス州オースティンに住む聴覚障害者の女優、シェイリー・マンスフィールド(11歳)は、外出禁令が発令されたおよそ1カ月後、ツイッターに動画を投稿した。
For over 30 years, DHH people fought for captioning. More people r now relying on technology during coronavirus. Shaylee Mansfield, Deaf girl, had enough! She sends a loud message to @instagram to add #instacaptioning on their platform for over 400 Deaf & hard of hearing people. pic.twitter.com/1V0IOqPqcz
— Sheena McFeely (@SheenaMcfeely) April 30, 2020
マンスフィールドはさまざまなインスタグラムの動画を見ながら、「私がお気に入りの人たちがインスタで何を話しているか分からないの」と手話で語った。「どうして字幕がないの?」。
マンスフィールドの動画にはたくさんの「いいね!」やリツイートがついたが、本記事の執筆時点ではインスタグラムからの公式な反応はない。
「耳の不自由な姉のシェイリーと、耳が聞こえる妹のアイビーが一緒に見られないことは不公平です」。マンスフィールドの母親のシーナ・マックフィーリーは言う。マックフィーリーも、父親のマニー・ジョンソンもシェイリーと同じく聴覚障害がある。マックフィーリーによると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックで一気に普及したビデオチャットは、聴覚障害者の社会生活や仕事をはるかに困難にしているという。
マックフィーリーは、「新型コロナ以前よりも、一層大きな問題になっています」と話す。「コロナはもうたくさんです」。
テック業界は、アクセシビリティの向上を急いでいる。グーグルは5月21日、ビデオチャット・ツールのグーグル ・ミート(Google Meet)に、会話の内容を数秒以内に文字起こしする「ライブ・キャプション」機能を組み込むと発表した。ズーム(Zoom)の広報担当者は、クローズド・キャプション(字幕)などを含む現在のアクセシビリティ機能を挙げ、「この領域での機能追加」が今夏の優先課題だと説明する。
聴覚障害者向けアプリにも動きがある。その1つが、聴覚障害を持つ両親に育てられ、日々両親と意思疎通を図ってきたティボー・デュシュマンが開発した「エイヴァ(Ava)」だ。会話や電話、ビデオ通話をリアルタイムで文字起こしができるアプリとしてパンデミック以前から高い評価を受けていたこのアプリは、会話中のテキストをカスタマイズして人工知能(AI)をリアルタイムで改善する機能を備えている。
エイヴァは今後数週間以内に、ビデオ会話の内容を自動的に字幕化するフローティング・ウィンドウを導入し、マイクロソフト ・チームズ(Microsoft Teams)やグーグル・ミートなどのツールを問わず利用できるようにする予定だ。開発者のデュシュマンは、「アップデートは9月にリリースする予定だった」ものの、パンデミックの危機によって、わずか3週間でのリリースを余儀なくされたという。
こうしたアップデートは、主に聴覚障害者や難聴者を対象としたものだが、それ以外の人にも役立つかもしれない。デュシュマンによると、ライブキャプションには、健聴者ユーザーからも肯定的なフィードバックが寄せられているという。例えば、講義を欠席したために内容を文字化して追いかけたい学生や、ビデオの接続状態が悪いユーザーなどだ。
ただ、字幕化がすべての問題を解決するわけではない。全米ろう協会(NAD:National Association of the Deaf)のハワード・ローゼンブラム最高経営責任者(CEO)によると、NADはすべての緊急放送にアメリカ手話言語(ASL)通訳と文字起こしを付けるよう求めたが、ほぼ実現していないという(トランプ大統領の定例記者会見では、いまだにASL通訳が同席していない)。このギャップは公衆衛生と緊急情報にも及ぶ。ローゼンブラムCEOは、「政府が公表する多くの情報は、多くの聴覚障害者や難聴者、特に英語とは異なる 言語であるASLを第一言語として使う人には利用できません」と述べる。
問題が最も深刻なのが病院だ。院内で社会的距離を取ることは、通訳が側にいられず、マスクをしているため唇を読むことも不可能という、コミュニケーションの断絶が起きることになる。患者にとって恐怖であり、発言が理解できないという危険な状態に陥る可能性がある。こうした問題により、NADは病院コミュニケーション・ガイドを作成した。ガイドには、通訳不在でも意思の疎通ができるよう、十分なペンや紙、タブレットの充電器を持参するといったティップスが盛り込まれている。
問題の簡単な解決策の1つは、透明なフェイス・マスクの利用だ。米国では、セーフ&クリア(Safe ’n’ Clear)が、口元を透明なプラスチックに変えた医療用マスクを製造している。このマスクは、患者からは医療従事者の唇が見えるようになっている。聴覚障害者であるアリサ・ディットマーが共同創業者したクリア・マスク(ClearMask)も透明マスクの製造を手掛けている企業の1つだ。通訳不在で緊急手術室に運び込まれた経験があるディットマー共同創業者は、2018年にジョンズ・ホプキンス・マガジンで「あれは恐ろしかったです。生きた心地がしませんでした」と述べている。
ディットマー共同創業者によると、新型コロナウイルス感染症の拡大で、透明マスクの需要は急増したという。5月16日現在、注文数は昨年同期比で566倍になり、同社はマスクを必要としている病院やコミュニティから 1万枚の大量発注に応じている。セーフ&クリアーは常に売り切れ状態で、6月に発送予定の在庫は数時間で底をつき、7月分の注文には応じられないという。
こうしたギャップを埋めるべく次々と奮闘しているのが、一般市民だ。イースタンケンタッキー大学の学生で聴覚障害を持つアシュリー・ローレンスは、自身が先頭に立ち透明マスクを縫う「ゴー・ファンド・ミー・キャンペーン(GoFundMe campaign)」で、3000ドルの資金を集めた。世界中で同様のボランティア活動の動きがある。ユーチューブには、透明マスクを1から作る方法を一通り説明している動画も上がっている。
手作りマスクは完璧ではない。聴覚障害者が、唇の動きを効果的に読めるほどの品質に達してないものも多い。フィルター素材が不足している可能性もあり、口元部の透明なフィルムの挿入が難しい。話すときにマスクの両サイド動いてしまうこともあり、ワンサイズですべてにフィットさせようというアプローチは顔のサイズが異なることが考慮されていない。実際、クリアマスクの「よくある質問」のガイドラインはその事実を認め、「包括的かつ十分なアクセスを確保するには、手話通訳や字幕化など、マスク以外の対応が必要となる場合があります」と記されている。
しかし、通常のマスク同様、透明マスクも全く何もないよりはマシだと言える。
透明マスクは、自閉症などの発達障害を持つ人々から入院中の子どもまで、笑顔を必要とする健聴者にも有益な可能性がある。効果的なコミュニケーションのために口元の動きの可視化が欠かせない手話通訳だけが、透明マスクを必要としているわけではない。ディットマー共同創業者は、「私たちは完全な意思疎通のために視覚的な手がかりを必要とするのです」と述べる。
デュシュマンは、画面に表示される字幕やリアルタイムでの文字起こし、透明マスクなどは、コミュニケーション・ギャップを埋めるための最初の一歩に過ぎないという。「すべて正しい方向に向かっていて、『聴覚障害者の問題は解決した』と言われるのでしょうが、それは違います」。
マックフィーリーも同意見だ。マックフィーリーの娘である聴覚障害者のマンスフィールドは、誕生日会に通訳が必要であり、他の子どもたちとコミュニケーションが取れないことにストレスを感じているという。何より最近は、字幕と透明マスクがないことで、ありふれた誕生日会から動画配信まで、聞こえる子どもたちにとっての「普通」の生活をローレンスは手に入れられていない。
マックフィーリーは、「情報はとても強力なツールです。知識を提供するものであり、会話のきっかけとなります。人々をつなげるのです」と述べる。「それなしで、人はどうやって学び成長するのでしょうか」。
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- 人間とテクノロジーの交差点を取材する上級記者。前職は、デイリー・ビースト(The Daily Beast)とインバース(Inverse)の科学編集者。健康と心理学に関する報道に従事していた。